固定ルート
チカは居心地の悪さを感じていた。普段一人で乗る愛車、今は二人で乗る乗り物。来るときもそうだがナビシートに人を乗せるのは知られたくない内面を無防備に人に晒すようで不安を覚える。来るときも少々の心地悪さがあったけれど今はそれ以上。相手が正体不明だからか。それとも。
「いい車ねこれ」
「ねぇLUMINA、るみなちゃんでいいかしら。あなた車の良し悪しなんてわかるの?」
ナビシートに腰をおろしたLUMINAは何も言わずともシートベルトを閉め、座席を前方にスライドさせていた。両足がしっかりとフロアを抑えることができる姿勢。ナビシートに座るときの正しいポジショニング。
「知らないわ、でも想うことは出来る。人間にできることは当然私にもできる。るみなちゃんでいいわ。その代わり私もチカちゃんって呼ぶから」
ちゃんを強調してるみなが発音する。
「好きにすれば」
「好きにするわ」
200メートル先の信号は青い、歩行者用の青信号は点滅を始めた。チカはアクセルペダルから足を外しクラッチを切りシフトダウン、優しくつなげる。「見た目と違って……」150メートル。まだ信号は青い。エンジンブレーキが車体を減速させる。100メートル、信号が黄色に変わる。フットブレーキをわずかに圧してブレーキランプを点灯させる。「優しい運転をするのね」
50メートル……40メートル……30メートル、ここでクラッチを切りニュートラル。踏力を高めエンジンブレーキと同等かやや上回る制動力をタイヤに与える。20、10、5、4,3,2,1。踏力は一定。赤。停止直前、つま先から力をぬく、キッという短い音とともに停車。
「人を乗せているからね」
「人ではないかもよ」
「そう? ますます興味深いわ」
「連れて行ってどうするの? 解剖でもする?」
「外科は専門外よ。まずは質問ね。というか私にできそうなのそれぐらいよ。あとはデータ取りだけどそれは他のチームとかAIに任せるわ」
「質問ならここでもいいんじゃなくって?」
「そうだけれど、そうもいかないでしょ。衆人環視の元、記録をとられながらやることになるわ」
「破廉恥なのね」
「潔癖なのよ」
「科学者だから?」
「いや、あーうん。そうね。そうだと思う。我ながらなんでこんなことやってるんだろ」
早口のチカに合わせてLUMINAも少しだけ口が早くなる。
「QORAが目覚めてハッピーにならなかった?」
「なったかもしれないし、そうじゃないのかも。うれしかったことは本当だし、感謝もしている。マギオンのこととか色々教えてもらったし科学者として私の名前は後世に残ると思う。でも幸せのために仕事をしている訳じゃないから」
「ならなんの」
「役目かな」
「役目ね。それは仕方ないわチカちゃん。しっかりやりなさい」
「ええ、やるべきことをやるわ」
青。
直進。後方の車は左折した。そっちの道は遠回り。
「それで? あなた何なの?」
「質問は到着してからじゃなかった?」
「雑談よザツダン。車の中で二人っきりなら歌うか、寝るか、しゃべる。この三つしか選択肢はないわ」
「食べるは? ドライブスルーとかやってみたい」
「食べながらしゃべることになるわね。でもそれは次の機会よ、この通りはもうお店なんてないし。それにるみなちゃんさっき食べたばかりでしょ」
「確かに食欲はさしてない。でも食べるの楽しいから」
「今までモノ食べたことないの?」
「知ってるでしょ。私ちょっと前に生まれたのよ」
「それは肉体的に? 精神的にはどう?」
「精神的にも生まれたてといっていいと思うわ。魂としてなら以前から存在していたけれど」
「魂? 精神と魂は違う?」
「運転中にあまり考え込むものではないわ、それに質問多すぎ。チカちゃん焦らなくても私は逃げたりしないわ」
「具体的に食べたいものってある?」
「ハンバーガー、あとポテトとシェイク」
「物知りね」
「魂の知識ってやつよ。マギオンのおかげね」
チカはステアリングから片手を外し、右ひじをドアの凹凸に乗せ、手をあごにもってくる。
「ほら考えない、今あなたはお姫様を載せている白馬の騎士よ。細心の注意を払って運転しなさい」
「その実、悪魔だったりしない?」
「大丈夫。私もQORAも人類の味方だから」
「わかるのね、QORAこと」
「寂しい?」
「少しだけよ。知性の在り方もレベルも違うもの。分かり合えないのが普通だわ」
「私とは楽しくおしゃべりできてるじゃない」
「さわれる存在だからじゃない? それにるみな見た目そんなだし」
「見た目を信じるだなんて科学者らしくないわね」
「信じてないけど、参考にはする」
「ふーん、あっそう」
LUMINAは窓を開ける。びゅう! という風の音。土と緑、アスファルトの埃っぽさが車内に入ってくる。
「マイナスイオンを感じるわー」
「あなたが言うと人間が言うのとは違って聞こえる」
「大気成分を分析していそうって? 私にそんな機能はないわよ」
「肉体的には。でしょう?」
「いやいや本当に。マギオンだってなんでもできるわけじゃないのよ。其処らへんは研究でわかってきたんじゃない?」
「理解しながら理解が遠のいていく感じよ。2と5は出来るのに1と3は出来ない。そんなチグハグな印象」
「4は?」
「時と場合、あるいは人や条件。人の感情を見るのが得意ってのは確定でいいと思う。でも知るってことが情報の本質ではないわ。現にQORAは物質世界に干渉して書き換えなんてこともやってのけたし」
「集団幻覚という可能性は? この世界の全てが」
「ありえる。ありえるけど、そんな可能性を信じたら何もできない。だからそのルートは棚上げよ」
「賢明ね」
交通量のない山道、曲がりくねった道路わきには畑やら民家やらが点在している。
「ねぇチカちゃん。私あと何年生きられるかな?」
「はぁ何言ってんの何年でも好きなだけ生きられるでしょ」
「ふん、私を捕まえといてよく言うよ」
「どうせ捕まるならウチが一番マシよ。少なくとも非人道的なことはさせないわ。この私がね」
「友達を見殺しにしたくせに?」
チカはLUMINAの顔を見ることが出来ない。前を見てステアリングを両手で握っている。何しろカーブの多い道だ。
「その顔で言うのは反則でしょー」
上り坂から大きく左に曲がっていく右側には山の斜面があり、左はガードレール、その先は崖だ。
例えば、例えばの話、さっとるみなのシートベルトを外して、どうにかして左のドアを開けて突き落したらるみなは死ぬのだろうか。
馬鹿な妄想をチカは振り払う。
「あのね、るみな、これだけ聞かせて。あなたなんでその顔をしているの? 私やタカハシ・ジュリアのことを知っているの?」
「いいの? 車走らせたままで? 事故るわよ」
チカはステアリングを強くは握らない。優しく支えたまま、アクセルを踏み込んだ。
「もうこの道もずいぶん走ったわ。簡単に事故を起こしたりしない。なーに私を信じなさいってば」
風の音がうるさい。るみなは窓を閉めた。
「なんで私があなたの友達の姿をしているか、私も知らなかった。でも今はわかる。ジュリアがあなたに託した想いも私は知っている。見てきたから。私は広がっている。QORAとは違う方向に。あっちは空間。私は時間。でもいないのよ。未来に私が。私が生きていく選択肢が私には視えない」
「重ね合わせの中に埋もれてるだけじゃない? 何千、何万、あるいは億かもしれないし、もっと天文学的な可能性の中に埋もれているだけなのかも」
「実に量子的なものの見方ね。たしかにあり得る。私のチカラですべてを見通すことなんてできないし。でも自信ないわ、生きていく」
右カーブ、見えてきた巨大な建物。アクシオンリング研究所。
「私、QORAのことわからないわ。ずっと見て来たし、あの瞬間に立ち会ったし沢山話したし。でもるみなのことはちょこっとだけ分かった気がする」




