HEY! タクシー
「あんたの分も払ってあげましょうか?」
マサミから伝票を受け取ったチカはウルシに声をかけた。
「クロダ博士、随分と偉くなったっスね」
「別に。ただもう他所の会社の人だし、敬語を使う意味もないでしょ」
わずかに眉をしかめたがナノセカンド秒で再起動したウルシは、「それそこ私の分まで会計する意味がないでしょうよ」と返した。
「二度会計するより合理的よ。店員さんの手間を減らしたいの。私、製造業やサービス業の人にリスペクト持ってるから。ついてくるんでしょ?」
「おや? よろしいんスか?」
「いいわ。その代わり私達が来るまでのことを話しなさい」
「なるほど、事前に店内に調査員は派遣できなかった、と。これが発生することも予想外、計算外だったわけッスね?」
「質問するのはコチラよ。あとこれじゃないLUMINAよ」
「ルミナねぇ。ラテン語で光ッスか」
「ねぇるみなちゃん。その名前は……」
「さっきつけてもらった」
ジュリの顔をした少女は、チカが知っているジュリよりも幼くなった。店内に入って視認したときよりも二、三歳幼くなったように見えた。
少なくともチカにはそう見えた。
「しかしクロダ博士。あなたの車は二人乗りだ。LUMINAをトランクケースか何かに押し込めたとして、とてもじゃないがウルシさんは連れていけない」
アルボラリスの主張はもっとだ。だが平然と。
「どうとでもなります。アルボラリス主任だけバスか電車で帰られてもいいんですよ」
チカはアルボラリスのことなんて、どうでもいいというふうに言い放つ。研究所は山の中だ。駅からは遠く、バスは本数が少ない。
アルボラリスは普段着だ。タンポポは家に置いてきてしまった。もうつけなくなった結婚指輪と一緒に本棚の一番良い場所に飾ってある。持ってこなかったことを失敗したように感じた。この感情というか想いが何の論理性もなく、因果もないことを突き詰めて考えれば理解しただろう、ただアルボラリスは深く考えたりしなかった。ただただ驚き、失敗したように感じただけだ。
タンポポがないことと、クロダ博士の冷たさは何の因果もない。考えなくとも無意識で理解していた。
「おーこわっ」
反応を示したのはウルシのほう、画像生成AIの書いた落書きのような薄いテクスチャが顔面に張り付いている。つまりいつもの顔だ。
続けて。
「ではタクシーを手配しましょう。あーここは僕が出しますから心配しなくていいッスよ。クロダ博士はお車にお姫様を載せて下さい。タクシーには野郎だけで乗りますとも。それでいいですね?」と確認をとった。
かくして二台の車両がアクシオン・リング研究所に向かうことになる。
LUMINAを車に入れて落ち着いたのか、チカはタクシーが来るまで待ってくれた。チカの車がゆっくりと駐車場を出て行き、後ろにタクシーが続いた。
「ウルシさん、悪だくみのほうは順調ですか?」
「おやおや、悪だくみだなんてとんでもない。科学の発展の為、日夜研究にいそしむ毎日ですよ。そーいうアルボラリスさんこそなんでまだ研究所なんかにいるんスか? 早いこと見切りをつけて他所に移ったらどうです? ちなみにウチなら大歓迎ですよ?」
タクシーには運転手がいる。荷物の積み下ろしなどの雑務の為にちょといいタクシーには運転手がつく。ただアルボラリスとウルシは手ぶらで、今回であれば運転手は必要なかった。紺色の制服からのぞくうなじは浅黒い。車内は運転手とウルシとアルボラリスの3名。男が3人。
「セルクは引き抜きも手広くやっているそうですね。目的は軍事ですか?」
「何いってんスか、欧州量子研究省はマギオンの調査や研究をするだけの機関ですよ。アクシオンとかわりませんってば」
「表向きは。でしょう? それにエーテル株式会社は臭すぎる」
「どこがですか? 金の流れも事業もすべてオープンだしクリーンですよ。公金は入ってますがね、中身は民間企業と同じッスよ」
タクシーの運転手というのは守秘義務を完璧に守ってくれる。盲目的にそう思っているのか、カカシがハンドルを握っているとでも勘違いしているのか、二人は時限爆弾を交互に手渡すように会話を続ける。
「この前、チューナーに会いました。まだチカラの使い道もわかっていないようなクソガキでしたよ。あんなのを量産して何かしでかすつもりなのですか?」
運転手がハンドルを切って左に曲がった。
「だとして、あなたに何ができると言うのです? それにあなた自身、マギオンを十全に理解し、制御可能なんスか?」
タクシーは市街地を抜け、やがて山道を登ってゆく。山道とはいっても道路は十分に整備されており、高級なサスペンションと相まって、乗っている二人に不快感はない。前方を走っていたチカの車はもういない。彼女がとばしてちぎられたわけではない。タクシーは交差点でチカと別の道を選択していた。会話を続けるアルボラリスとウルシは気づいていない。
「確かに私とて何でもできるわけではありません、QORAやLUMINAが人類に牙をむいた時、対抗できるようなチカラはない」
「おやおやそんなことを考えていたんスか?」
「ない。とは言い切れない。着いてからにしようとも思っていましたが先に聞いておきます。ウルシ博士からみてLUMINAの危険性は?」
「クロですね」
「……理由は?」
アルボラリスは祈るように右手と左手の指を交差させ、反対側のソファに座るウルシをにらむ。アルボラリスの意識が周囲のマギオンとつながる。
「黒点は人の形をとった。コミュニケーションの模索の一環だと推測しますが、モデルに選んだ人員が死者だ。それもQORAに近しいクロダ博士の友人。尋ねた人物も同様。何かあるのは当然」
「ええそうでしょう。それが?」
「重要なのはここからッスよ。QORAはなんで最初にクロダ博士に接触したんですかね?」
「それは……」
「偶然? それとも毎日のようにQORAとコミュニケーションをとっていたから? なるほど確かにそうかもしれません。ですが……」
「ですが? なんだよ?」
ウルシは話をもったいぶるクセがある。わずかにイラついたアルボラリスの急かす声を遮って。
「運転手さん、道違いませんか?」
というか果たして、この運転手は道を聞いただろうか。前の車の後ろについて行って下さい。確かにそんな指示しか出していないはず。ならばこの道は。
「いいえー合ってるよー。少し遠回りかもしれないけれど。ほら言うでしょ、急いで走ると怪我深いってさ」
「運転手さんそれを言うなら急がば回れでは?」
「おーそれそれ」
運転手は帽子をとると体をずらして二人の方を向いてニッと笑った。ウルシともアルボラリスとも違う、さわやかな笑顔だった。わずかに車が揺れた。
「前、前向いて!」
「おっといけねぇ」
カーブにそって運転手がハンドルを切る。車は自動運転ではないことを今初めて知った。とでもいうように運転手の意思を反映してビクリと動く。
アルボラリスは風を感じた。窓は閉まっている。エアコンはついていない、よしんばついていたとして、搭乗者に直接風を当てるような雑な設計の車ではない。カラっとした太陽と潮の匂い。
「運転手さん、あんたチューナーかい?」
「やっと気づいた。ハハッお前さんずいぶんと勘が悪りぃみてーだな、そっちの気色悪い方はチューナーじゃないんやろ?」
「傷つきますね」




