お別れの挨拶をする意味
店を出たマサミは駐車場に止めてあるチカの車を一瞥してから自分の車に乗り込む。
「あーこんなことならもっと頼んでおけば良かったな」
食後のデザートかコーヒーあるいはその両方を頼んでおけば良かったと小さな後悔をする。るみなにも、もっと食べさせれば良かった。いやチカが拾ってくれるなら案外いい暮らしができるかもしれない。研究者の給与がいかほどのものかは分からないけれど、少なくとも地方で学校の教員をやっている自分よりは、もらっているはずだ。
チカとLUMINAが仲良く暮らす妄想。楽しい空想をしたはずなのになぜかちょっとだけ切なくなる。
久しぶりにアクセルを踏みたいと思った。シートを動かして、ハンドルを握るか逡巡。
「帰宅よ。出して」
ごく短い思考を打ち切ってAIにオーダーを下す。
この車の自動運転レベルは4.5。主要道路であれば天候や渋滞状況に関係なく目的地を指定するだけでたどり着いてくれる。出庫から駐車までドライバーは不要だ。
いかなる場所、いかなる状況下においても自動運転システムによる完全な自動運転を実行することを指すレベル5のひとつ下。とはいえ十分実用に耐えうるAIであり、人が運転するよりもずっと快適で安全と言えた。
最近高級車に搭載されたレベル6は命令すら不要になった。搭乗者の目的を読み取り適切な行動をしてくれる。路面状況に合わせトルクやサスペンションを逐一調整するし、エアコンも自動で常に快適。緊急時、これはあってはならないことだが暴走車両が迫ってきており、衝突が避けられない場合は搭乗者へのダメージが最も少なくなるであろう位置や角度に車体をできるだけ動かす等。最終進化系と言われていたレベル5を上回る性能となった。“人を知り、察する。”レベル6のキャッチコピーだ。
まるで、NOÛSのようだ。おそらく近しいテクノロジーを使っているのだろうと想像できた。自分に想像できるということは事態はもっと深刻なのかもしれない。そしてそれらに自分は何も関与できない。いつも自分はギリギリにいて、あちら側に行くことが出来ない。うまく言えないけれどそんな感覚。
ただ、今回は向こうから歩み寄ってくれた。
運命が自分に与えた唯一の役割。果たして自分はうまくできたのだろうか。答えはきっと彼女が教えてくれる。
マサミはまたねと言って出て行った。
LUMINAは正しく名前を受け取った。
二人が出会うことはもうない。絆を深める意味はない。LUMINAは未来を知覚できたが、マサミにはもう会えない予感だけがあった。




