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マギオン  作者: 雷然
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継承でもなく伝達でもなく

「考える時間を頂戴、それからあなたのことを教えて。何もわからないと名前のつけようがないわ。まずそうね、フルネームが必要?」

「フルでもそうでなくても名乗るための呼称があればいい。ニックネームのようなものすらないもの」

「今まで誰も貴方を呼ばなかったの?」

「認識されてなかったしね。それは仕方がないことなのよ」

 マサミにはジュリアの姿をした私がなんなのか想像すら出来ていない、彼女にとって私は青春の幻のようなもの。

 幻がある日突然話しかけてきた。長い記憶の中で私はマサミの白昼夢になる。

「何か好きな物はある? 色とか食べ物とか趣味とか」

「そうね、歴史は好きよ、あるいは人生とか。人が生まれて死ぬまでの間に誰とつがいになって、何を成して次の世代が何をしたとか。何が好きで、何が嫌いか。些細な出来事。ほんの気まぐれの行動。実は教科書にもネットにも乗らないようなことが歴史をつくるのよ。多くの人は歴史を流れとして見ているけど、私は広がりとして見ている。例えるなら宇宙のようなもの、宇宙に無数のチリが存在するように歴史はチリを重ねて大きくなるの、平面ではなく多次元的に。面白いわよ」

「歴史かー。ひたすら記憶していくだけで私は面白味を感じなかったなー」

「マサミは勉強頑張ったのね」

「ええそうよ。ジュリは――」

 言葉をきった。私が手の平をマサミに向けて待ったをかけたからだ。


「ウルシさん、あれはお連れのかた?」

 声をかけられるとは思っていなかったのか、となりのテーブルでコーヒーを飲むでいた男はむせた。テーブルにはティラミスとパフェ、パンケーキとアイスが乗っている。

 ゴホゴホ、ゲホゲホと音を発したウルシは、息を整えると私を見て。

「お連れのかたとは? 誰も来ていないようですが?」

 と言った。何事もなかったように平静を装った感じはしない。平静そのもの、あるいは再起動したような印象を私は受けた。私より人間らしくない。


 目は合わせない、私の顔はマサミと自分のハンバーグを向いている。

 ウルシはバレてしまったものは仕方がない。ならばこの状況を存分に利用しとうとでもいうように遠慮なく私を見ている。

「お店の駐車場。今入ってくるところ、旧世代の内燃機関自動車よ。視える?」

 私の声は小さい。正面のマサミになら問題なく聞こえる音量でも、短い通路を挟んだ卓につくウルシにはかなり聞こえずらい音量。店内は特段騒がしくはないけれど静謐(せいひつ)には程遠い。

「ええ見えました。二人いるようッスね。あああれは」

 ウルシの声も音量充分とは言えない。マサミには聞こえていないかもしれないが、ウルシがこちらを向いているので、誰と話しているかはわかっている。

「すみません、どなた?」

 やめておけばいいのにマサミはウルシに声をかける。ウルシはニッ! と笑顔をつくると人差し指を唇にあてた。ウインクまでしている。

「あ!」

 演技が下手なコントのような動きで手を口にあてて驚くマサミ。

 ウルシは私達が入店したあとに入ってきていた。彼は何も言わず、ずっと私とマサミを観察していた。

 店内の誰も今年の顔100人に選ばれるような有名人の存在に気づかなかったのか、気づいても騒がないのか静かなものだ。

 次の二人が入ってくれば騒がしくなるだろう。私は店の迷惑を考えたがあきらめることにした。それよりも今は名前がほしい。どのみち、遅かれ早かれ私の存在は知られてしまうのだ。なら丁度いいお披露目だと思えばいい。そうしよう、そういうことでいこうと思う。


 ドアベルと店員さんのいらっしゃいませが聞こえ、足音が近づく、私のマギオンがざわつく。

「ジュリは努力しなくてもなんでもできた。マサミにはそう見えたのよね。確かにそうかもしれないし、影では努力していたのかもしれない。今となってはわからないことよ」

「そうね。でもあなたには解るんじゃない? あなたチューナーってやつ?」

「いいえ違うよ」

 私は近づいてくる二人を見ず、マサミも見なかった。

 足音がはっきりと聞こえる。

 コツンコツン。

 すたすたすた。

 音をたてて近づいて、静止した。


「久しぶりね。マサミ」

 クロダ・チカとアルボラリス・グラン。並記するなら日本風にそろえるか。クロダ・チカとグラン・アルボラス。がやってきた。

 チカはマサミと同い年で、高校も同じだったはずなのに、ずいぶんと迫力に違いがある。アルボラリスは外人だし、見るからに違う。なんだか派手な車から降りてきたし俳優のようだと私は思った。

 大作映画を見てみたいと思った。多少古くても良いから予算だけ信じられないくらいかかったやつ。映画館なら最高だけどホームシアターでもいい。ポップコーンか何かを食べながら。

 口にモノを入れる感覚は存外楽しい。手で触れるのとは違った趣きがある。

 肉体からのフィードバックと肉体を通過していない情報を比較した場合、前者の方が価値が高いように感じる。さらにいえば自己の持つ情報が他者の持つ情報以上に価値があるように錯覚する。これは肉体に付随する現象。マギオンの運搬量は情報の大きさに比例する。誰が。は関係がないというのに。

 なるほど、これでは生物が他者を理解するのには限界がある。


「ええ、久しぶりねチカ」

 マサミはチカとアルボラリスを交互に見る。

「マサミ。ジュリは死んだわ」

 優しい声色で優しい表情。クロダ・チカの言葉はナイフとなりマサミを突き刺す。胸の奥まで。私にはマサミの痛みがわかる。刃は薄く、冷たい。肋骨の隙間をすり抜けて心の臓。

 アルボラリスはウルシを()。ウルシは動揺したかのように視線を逸らすがすぐさまアルボラリスを見つめ返す。うすい笑顔。

 クロダ博士の視線はマサミに固定されている。

 誰も私を見ていない。

 私には名前がない。

 アルボラリスにも他の誰にもマサミの痛みは分からない。チカでさえ。実行犯だから痛みを感じないなどという理論は存在しない。痛みの源泉をマサミとチカは共有している。だけれど二人は共鳴しない。空気中のマギオンが音情報を伝達しマサミに届ける。ただの音じゃない、人の言葉には情報を圧縮する作用がある。マサミは正確に受け取った。彼女のマギオンが言語情報と脳内記憶を連結させ共通の友人が死んだことを改めてこの場で宣告した意味を見つけ出す。

 私以外の誰にもマサミの痛みは分からない。

 意味は別の意味となり疑似的な痛覚情報の発生源になる。

 今マサミの傷口から滴る血はテーブルとソファを赤く塗りつぶしていく、領土を拡大していく。

 アルボラリスのマギオンは私以上にざわついている。視線はウルシに置きながら意識は私に全力だ。マサミの痛みは知覚できなくとも私が感じる痛みを彼が感じないはずがない。

 だというのに。

「ええ、知ってる。そうねもうジュリはいないわ、大丈夫よ。心配しなくても。わかってる」

「そいつはジュリじゃない。人間ですらない。どんな危険があるかもわからない。ここは私達に任せてマサミはもう帰りなさい」

 マサミの領土がクロダ博士の足まで広がった。

「チカ。なんでそんな顔をしているの? 貴女泣きそうよ」

「ふん。イインチョは強いわね」

 クロダ博士の笑顔が消えて――笑顔になった。

 ぞくり。肉体が寒気を覚える。

 おぞけ。肉体反応。

 顔が、表情が、それらに付随する視覚情報が私のマギオンに流れ込む。私の心よりも早く肉体を稼働させる。

 クロダ博士の足元で、マサミの血が凍り付いた。

 こいつは私を研究対象として見ている。科学者として正しいものの見方。こいつの正しさが私は気に入らない。

「あなた」

 クロダ博士の眼球がぬるりと動き焦点を私に固定する。私が運用している肉体の網膜は向こうの焦点がこちらに向いていることを映す。光がその性質を粒子から波と変化させ視線が絡み合う。

「あなた、QORAなの?」

 クロダ・チカからの質問。私は答えることにする。

「ある部分ではYESとも言える。でも心情としてはNOと言いたいわね。だからNOよ」

「無関係ではないのね。これからあなたを連れていくけど、他の質問も素直に答えてくれるのかしら?」

「さぁどうでしょ」

 アルボラリスが一歩前に出る。初めて目が合う。「ご同行願えませんか?」

 流暢な日本語だ。違和感がない。外国人が日本語を使っても変な印象を感じないのは私が何人でもないからか。

 マサミがすっと手を挙げる。ああこの子はこういう手の挙げかたをしていたっけ。

「私は一介の教師にすぎないわ。難しいことはわからないし、すごいことも出来やしない。だからチカの言う通り帰るわ。でもひとつだけ、やることがある」

「何?」

「簡単なことよ。今できた」

 マサミは立ち上がると伝票を持ちクロダ博士の胸に突き刺した。クロダ博士は素直に受け取る。

「それじゃ私帰るね。またね、LUMINA(るみな)

 マサミは手を振って店を出て行った。

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