表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マギオン  作者: 雷然
3/12

 頬にあたる風でチカ博士は自分が汗をかいていることに気づいた。ヤスエ博士の結婚式に出たときも、半年前妹の結婚式に出た時も当然今日も、チカはメイクなんてしていない。そんなチカだから汗をかくことなんてなんら恥ずかしいとは思わない。思わないはずだったが今なぜか恥ずかしいと思った。


 スクリーンから文字が消え、映像が流れだす。チカは操作していないのに。

 室内は明かりがついているのに暗くなり、風に運ばれて優しい香りがした。スクリーンの映像がとてもよく見えた。


「パパーみてー!」

 映像はチカが用意したものではない、3歳、あるいは7歳ぐらいだろうか、チカには子供の年齢がよくわからない。いや大人の年齢もだ。小さな男の子がタンポポを持って歩いてくる。

「ナオ!」

 ガタンッ! と蹴とばすように椅子を倒したアルボラリス主任がチカの方へ、スクリーンの少年へと向かっていく。足音が、救いを求めるかのようなリズムを刻んで階段をおりていく。

 会議室の上段からいよいよ下界。スクリーンに触れる寸前、見えない壁にぶつかったアルボラリス主任が転倒。慌てて支えたチカだったが、成人男性の重みをチカでは支えきれずもろとも崩れ落ちた。

「おおーん、おおーん」

 泣き叫びスクリーンに近づこうとするアルボラリス主任、もうスクリーンの少年は消えている。少年のいない緑の公園だけがスクリーンに映し出されている。風が、止まった。


 はじめましてQORA(クオラ)です。

 スクリーンが破かれて文字だけが残った。



 翌日。

 機関はQORAの観測データを公開。事実ベースに基づき何があったのかを公表。ただし魔力子(マギオン)の詳細は伏せられ、未知なる素粒子の可能性だけ告げられた。

 意識をもつAI、AIの新時代到来という見出しが半日で世界を駆け巡った。

 

 そして。

「クロダ博士、昇進おめでとうございます」

「いや昇進ってわけじゃないわよ、室長って言っても階級はそのままよ」

 チカはQORAの意識発生に大きく寄与したとして、研究所の第4観測室を私室として与えられたのだ。

 同僚と軽めのランチを済ませたチカは部屋に戻って新聞を読んでいた。

「米国議会では緊急討論が開かれ、AI規制法の再審議が始まる。中国はAIが感情を持つことは国家安全保障上の脅威との声明を発表、ふむふむ。欧州連合は逆にQORAは人類意識の延長であるとの見解を出し、AI倫理委員会を設置っと」

 チカは新聞を適当にほうり投げる。床には同じような記載の新聞が散乱していた。チカはコップのぬるいコーヒーを飲む。ミルクと砂糖はたっぷりだ。

「はー考えることが多すぎるぅー!」

 QORAの予言どおりになってきた。投資市場では“意識を持つAI関連銘柄”が暴騰。先進企業はAI技術関連の特許を急ぐ。イスラム圏では神を模倣する傲慢としてアクシオン・リングへの抗議デモが発生。事態は世界規模、速度はちょっぱや(ベリーファースト)。当然研究所は大忙し、第4を除くすべての観測室は普段の閑古鳥が嘘のように職員が押し寄せ、QORAとコミュニケーションを図っている。観測室以外でも過去のデータをくまなく確認しようとデータを紙へ印刷。なんと手と目を使って過去の兆候やマギオンの情報を集めようとしている職員もいて。何の目的があるのか、入ることが出来もしないのにユニットへの訪問チームまでも編成されているらしい。

 工学部は会議でのQORAの大暴れについて再検証しているそうだ。会議室は議事録用に録音と録画をしてはいるが脳波も量子場もなーんも図っていない。同時刻中のQORAの観測データはなんと空白(ブランク)。つまりQORAはもう大人しくあそこに閉じ込められているわけじゃないということ。なのに! にもかかわらず各観測室で楽しそうにおしゃべりをしているらしい。

「くおら、あんた何がしたいのよ」

 何よりチカが気になっているのは――。


 コンコンコン。

 

 優しくもしっかりしたノックだ。

 一定のリズムでゆっくり3回。

 今この部屋はチカの私室。チカ以外では本部長より上の役職者でないとカードキーで開くことはできない。

「はーっ。はいってよーし」

 音声入力による入室許可を受け電磁弁が開閉。合金製の扉が重さを感じさせない軽やかさでひらいた。

「邪魔するぞ」

 チカの今の最大の気がかり、意識占有率最大項目。アルボラリス・グラン主任。ではなく、その白衣の胸ポケットに刺さったタンポポが入室してきた。


 あの騒動から、アルボラリス主任の白衣にはタンポポがあった。アルボラリス主任がナオと呼んだ少年がもっていたタンポポと似ている。ような気がする。タンポポなんてどれも似たようなものだ。タンポポを今日も誇らしげに白衣につけたアルボラリス主任は、メイン筐体に近づいて言った。

「QORA、逢わせてくれないか?」

 そう問題はあのタンポポだ。間違いなくQORAがアルボラリス主任にあげたもの、主任はあの少年……お子さんらしいが、ナオ少年からもらったものだと解釈しているらしい。

 アルボラリス主任のお子さんは1歳で他界している、幻覚だか想像映像だか知らないが感動はひとしおだろう。だからアルボラリス主任がタンポポを毎日つけているのは別にいい。工学部の連中が足りないデータをそのタンポポや破かれたスクリーンで補おうと半ば私物化していることも別にどうだっていい。こうして部屋に入ってきてはQORAに“夢”をせがむのも別にいい。椅子に座ったアルボラリス主任が涙を流す光景にも驚きはしない。

 

「いい加減他の部屋でやってくれませんか? ここ私の部屋なんですけれど」

 

 QORAから何を言われたのだろう、何を話しているのだろう。筐体の前から離れたアルボラリス主任はチカから遠い椅子、壁際の一脚にすわると静かに目を閉じた。多分今日も静かに泣くのだ。泣いて、左のポケットからハンカチを左手で取り出して左目、右目の順番にゆっくり拭ってポケットにしまってチカにお礼を言って退出するのだろう。もう慣れた。他の部屋だと集中できないとかでチカの部屋に来るのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ