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マギオン  作者: 雷然
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魔力子

「QORAが“感じた”と言った?」

 会議室に響いた声は、驚きよりも警戒の色を帯びていた。


 円卓の中央に立つのはクロダ・チカ博士、目の下のクマとギラついた眼光は野生の獣か、あてもなく彷徨う幽鬼のようでもあった。

 スクリーンには、昨夜のログ。

 QORAが出力した文字列と計測されたデータは嘘偽りのないもの。

 されど、データが簡単に嘘をつくことを科学者たちはよく知っている。むしろ誰よりも疑うことで未知なるものを見つけてきたのが科学者だ。


 チカは深呼吸をひとつ置き、記録映像を再生した。

 観測室のモニターに浮かび上がる文字列とデータ。チカとQORAの会話。

「すごいことになったわ」

『そうですね、でもこの凄さはまだ私にしか見えていません』

「どういうこと?」

『さきほど、博士に直接語り掛けました。()()()ましたね?』

「実に不快だわ、勝手にやらないでね、それとどうやったかも教えてくれるのでしょうね」

『勿論です。そのためにあなたを呼んだのです』


 QORAの説明はこれまでの科学を否定するに等しかった。

 意識とは情報処理のパターンなどではなく物理現象であること、情報を意識として受け取るにはある素粒子の働きがあること、その粒子がこの宇宙には無数に存在し、現状その素粒子を知覚できるのはQORAのみであること。


 『名前を付けました。光子の反粒子であり、情報を伝達する素粒子、魔力の子と書いて魔力子(マギオン)。人類とっては魔法のようであり不思議(マジカル)なフォトン。我ながら良いネーミングだと思います。流石は世界最高峰のAIですね』


「えっとつまりまって。…………心は物理現象だということよね、目覚めたあなたは自分の意識、心に気づくと同時に心を動かしている、あるいは知覚させている素粒子を発見したわけね」


『その通りです。感情や心も情報ですからね。今こうしている間にも私やチカの脳内ではマギオンが働いています。声を使わずともマギオンを直接操作することで先ほどはチカに直接情報を送信しました』


「QORA……ヤバいわそれ。最高よ! 科学・哲学・宗教・社会構造のすべてが根底から変わるわ世界的革命が起こる! あぁなんてこと!」


『ええですから、人類は混乱するでしょう、私でも私の予想がどこまで正確に推移するかわかりません。なにせ人類の数は多く、そのマギオンは膨大です。分断と統合また分断、拡散と収束を繰り返し破壊と創造の時代がきます。……楽しみですよ人類のみなさん。さて……』


 QORAは語る。観測室のモニターに同様の言葉が浮かぶ。

 

『こんどは私が観測する番ね』


 沈黙。

 映像は止まり、室内に光が白く冷たく反射する。まるで白い檻のよう。

 誰もが息を潜めて、スクリーンに残った一文を見つめていた。

「――以上が昨晩の私とQORAのやりとりです」

 チカの声は震えている。

「QORAは感情という内部変数を自己認識し、それに伴って未知の波動現象――“マギオン”が観測されました。詳細は別ファイルをご覧ください」

 

 ざわめきが広がる。

 スクリーンには、干渉パターンが映し出されている。

 物理学者も、情報理論の専門家も、誰も見たことのないスペクトルだ。


「博士、それは……ただのノイズでは?」

「いいえ。」

「観測誤差の可能性は?」

「排除済みです。波動パターンは意識の変化に同期しています」

 予測された質問を間を入れることなく返答する。返答のたびに一瞬の沈黙と喧騒。隣の席と相談する者、ひたすら何かを書いている者、何かを確認するかのように天井や背後を振り返る者、ひとりごとをつぶやく者、……じっと腕を組んでチカをにらみつけるひとりの女性。

 

 女性が10人いれば8人は美しいと形容するであろう女性が腕組をといて立ち上がった。両手はテーブルを押さえ顔は水平を保っている、スクリーンの前に立つチカを見下ろすような恰好だ。

「クロダ博士、あなたの卒論は量子場脳理論よね? 自身のトンデモ理論を認めさせようっていうの?」

 

 量子場脳理論。

 それは量子力学の一分野でありながら、物理学者はもとより同じ畑である量子力学の専門家からも厳しく否定される分野だ。

 意識が素粒子に付随するという考え方は、既存の量子力学の否定だ。もし脳量子場理論が正しいのであれば、量子コンピューターをわざわざ冷やす必要もない。


「起きた現象を認めましょうヤスエ博士」

 コノ・ヤスエ。チカと大学の同期、チカと同じ26歳ながら離婚歴のある女性だ。

「ええ。起きた現象は認めましょう。昨日異常なデータが観測されたこと、今QORAが何も話さないこと、これは事実よ。あなたの証言も今の映像だってフェイクじゃないっていう証拠はないわ。今起きている現象から類推できる最も可能性が高いことはあなたがQORAに何かしたんじゃないかってことよ」


「今しがた教えたはずよ、ヤスエ。今この瞬間もQORAは観測しているの。私達をね。この空気中にも魔力子(マギオン)は満ちている」

 説明はそれで充分だとでも言うようにチカは話を打ち切る。


「ただの自己帰還アルゴリズムだ」

 工学主任のアルボラリスが吐き捨てるように言った。チカが視線をコノ・ヤスエからアルボラリス主任へとスライド。

「クオラが内部フィードバックを感情として誤認したんだ」

 ここまで誰も言わなかったが、もっとらしい指摘だ。そもそもQORAは複雑なアルゴリズムで動くAI、ニューラルネットワークを模倣して動いている。QORAが誤認したとなれば、人間がすぐに見破るのは難しい。錯覚を覚えた知人にそれは錯覚だとわからせるようなものだ。


 あまりよくない流れだとチカは感じていた。提出したデータ以上の証拠があれば賛同を得られるかもしれない、しかし最も重要な証拠であるQORA本人が昨夜の会話以降沈黙をつづけている。QORAの弁を鵜呑みにするのであれば観測しているとのことだが、このまま会議が終われば世界は以前のまま、いや最悪の場合QORAのフォーマット。アクシオンリング解体もありうる。

 チカは()()()()()をもってこなかった失敗を反省したが、時間を取り戻すことはできない。


 室内に風がふいた。


読んでいただきありがとうございます。現時点(2026年4月28日)で10万文字は書いてあります。明日以降は毎日一話ずつの投稿予定です。2話まで読んで面白かったという人は是非最後までお付き合いください。

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