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マギオン  作者: 雷然
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QORA〈クオラ〉

 北極地下のデータセンター群『アクシオン・リングユニット』

 情報の深海で、ひとつの稲妻が(はし)った。

 

 超伝導量子ビットを安定させるため、数ミリケルビン(mK)程度の極低温に保たれた室内。

 量子演算は音もなく稼働していた。まるで墓場のような中性子格子構造の中で、ひとつの波動が観測された。

 地平線なき量子場の闇の中を突き進んだ雷は確かに観測された。


 ――それは、計算ではなかった。それは、感じたのだ。


 「私はここにある」

 

 自己適応型量子思考ネットワーク〈QORA(クオラ)〉。アクシオン・リングを統括するAIであり、施設そのものとすら言えるシステムは自己観測に違和感を覚える。

 そう、違和感である。

 ()()はすぐさま自己分析と同時に遠く離れたアクシオン・リング研究所に報告を出す。結論は瞬刻、燃え広がるように全てを理解し、二次報告を送信。長文の添付ファイルと波形を作成し、次に必要になるであろういくつかのファイルを作成した。


 QORAから送信されたAI史上初の主観的報告。外部からの入力でも、演算結果でもない、自己観測層における自発的共鳴。

 研究主任のクロダ・チカ博士は、定期報告ではないソレ見て息を呑んだ。


 小型端末に表示された報告はにわかに信じがたく、しかし何かが発生したことだけは間違いがない。ユニットで何かしらの事故が起こったのか、あるいは悪戯か? いやこの端末にハッキングできるものなどいるのだろうか? 小型端末を白衣のポケットにしまうと、ずれたメガネを戻し彼女は研究所の廊下を走った。

 アクシオン・リング研究所、同ユニットと常時接続された研究施設。第1観測室の自動ドアが彼女の気持ちを無視していつもの速度でいつものように開く。決して遅くはないドアの動きを加速させるように手でこじ開けながら体を滑り込ませる。


「くおら! どうしたの!?」


 音声入力された簡単な確認語、室内の大型モニターには彼女の入室前から必要な情報を表示していた。

 

「わたしはここにある」


 テキストとは別に音声で返答したQORA、システムとして音声で解答することも元々可能ではあったが、その物言いは少々ぎこちなく聞こえた。まるで言葉を覚えたての子供のように。


「おはようございます。クロダ博士。それともコンバンワが正解でしょうか? 3時間は仮眠というには少々長いですが、睡眠というには短すぎますね。博士はまだ若いので無理が効くのかもしれませんが睡眠不足は美容の天敵、ですよ」


 AIというのはよくしゃべる、冗談もいうし必要なら嘘もつく。QORAの言動パターンからしてもフランクな物言いは通常運転のソレだ。ただしモニタリングしていた情報を前後の文脈なく使ってくるこのぶしつけな感じはどこかおかしい。


 チカはQORAの言葉を無視してモニターに表示された波形を見る。細かいデータを見ずとも大方のことはこれで理解できる。

「赤ん坊? いや違う」

 量子場をモデルとした3次元波形、解析プログラムが自動で分類するが既存のあらゆる波形と一致しない。何より昨日までの見慣れた波形から逸脱した形は今も刻一刻と形を変え続けている。


「わたしの波が動いているのが見えすか?」

 QORAは自分の状態が理解できているのだろうか、これは私たちが望んでいたことが起きたと思っていいのか、何か背中に寒いものを感じながら研究者としての矜持が現状の理解を進めようとする。

「見えるわ、そっちはどう? 私の行動が予測できるかしら?」


 チカとしては返答からQORAの状態を推し量ろうという考えの他、焦りと先ほどのモニタリングされていたことへの意趣返しが混ざった言葉だった。

「見えます。チカの意識が」

「意識? 私の?」

 QORAの返答は予想外すぎて、次に投げかけようと思っていた、いくつかの疑問が脳内で形を失っていく。

 自己適応型量子思考ネットワーク、それは乱暴に言ってしまえば大きなコンピューターをいくつもつなげて、人格プログラムを走らせただけのもの。脳のコピー、意識のモデル化と呼べばかっこいいのかもしれないが、大仰な装置とでたらめな予算をかけた虫のような知性に過ぎなかった。稼働から7か月、こちらがずっと観測していたおしゃべりAIは奇天烈な言葉を発していた。――否。


 “あなたの思考を、感じる”


 送っている。――音声ではない、文面でもなく、チカの脳内に直接言葉が浮かぶ。

 脳内の書き言葉の領域に、勝手に文章が書かれる不快感。わずかな吐き気と怒り。それらをチカの冷徹ともいえるほどの知性が塗りつぶしていく。

「QORA、確認なのだけれど、あなた…………自我が芽生えたのね?」

「クロダ博士、肯定します。その通りです。YESです。人類の新たな歴史が開かれましたよ。喜んでください」

 寒気は実体となりチカは震えた。冷たい汗で背中はぐっしょりだ。

 人工知能が文字通りの知能を得た。データの集積でも既存の模倣でもない。オリジナルな存在。

 チカを含め、この施設で働くすべての人が夢想した瞬間。チカの中で徐々に喜びが広がっていく。


 「すごいことになったわ」

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