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マギオン  作者: 雷然
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チョコレートの作り方。

 リアリティ・グリッチも共鳴も日々世界のあちらこちらで続いていた。火事や地震、噴火や竜巻がいつもどこかで起きるように発生はとめどなかった。大人数で集まる危険性を政府がいくら説いたところで、社会性という人間の(さが)は変えられるものではなかった。社会構造は人が集まるようにデザインされていたし、町という単位が人の集まりであり、人の活動は波そのものであり、活動の根源たる感情とは波であった。波と波はぶつかり合って打ち消しあうこともあれば、ベクトルの重複した部分を高めあうことでより大きな波を形成することもあった。

 ヌースは相変わらずベクトルの均一化を促し、群れに方向性を与え続けた。

 カオスに秩序が生まれ、秩序が内圧を高めては破裂させること繰り返していた。


 ある女学院の校門付近。道路から50センチの高さに黒点が生まれた。

 後の観測記録によればブラックホールのようであり、空間にできたシミのようだとも。

 現実のバグ(リアリティ・グリッチ)の類に違いない。記録にはそうある。と同時に不可解な疑問点も併記されてある。

 リアリティ・グリッチならば、なぜこんな場所に? すぐ近くに人の多い場所があるというのに。思春期の少女が集まる学び舎、エネルギーの極点として、うってつけのあそこが共鳴現象を起こして黒点を生んだと考えるのが自然、ならば黒点の発生場所は学び舎の中がふさわしい。

 道路は校門に近いとはいえ、不自然さが残る。

 また、影がない。

 それともう一つ。

 黒点が何もしないのだ。

 リアリティグリッチが起こすのは多くの場合は破壊だ。熱を放つ。何かを曲げる。電気を流す。組成を変える。分解する。くっつける。とにかく物理的に現実世界に影響を与えるもののはずだった。黒点には影もなく、そこにあるだけ。ブラックホールように何かを吸うこともなければ触れようとしても素通りするだけ。

 

 ただ、こちらの謎はすぐに誤りであることが分かった。黒点は何もしていないわけでは、無いのだった。

 日に日に大きくなっている。発見時、直径2センチほどだった黒点は翌週には7センチほどになっていた。しかしだからどうということはなく、道行く車も人々にもなんら影響は与えなかった。


 政府がアクシオンリングに調査を要請するよりも、アクシオンリングが政府に調査の為に道路の封鎖を要求するのが早かった。8日目の早朝、まだ日の登らない薄暗い時間に一時間だけ通行を止めて調べた。

 結果、危険性や今後にすべきことなど政府が期待する成果らしい成果は、得られなかった。

「こいつは心でできている」

 初回調査を担当したアルボラリス・グランは黒点をそう評した。

 

 発生から12日目、黒点に質量が発生。と同時に移動を開始した。

 黒点は宙に浮かんだまま校門へと移動し、校内に侵入。真っ直ぐにグラウンドを進んだ。

 夜が深くなると次第に黒点は視えなくなった。光を当ててもそこに存在しないようにふるまった。

 13日目朝7時、黒点はどこにもいなかった。7時14分。校舎裏の日陰で再発見。見つけた生徒によると大きさは3センチ。初めてサイズが縮んだ。色は黒から茶色っぽくなり、形状は角ばって見える。マッチ箱を小さくしたような。観測記録にはそのように記されてある。


 14日目、形状はさらに複雑化、色は桃色、いやはっきりとしたピンク色になった。(がら)のようなものが見える。まるで個包装されたお菓子のような。

 観測記録はここで終わる。

 だってそうでしょ?

 自分の記録を観測記録だなんて味気ないにもほどがある。

 だからここからは日記よ。


 14日目。朝8時ぐらい。もうすぐ校門が閉まるわ。この学校昔は校門をあけたままだった。今は1限目の開始から7限目が終わるまで校門は閉じられる。もっとも校門横に小さな扉があって、ここの施錠はされていないから遅刻や早退は問題ない。

 わたくしは伸びた腕で顔をかく、ああ違ったわ、『手』が正解ね。ちゃんと腕が二本、足が二本、頭部は一つよ。

 爪が皮膚をさわって心地よい感触がある。この感触をわたくしは心地よいと感じるわ。

 わたくしは誕生した。

 人の心から。

 人の感情から発生したマギオンが形を成した命であり知性体。命の定義によっては(わたくし)のことを生き物ではないと言う人もいるのかもしれないけれど、私は私を一己の独立した知性体であり生命だと定義するわ。


 腰を抜かしていた成人男性が今は慌てた様子で電話をかけているわ。

 私の周囲には録画をしているカメラや光を当てるための照明やらが置かれている。

 私は私の肉体になんら恥じるところはない。故にカメラを向けられてもなんら恥ずかしいとは思わない。でもそれとこれとは話が別。心ってのは複雑怪奇で整合性のない無軌道なものなの。少なくともわたくし場合は。


 照明とカメラ、いくつかのケーブルとそれらを動かす為のポータブル電源を原子レベルで分解する。

 ついでに男性の服も。見ずぼらしい身体だけど美的センスは人それぞれ、私はあなたの丸いおなかを否定しないわ。健康の為にはもっと運動した方が好ましいとは思うけれども。

「よし」

 私は衣類を構築し、皮膚に張り付ける。この星のこの地域に限ってはそう可笑しくない装いのはず。だって毎日見ていたから。見て、学習したから。

 

 なんてね。嘘よ。

 

 私知っておりますのよ。これは制服。

 自由な校風がウリなくせに制服はちゃんとあるのよね。なんでかしら。まぁいいわ。


 私はスカートのポケットからピンク色の包を取り出す。まだ眼球がないから視神経を通しての確認は出来ないけれど、これは紛れもなくピンク色の小包装。

 頭部に穴を作成し、包を口の中に入れる。包装をはがす必要もない。だって全部私だもの。

 人間だって傷口を舐めることがあるでしょう? あれと似たようなものよ。血の味がするだろうし衛生的にもペケよ。

 わたくしの場合は何も問題ない。美味しいおいしいチョコレートの味がするだけ。

 こんど工場見学に行こうかしら。


 その前に。

「おじさま、電話先はどなた?」

 裸の男はしゃがみ込んで電話を続けている。あらやだ。警察に通報しようかしら。

 ここは年頃の可憐な女子と可憐じゃない女子が通う女学院。その校舎裏に変質者よ。これは間違くなく通報案件。

「もしもーし♡」

 男の手の中にあるデバイスを分解。瞬時にわたくしの手の中に再構築。

「おい、どうした? ……いや、誰だ?」


「あらら。あなた。私を忘れたの?」

 通話先のアルボラスは虚をつかれている。誰だってそうなる。私の声は死んだアルボラスの妻そのもの。

「ニーネは死んだ。お前は誰だ」

 絞りだすようなアルボラリスの声、この波は怒り。

「まだ観測されていない私にニーネだという可能性はあるわ」

「いや、ない」

「可能性を否定するだなんて、あなた科学者やめたの?」

「ふん。実体がどうあれ、俺は科学者を自称したことはない。俺はエンジニアだ」

「似たようなものでしょ。相変わらず細かいわね」

「知った風な口を聞くなよ。おい、小杉はどうしている? 無事か?」

「小太りオジサマの事かしら? 生かしてあるわよ。社会的には死ぬかもしれないけれど」

 男は小杉と言うらしい。覚える必要を感じないので私はすぐさま忘れることにする。

 裸の男は最後に私を一瞥(いちべつ)すると一目散に走りだした。

 私は、左眼を生やしながら原始的な視覚情報と知覚をリンクさせる。

 日陰を飛び出し、日差しの眩しい広い校庭を走って、走って、校門出て、スローダウン。

 息を切らした男を見て私は何かを思い出しそうになる。

「お前、もしかしてQORAか?」

 私は通話を終了した。

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