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マギオン  作者: 雷然
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ある日の記録。

 NOÛS(ヌース)の世界的な流行は、マギオンの利用をさらに加速させました。

 北欧のある企業では社員のストレス指数をモニタリングし、一定水準を超えると自動的に休暇が割り当てられるようになりました。

 常に監視されるというのは多大なストレスを与えるようでいて、意思や身体のないシステムによる監視は人の精神にさして影響を及ぼさないことが分かってきています。

 太陽や風、神様に見守らてストレスを感じないのと同じように。

 程度の低いAIというのは道具であるはずなのに、自然現象のように、超常現象のように、人々をコントロールしました。

 体調が悪くなれば休憩を促し、気分や肌の調子に合わせて食事のメニューを提案する。

 システムは社員たちにも概ね好評のようです。

 他人の判断よりも。心地よいらしいです。


 一方で社員に忠誠心を植え込んでいるという噂も出ています。さらに政府が市民に信頼感を持つようにコントロールしているとかしていないとか。

 噂を信じた一部の市民は抗議活動をしています。

 (まつりごと)を行うものが民の感情をコントロールしようとする。そんなのサルでもやっていることですよ。何をいまさら。


 マスコミよりは健全ですがね。


 さて。

 NOÛSで有名になったエーテル株式会社は急速に力をつけ都市の開発に着手しました。

 駅前のとあるビル群。開発セクターΩ(オメガ)ナインは人の感情波を受信し反応する素材。マギオン応答性結晶(MRC)が採用されました。採用といっても高価な新素材でビルを丸ごと建てることなんて出来やしません。ましてや通常状態では生木程度の強度しかないMRCですから、とてもではないのですが建材にはならないですね。ではどこに使ったのか。使われたのはビルの窓に大量に使われるガラス。

 ビルのガラスは周辺にいる人の感情を読み取り、色を変えます。暗い気持ちの人が多ければ暗く、興奮した人が多ければ赤く、落ち着いたひとが多ければ青や緑、幸福であれば黄色やオレンジに。といった具合です。


 最終的にエーテル株式会社は道路や街路樹などにもMRCを混ぜる計画とのこと。

 夜、恋人達が見つめあえばベンチも街灯も桃色に染まる。まさに人々の心の色によって街の色を変えようとしているみたいですよ。

「まちは感情の鏡」Ωナインのキャッチコピーですって。


 

「都市を染めるには、血ではなく“感情”があればいい」

 巨大なクライオスタット。薄暗い水族館の部屋でヤスエはある宗教家の言葉を口にした。

 クライオスタットの中では魔力場限定装置(マギオン・トラップ)が紫色の光を放ち続けている。

「だったら感情を食ってやればいい。その為のMRC」

 

「コノ博士、Ωナインではリアリティグリッチは一件も発生していないようです。良かったですね。あなたの計画どおりですよ」

 やってきたウルシが微笑を浮かべて語り掛ける。

「あら? 帰って来たのね、社長業が忙しくてもうこっちには顔を出さないと思っていたわ」

「嫌ですよコノさん、僕の本業はこっち、CEOなんて遊びですよ」

「遊びで世界を病気にしてほしくなかったわ。遅かれ早かれ進行するとしても、ね」

「進歩なんて加速させてなんぼッスよー。僕ら科学者は社会の変革を待つ必要なんてない。面倒なのは政治家にでもやらせておけばいいんです」

「見解の相違ね」

 言ってヤスエは部屋を出ていこうとする。ウルシの顔を見ようともせずに。

「進歩ではないと?」

 ウルシはヤスエに声をかける。

 ヤスエは三歩進んだ。

 ウルシは目を細くする。

「進歩とは痛みを伴うものですよコノちゃん、科学史を見ても歴史を見てもわかるでしょう?」

 ヤスエは六歩進んだ。

 ウルシはガラスに触れたのち、大きな仕草で両腕を広げる。

「セクターΩナイン、あれで守れるのは精々一万人といったところでしょうか、いいや、基本あの地域はオフィス街だ。夜になれば城壁から出て行ってしまう」

 ヤスエは九歩進み、止まった。出口は境界線。あと一歩で明るい廊下に出る。

「ウルシ、あなた何を企んで、いえ、何をするつもりなの?」

 薄暗い部屋の奥、紫色の光を背中に受けたウルシの表情はわからない、でも微笑か、無表情のはずだ。とヤスエは思った。自分の話した言葉とは別のことを無意識で考えた。

「何も。僕は何もしない。今後はわかりませんが、とりあえずは何もしません。見ているだけです。見ていれば面白いことが起こる。いいですかコノ博士。進歩は我々が起こすのではありません、誰もが、社会全体が。みんなと形容すべき者たちが起こすのです。傘をひとつさしたとて降りしきる雨の全てを止めることなど出来ません。まして川の流れなどどうにもならない」

 ウルシの表情は分からない。

 暗がりの中、輪郭がぼうっと浮かび上がっている。

 まるでのっぺらぼうのようだ。

 表情も感情もわからない。きっと、間違くあるはずだが。

 わからないことを確認してヤスエは部屋を出てゆく。

 

 「いつだって一緒ね。私達はいつも何もわからない。QORAの事もチカのことも私は良くわかってないのね。多分。それでも――」

 ヤスエは一人廊下を歩きながら友の事を想う。


 一人、部屋に残されたウルシはガラスにそっとふれる。

「見るために、見に行くぐらいはしましょうか、ね。ふひひひひ」

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