テツロウは人生を呪った。死ぬならオレのほうがいいのにと思った。でもテツロウは生きている。図々しく今日も生きていく。
防災用のトイレが届くまでの五分ほどでテツロウは洗いざらいを吐いた。
名前と年齢、通っている学校、NOÛSで毎日他人の感情を浴びてる内に他人の感情や意思・記憶を触れるようになったこと、これまでやってきた犯罪、まくしたてるように言った。長い時間に感じた。
「主任、もってきましたよー」
やる気のない職員の声に救われたように思った。
「ミコシ君、キミは自分がチューナーだと呼ばれる種類の人間であることは自覚しているかね?」
食事が届くまでの三十分でアルボラリスは話をした。まるでそれまでの暴行がなかったかのように落ち着いた声だった。またいつ殴られるかもわからない。
テツロウは警戒しながらも耳を傾けた。
暴行は、もうなかった。
「自覚は、あるつもりですけど」
「嘘だな、君にはなんの自覚もない」
「それはその責任とか、そーいうことですか?」
「責任? なんでそういう話になる?」
「いやなんでっていうか、チューナーとしての責任とかそいう話じゃ」
アルボラリスは鼻で笑う。
「そんなものはない。だいたい君は責任とか難しいことを考えるタチじゃないだろう、……ああ、これは違ったな失敬。責任は感じているね。オオムタ・ともみさん、いや、邑上ともみさんか」
「なんでそれを!」
驚きのあまり、語気が荒くなった。しまった! と焦ったがアルボラリスは落ち着いたままだ。
「私もチューナーだ。私に感情を読む能力はないのだがね、君もチューナーなせいか、触ったせいか――君のマギオンは分かりやすい」
己の拳みていたアルボラリスがテツロウをじっとみる。
目が、合う。
日本語を話してはいるが、その風貌はどう見ても外国人だ。テツロウは外国人と話したことがなかった。
頬はこけ、無精ひげに目やにの残る顔。しかも自分を殴った男の顔だ。直視できず、テツロウは視線をそらした。
「ミコシ君。きみは私が怖いだろう。それは自覚できるね」
テツロウは何も言わない、何も言えずにいる。
「それが自覚だよ。自覚とは自分自身についてよく知ることだ。君は君自身の可能性を何もしらない。それは君のチューナーとして能力に限ったことではなく。君が何者でこれからどうすべきかということだ――」
質素な食事が届き、テツロウは一人になった。
「――自覚がない。というこが決して悪いことだとは言わない。私とて自覚がなった側の人間でね、だからこそいくらでも無茶が出来た。そしてそれが結果的に私を成長させた。自覚するということは時に誤認を生む。“いわゆる自分というのはこの程度の奴なのだ”という諦めを。あるいはそれは誤認ではなく事実なのかもしれない、しかしそれはその時点での事実にすぎない。人は成長してしまう生き物だ。ただ自覚がないのなら自覚がないこを自覚しておくといい。日本語ではなんと言ったかな? ゼンモンドーだったかな? ともかく、自覚が――」
――アルボラリスの言うことはテツロウには難しく、話の半分もわからなかった。
ただ、人の言葉を久しぶりに聞いたような気がした。
ヌースを使えば例え、文字が読めなくても、声が聞こえなくても感情は分かった。
映画感想の感情共有。映画を見た直後に得た、言葉に言い表せない感情を共有する。というようなヌースの使い方は今ではポピュラーになりすぎて最早バズが期待できない。
タイパもコスパもあまりにも良いので一定の需要はありつづけるだろう。アニメ感情共有も音楽感情共有も、これからもずっと頻繁に行われ続けるはずだ。
アルボラリスが言った言葉の意味も、その感情もテツロウにはわからなかった。何一つ共有できた気がしなかった。
殴られたし、怖かったし、タイパもコスパもゴミだった。
それでも。
それでも何か大切にすべき、価値があるような気がした。
理解できなかった言葉のほうが、今でも何も伝わっていない。これからも理解できるかどうかあやしいもののほうが、ずっとあの頃に近いような気がした。
「自覚か」
テツロウは小さく息を吐いた。
まだ頬の痛みが引かない、あばらもズキズキしている。
透明な包装を破り、パンにかぶりつく。
部屋は冷たく、防災用トイレからは臭いが漏れ出ている。
酷く食べずらかった。
忘れられない味になる。
テツロウは自覚した。




