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マギオン  作者: 雷然
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みっつ

 正直いうとこんなのさっさと警察に引き渡してしまいたかった。しかし警察に引き渡したところで彼が万全に能力を振るえば釈放されるのは容易いだろう。ならどうするか? 彼の人生を終わらせてしまうか? 合理的で手間も少ない、魅力的な案だ。だが気が進まない、殺すという行為そのものがアルボラスの心に強い抵抗を生んだ。たとえ正当な理由があったとしても、その冷酷さを自分の手に引き受ける気にはなれない。チカ博士は明らかに狼狽していた。無理もない。先ほどは興奮状態で我を忘れていたのかもしれないが、彼女はまだ若い女性だ。悪意をもって人から襲われるのは大きなストレスなだったはず。いささか奇妙な魔力子波(マギオンは)を感じはしたが、聞くのはまた今度にしよう、今は先に決めなければならないことがある。


 短い協議が行われた。結論は現実的な折衷案――閉じ込める、だった。外へ出すわけにはいかない。かといって殺すことも、今はできない。ならば拘束監禁が最も現実的な落としどころだ。最善とは程遠い。だが、現状が許すのがこれしかない。


 アルボラリスは仕方なく、工学部の一室に男を収容させた。研究所には牢屋なんていう気の利いた設備はない、大型の実験動物を扱う施設ならば檻ぐらいあるのかもしれないが、アクシオンリング研究所は量子力学専門の機関だ。主業務は観測データの収集と解析。暴漢の拘束など想定していない。

 工学部は工具や機械を扱う関係上、他の部署と比較してわずかばかり壁が厚く、音が外に響きにくかった。何よりアルボラリスがいた。職員たちはアルボラリスがいともたやすく制圧する場面を見ていたし、アルボラリス当人としても若者が一人暴れたくらいどうとでも対処できる自負があった。

 普段は物置となっている部屋のガラクタをどかし、男を押し込んだ。

 目を覚ました男は、あどけなかった。

 

 よくよく見れば少年と言ってもいいかもしれない、高めに見積もって二十歳前後、まだ幼さの残る顔だ。

 男はアルボラリスと目が合うとばつが悪そうに視線をそらした。アルボラリスは何も聞かない。男も、何も言わない。

 重たい沈黙。

 アルボラリスはため息をつく。

「おい。誰かパンかおにぎりを買ってきてくれ、領収書は俺につけていい、あと倉庫に防災用の簡易トイレがあっただろ、あれを探してきてくれ」

 指示を受けて、数人の職員が出かけていった。

 

 いつまで閉じ込めておけばいいのか、出口の見えないトンネルにいるようだ。どんな選択をえらぶにしろ正解はない。

 飯が来る前に軽く話をしておくか。


 アルボラリスはうつむいたままの男を殴りつける。

 いきなり暴力を振るわれるとは思ってもみなかった男は、まったく踏ん張りがきかずに派手に転んだ。

「お前、名前は?」

「ひっ」

「名前」

「まってくれ、なんなんだよいったい」

 アルボラリスは一歩、二歩、三歩とあるく、男をみる。物置として使っていた部屋は狭い。たった三歩の接近で男は壁際に追い込まれた。

「まって、言う! 言うから殴らないで」

 髪の毛をつかみ引っ張りあげる。

「いたいいたいいたい」

「ふっ!」

 裸拳はこぶしを痛める。素人知識でアルボラリスは手の平の手首がわ、掌底と呼ばれる部位で男のほほを殴りつける。手のひらに伝わった感触にアルボラリスは眉をひそめる。

「不愉快だ」

「おねがいします。ゆるしてください」

 

 男は思った。シメられる。殴られる。この人はオレを本気で痛めつけるつもりだ。きっと怒っているのだ、飯をくれると聞いて油断した。もしかしたら殺されるかもしれない。いやきっとそうだ。クソッいったいどこでしくじった。やっぱこんなところにこなければよかった。学校の奴らに馬鹿にされる。なんでだクソッ! 俺は特別だ。なんでだ、勝てない。どうしようもない。もう終わりだ。終わりおわりおわり。あーもうどうしたら、やめて、もう殴らないで、名前。名前を言うんだ。ゆるして。


 ミコシ・テツロウは17歳。

 おもえばどこから失敗してしまったのか、ということを思い返すと心あたりが多くて絞れないというのが正直なところであった。仮にここで彼で冷静であったとしても三つまでにしか絞れない。


 一つめはヌースを始めたことだ。あれさえやらなければ変なチカラに目覚めることはなかったはず、テツロウはそう思う。この施設に来なければよかった。そうも考えた。だが結局、チカラがあるからにはいつかは調子にのっていらぬ行動をあれこれし、結果ろくでもないことになる。テツロウの人生はいつもだいたいそうなのだ。調子にのれば、やる気になればしっぺ返しを食らう。

 だったら初めから、何もしないほうがいい。

 

 二つめは幼馴染だ。テツロウには仲の良い幼馴染がおり、毎日のように一緒に遊んでいた。

 幼稚園の頃は問題なかった、小学生のいつのごろからだろうか、素行が悪いテツロウのことを、幼馴染のご両親が快く思っていないのがわかってきた、テツロウに直接何かをいうことはなかったが、距離を置きたがるその空気を子供ながらにテツロウは敏感にうけ取った。素行不良の自分が真面目な友人に迷惑をかけてないという構造は小学生のテツロウにも理解できるものだった。素行は悪いが頭はよく、昔は勉学だってよくできたのだ。今は見る影もないが。

 幼馴染と距離を置くようになった。あれからだと思う、テツロウが何をやっても上手くいかなくなったのは。だから今、こんなことになっている。あいつがいれば俺はこんな馬鹿をしなくてすんだ。ヘマもせず毎日が楽しいだけの、ちょうどいい調子の乗り方ができたはず。

 都合のいい幻想を、テツロウはずっと心のどこかで抱いていた。


 三つめは駅に向かうアイツに声をかけられなかったことだ。中学まで一緒だった幼馴染は、市内の進学校へ進んだ。それからは会話をした記憶がない。何処かですれ違っても目を合わせなかった。昔のアイツはいつもよく笑う奴だった。オレが馬鹿をやって、アイツが笑う。

 あの日、アイツがなんだか辛そうな顔をして駅に向かうのを見た。

 まだ朝早いのに学校に行くのだろうか、進学校ってのも大変だな、とテツロウはぼんやり思った。そして一声かけようと思った。

 だって、あまりにも辛そうだったから。

 あんな辛そうな顔は見たことがない、いや。

 本当は見ていたのかもしれない、自分が目を合わそうとしなかっただけで。

 何度も。

 だからこそ、今日こそは声をかけるべきなんじゃないのか。

 

「なぁ、そんなにつらいなら一日ぐらいサボらねーか?」

「昔みたいによ、今日は遊ばないか」

 

 ……今更、どんな顔をして。

 

 テツロウは何も言わず、幼馴染の邑上(ゆうがみ)ともみが駅に吸い込まれていくのを見送った。


 

 ――死者532名。

 お悔やみ欄を名前が埋め尽くしていた。

 埋め尽くす文字に地獄を見た。祈るような気持ちで地獄を覗き込んだ。

 地獄の中にともみの名前があった。

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