感情共有依存症
「チューナーになれるは誇張がすぎるでしょう」
「いいんスよ別に。実際覚醒する人も出てきていますし」
「波のひとつやふたつじゃなかったの? どう始末をつけるのよこの大波」
「大波でも一つであることにはかわりはしないッスよ、それでどうしますか? 詳細をメール……いいや、ヌースしましょうか?」
「絶対にイヤです」
「なんでですか? SNSはお嫌いですか?」
「世の中がなんでも思い通りになるわけないじゃない、マギオンがあってもそれは同じ。私は絶対アンタの思い通りになんてならないわ」
「アンタが何を企んでいるかなんて私は知らないしどうだっていい、ただろくでもないことは分かるわ、それだけは間違いない。それと私の邪魔をするなら容赦しないわ」
「それはご自身のことを言っているのですか? QORA、早く捕まるといいッスね」
カルルは笑みを浮かべ、水族館の部屋を出ていった。
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「各地で争いが激減しています」
研究所内のカフェでクロダ・チカはテレビを見ていた。積極的に見るというより流れているから見ているだけだがNOÛS関連の情報にはアンテナを張っていた。ウルシ・カルルが単独でNOÛSを開発したとは考えずらい、アクシオン、あるいは他所の研究所からデータを盗んだかヤスエが一枚噛んでいるのか、両方か。それとも別の要因か。テレビニュースからは表面的な情報しか得られない。
コノ・ヤスエ。チカと同期、大学時代からの友人と言ってもいい。彼女はQORAを消すと言っていた。NOÛSがそのための方法なのだろうか、確かにNOÛSは凄い。凄いがこれでQORAを消せるとは思えない。そもそも消してどうしようというのだ。あれは観測しているだけだ。社会の混乱も変化も人によって生み出されるものだ。大体変化なんつーうものはマギオンがあろうがなかろうが起こるものだ、変化を受けれないでどうする。
・誤解や「相手の気持ちを読み違える」ことがなくなるので、喧嘩・戦争・差別が大幅に減る。
・政治・教育・医療が「感情優先」になり、弱者への支援が自然に増える。
・嘘や演技ではなく本音のコミュニケーションが標準になる。
・うつ病や孤独感を「他人にリアルに伝える」ことができ、早期介入が容易になる。
可愛らしい女子アナウンサーが専門家とやらに意見を求め、専門家とやらが現状と今後について説明する。
「いったいどこの専門家よ、見たこともないわ」
チカは顔の広い方ではない、人数の少なくなった研究所の職員の顔すら全員覚えているかというとかなり怪しい。
「だいたいなんでこの子の服は胸元空いてるの? そういう趣味? それともプロデューサーの入れ知恵かしら、ほんとテレビはクソ」
精神医学や心理学では加齢による嫉妬はあたりまえの現象にすぎない、嫉妬していないなんて過敏に反応する必要がない。体力や知能の低下と同じ当たり前に起こることだ。知識でチカは知っていた。なんら恥ずかしいことではない。だが。
こんなものまでシェアしているの? しているのでしょうね。おぞましい。これは絶対ヤスエじゃないわね、噛んでいたとしても利用されているだけ。あの子気づいているのかしら、それとも気づいてなお……。
チカの思考は飛んでいき、別のニュースを想起する。すなわち中国の共感兵だ。ヌースにより広まった共感兵の暴走事故はインターネットで最早周知の事実となっている。テレビではまだ報道されていないが、そのうちこじんまりと報道されるだろう。ようはヌースみたいに感情を読み取って戦局を有利にしようということだ。味方の感情が分かれば連携がとりやすく、敵の感情がわかれば相手を崩しやすい、一見理にかなったように見える方法だが、一度に複数の感情を共有すればどうなるか、被害者となった兵士達には同情する。複数の感情を広域で高出力で強制的に浴びるのだ。戦場というストレスの極地で。やる前にわからなかったのか。ヌースを見てみろ、一度に共有できる感情は一つだけ(同じ感情を複数人で共有することはできる)。共有可能なものは共有主が許可したものだけ。自動アップロードされたものでも後から不許可にできるし、共有する側も強制じゃなく、今共有したいものをフレンドかタイムラインから選ぶだけだ。
こう考えるとヌースが清廉潔白に見えるけれど、そうじゃない。ユーザーの多くはアプリケーションの行う自動アップロードを垂れ流しにしている。ここが問題だとチカは考える。
要因はいくつかある。
一つ、いつどの感情がバズるかわからないから全部だしてしまう。
一つ、共有停止にするとユーザーはまるで自分の感情が止まったような気になる。あるいはあの日の感情が嘘だったような気になる。
一つ、結局みんな共有してるし自分だけ止めるのが恥ずかしい。
なんでそうなっちゃうかなー。チカの想いは独り言にはならず、甘いコーヒーと一緒に飲み込まれた。




