NOÛSローンチ
「ありがとう、ありがとうございます」
司会者の紹介の後、温かい拍手を受けてカルルは語りだした。
「ただいまご紹介にあずかりました、エーテル株式会社CEOのカルル・ウルシです、今日はスーツでビシッときめておりますが、日頃はヨレヨレの白衣を着てセルクでマギオンの研究をしております。さて、僕のことは是非忘れてください。今日は皆さまに最高のプレゼント、最高のサービスをご紹介するためにやってきました」
ロンドン万国博覧会、その目玉ともいえるサービスを一目見ようと会場には多くの観客とマスコミが駆けつけている。ギラついたスポットライトの光。その中心でカルルは声を出す。けして張り上げることなく、柔和な表情を貼り付け、穏やかな声色で、かたわらにいる愛する者に語り掛けるように話し出す。
「ヨーロッパの国々がEUというひとつの運命共同体を構築してから長い年月がたとうとしています。EUの最初の動機は戦争をしないことでした。資源を奪い合う行為をやめるために、資源の共有化をする。それがEUの前身、ECSCの創立でした。現在、EUに大小の問題があるのは、皆様ご存じの通りです。この問題を解決することは私には出来ません、多くの問題は皆さま自身の手で解決していく必要があります」
カルルの背後にある大型スクリーンにかつての大戦の映像が流れ、次にヨーロッパの地図が映り、ヨーロッパの国々がひとつひとつ青色に染まっていった。
「ただ、ヨーロッパの戦争はなくなりました。私はEUができたことは良かったと思っていますし、間違いなくその目論見は成功であったと思います。このEUの動きをそのまま拡大させる向きもありましたが、それは現実的ではありません。経済的にも文化的にも異なりすぎているものが一つになるのは難しいことです。しかしそれは、国と国の話、人間一人ひとりは全く違います。夫婦や友人、関係性は様々ではありますが、個人という単位であれば私達は異なるイデオロギーとつながることが出来ます」
スクリーンの地図は消え、観客たちの姿が見える。会場のカメラが観客席を撮影し、それをリアルタイムでスクリーンに投影した。
「あなたの隣の人を見てください、隣の隣の人を見てください、さらにその隣はどうでしょうか、前の人は? 後ろの人は? 偶然今そばにいるだけの知らないひと、彼ら彼女らと分かり合うことが出来ればそれは素晴らしいことだとは思いませんか? 私達は他人を知りません、他人を恐怖します。その恐怖が軋轢や誤解を生み、やがて憎しみを、憎しみが争いを生むのです。今日まで世界で争いが絶えないのは恐怖のせいであり、他人を知らないせいであり、極論私達の、あなたの責任なのです。あなた達に、私は! 僕は変わってほしい! 戦争をやめて幸せになっていただきたい!」
観客たちは静まり返り、互いの顔を見つめあう。会場に無音の興奮が広がり平然を装える者がいなくなった。
カルルがポケットからスマートフォンを取り出して掲げた、スマホの画面には電話帳のように人の名前と名前の横に“興奮”と書かれてあった。背景のスクリーンにロゴが表示され、続いてカルルのスマホ画面が映しだされた。ロゴの文字は《NOÛS》と読めた。
「ご紹介します。《NOÛS》です。さきほどこのアプリを会場内の数名にインストールしていただきました。今私のスマホには“フレンド”の感情が映っています。タップするとより詳細な情報が得られ、タイムラインではいつどのように変化をしたのか、何をしていたのかまでわかります。これは全く新しいSNS、人の感情が分かる、感情と感情が伝わるSNSです。ヌースは感情が見えるだけではありません。マギオン研究によって得られた新技術により、相手に感情を伝えることが出来ます。そして使い込んでいくことでチューナーになることもできます」
会場にどよめきがはしった。事前にマギオン技術を転用したサービスという告知はあったが、一種の超能力と思われていたチューナーになることができるとは。これが観客たちの度肝をぬいた。
「驚いた方もいるでしょう。ですがこれは事実です。感情という高密度な情報をやり取りすることは体内のマギオンを活性化させるのに効果的であり、チューナーと呼ばれる人たちは魔力子受容感度が高いだけの常人です。誰でもなることが出来ます」
エーテル株式会社とNOÛSの名前は瞬く間に広まった。爆発的というよりも瞬間的に社会は変化した。とくに若年層の適応力はすさまじく、翌日にはある投稿が1000万バズ。1億人以上の人に共有された。それはこんな内容だった。
「みんなにも見てほしくて投稿します」
泣いているのは10代の女の子だ。
「遠距離恋愛中のカレシとしょっちゅうケンカばかりだったんだけど、カレシからヌースされてきた動画みたらカレシの気持ちがすっごい伝わって、すごいの直接心に全部届いたの、本当に胸が締め付けられるほどの愛おしさと、私を大切に思うカレシのキモチが、直接心に流れ込んできたの。言葉よりずっと強くつながれったわ。もう喧嘩なんてしない。私真実の愛に気付いたの。ヌースがなかったら別れていたかも。これが本当の愛に気づけて本当によかった」
投稿を“共有”。若者風に言うならヌースした人々が同じ感情を抱き、涙を流した。




