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「ニカゲ聖草、ですか……」


 あまり聞き馴染みはありませんが、とファリナシアはその年齢にそぐわない慎重さで前置きをする。

「狩人ギルドが買い占めを行っているかもしれない、というのは無視できないですね。何かしらの方法で、ポーチカ様達が手に入れられるよう両親にも相談してみます」

 さらりと“両親”という言葉が出たが、気軽に相談できる仲ではある、ということだろうか。

 ポーチカは何となくそんな事を考える。

「お嬢様、そんなこと勝手に約束されては」

「いいのよ。これは御礼ですから。きちんと御礼ができる機会がありそうで良かったです」

 サイラスを遮りファリナシアは微笑む。

「大変助かります」

 ポーチカは深々と頭を下げた。

 それから連絡先のやり取りなどを交わし、食事を再開する。


「ポーチカ様、こちらの蜂蜜をつけるのはいかがですか? 西から来た貴重なものなんですよ」

 何もつけないパンをちぎって食べていると、ファリナシアがテーブルの上の瓶を示した。とろりとした赤金色の蜜に満たされている。


「あ、ああ、ありがとうございます。そんな珍しいものを」


 ポーチカは今初めて気がついたように小瓶を手に取り、蜜を自分の皿に垂らす。思ったよりも、もったりとした液体だ。微かに花の香りがする。

 そこにパンの破片をつけて、口にした。


 全ての風味が消える。粘土でも食べているみたいだ。

 

「……」


 こんな場面はもちろん想定できた。

 特別隠していることでもない。

 こちらからお願いする立場であり、ファリナシアには誠実に振る舞いたいとも思っていた。

 頭ではそのつもりだったのに。


 この広く、豪奢でいて、どこか冷たい屋敷にいるせいか。

 指をさされる。

 いくつもの嫌悪の目で。

 “おまえは呪われている”と、そんな金切り声が──


「おいしいです」

 と笑顔で嘘をついていた。


 ファリナシアも「良かったです」と嬉しそうに微笑む。

 再び、じっとりとした嫌な罪悪感が心をもたげた。


「何の花の蜜だと思う?」

 試すようにサイラスが尋ねる。

「え?」

「料理人なら、これくらいわかるだろう」

「え……ええと……」

「こら、さっきから失礼よサイラス。なんなのあなたは」

「ただのクイズですよ」とサイラスは肩をすくめた。

「すみません、ポーチカ様」

 謝りつつも、ファリナシアは上目遣いにポーチカを見る。その表情には好奇心が浮かんでいる。

「ですが、わかるものなのですか?」

「……」

 邪気のないファリナシアの瞳から目を逸らし、ポーチカは小瓶を見つめる、

 もう一口食べていいですか、とは言えない雰囲気だ。口の中に残った粘土の破片のような残りかすでは何もわからない。


 赤金色の、粘性の高い蜜。西からの珍しい品。一瞬香った花の香り。

 ポーチカは唇を湿らし、じっと考えた。


「なんだ、わからないのか……」

「イワワリソウの花、ですかね」


 サイラスが僅かに目を見開いた。 


「西の砂漠の岩地に生える珍しい白い花、だったかなと」 

「わあ、大正解です」

 ファリナシアはぽんと手を叩き、それがはしたないと思ったのかすぐに姿勢を正す。

「召し上がったことがあるんですね。なかなか流通しないものですけれど」

「……ええ、前に一度」

 どっと冷や汗が噴き出る気分だった。


 サイラスは何も言わず、腕を組み、目を細めるようにしてポーチカを見ていた。


「ポーチカ様はきっと素晴らしい料理人になれますね」

 スープを優雅に口に運び、ファリナシアが言う。

「そうだといいなと思っています」

 残りの蜂蜜をつけて味のしないパンを食べながら頷いた。

「なんのお料理が得意なんですか?」

「え、ええと……」

 ポーチカは考える。

 何を作っても味がなくなる。一体何が得意だと言えるのだろう。

「……そうですね、やはり旅してますので、道中見つけた野草や魔物なんかで即興で料理するのはできますよ。得意と言えるほどかはわかりませんが」

「魔物。食べたことないです」

「そんなもの食べなくてよろしいのですよ」

 サイラスがぶっきらぼうに言う。

「いえ、食べてみたいですね」

 ナプキンで口を拭い、ファリナシアは控えめに微笑む。

「ポーチカ様のお料理、いつか、ぜひ」

「あ……はは」

 とりあえずポーチカは笑った。

「そうですね。いつか、そんな機会があれば」

 

 やがてデザートが運ばれ、コーヒーが注がれた。デザートは見目良くコーヒーの香りも優れているが、さすがに満腹だ。

 小鳥のような一口をすくってケーキを口にするファリナシアを真似て、ポーチカもちびちびと食べる。 


「それで結局貴殿は、一体どこのお生まれなのか」


 いきなり口調を改めたサイラスに、ポーチカはむせそうになった。

 サイラスの視線は先ほどまでの軽蔑するようなものではなく、警戒を示していた。


「え……?」

「食事の所作や言葉遣いはわざと崩しているようにも見えるが、貴族のそれだ。一朝一夕で身につくものとは思えない」

「……」

「サイラス。そんな探るようなこと」

「しかし、何か事情があって素性を隠しているのか。それなりの方であればこちらもそれなりの対応をしなければなりません。知る必要があります」

 言い切られ、ファリナシアは困ったようにポーチカを見る。

「ぼくは、ただのポーチカです」

 ポーチカは笑みを浮かべた。

「旅をする前は、普通の宿屋で働いていました。マナーは役に立つかもと思って、頑張って身につけたものです」

 逆に疑われてしまいましたが、と肩をすくめてみせた。

 事実を混ぜた嘘だ。重ねる嘘が、この先墓穴を掘ることになるだろうか。そんな不安も頭を掠めたが、今さらどうしようもない。

「……しかし」

 それでは足りないというようにサイラスは睨んでいたが、ファリナシアは「もう結構です」と打ち切った。

「御礼として、ポーチカ様をお呼びしたのよ。あれこれ探るためではありません。失礼をいたしました」

 サイラスは言葉を飲み込むようにして、ファリナシアはポーチカに頭を下げた。


──ユランさんの言うとおり。


 ファリナシアに頭を上げるよう慌ててお願いをしながらポーチカは内心で苦笑していた。


 上流の方の相手は本当に、色々と気を遣う。



§


 さてその頃、ユランはといえば──




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