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ソレイル家の屋敷は、予想はしていたが、とんでもない豪邸だった。
高い門。
左右対称に整えられた庭園には色とりどりの花が咲いていて、普段は嗅がないような甘い香りに満ちている。白い小道、繊細な彫刻。何人ものすれ違う使用人がファリナシアに丁寧に頭を下げる。敷地内で“ポチ”は放され、元気に走り回っていた。
ポーチカの胸の奥が少しだけ疼いた。
たぶんうちはここまで大きくはなかったけれど。
かつて自分の家だった屋敷の雰囲気を嫌でも思い出してしまう。
豪華で綺麗で広かった。でもどこにも自分の居場所がないみたいで──
「ポーチカ様」
呼ばれ、はっとする。
先を歩くファリナシアが振り返っていた。その前には凝った装飾が施された重厚な扉があった。
「離れの方で申し訳ありませんが」
素性の知れない相手をいきなり母屋の方に連れて行かないのは通常だ。
しかし、“離れ”とファリナシアは言ったが、こちらも十分立派である。
「とんでもありません。素晴らしいお屋敷ですね」
「ふふ」とファリナシアは顔を綻ばせた。
「入る前に、持ち物を確認を。武器類はこちらで預かる」
黒服の護衛が間に割って入る。隠すこともなく威圧的だ。
「こらサイラス。こちらがお呼びしたのに失礼ですよ」
「ですが、決まりですので」
「構いませんよ」とポーチカは腰の鞄を開けてみせた。
「何だこれは、ナイフが何本も」
「まあ、旅してますから」
「それにこの妙な小瓶はなんだ。毒か?」
「調味料とかですね。使い方によっては毒かもしれませんけど」
「調味料?」
「一応料理人なので。修行中ですけど」
正直に答えたが、サイラスと呼ばれた護衛の若者は怪訝な顔をして、結局鞄ごと没収された。
ファリナシアは申し訳なさそうにしていたが、まあ当然のことだとポーチカは納得していた。
§
広い食堂に通されると、縦長の食卓には様々な料理がずらりと並び、おいしそうな湯気を立てていた。
先にサイラスが話を通していたのか、すぐにでも食事が始められるようだ。
ファリナシアと向かいになるようにポーチカの席が案内された。昨日会った執事もいたが、他は使用人だけのようだ。
家族は一緒に食事をしないのだろうか。
“いつもひとりなので”
広場でファリナシアはさりげなくそうこぼしたが、どうやら本当らしい。
大きな家だと色々あるものだ。
突っ込んで聞くようなことはしない。
「すごくおいしそうですね」
「うちの料理人は腕がいいんですよ」とファリナシアは少し得意そうに笑った。
それは楽しみだ。
食事が始まる。
テーブルマナーに一瞬不安を感じたポーチカだが、体が覚えていた。
野菜は新鮮、肉は柔らかく臭みもない。どれも下ごしらえからきちんと行われているようで、ファリナシアの言ったとおり文句なく美味しい。
サイラスという護衛はファリナシアの後ろに立ち、じっとポーチカを睨んでいた。何か粗相があれば指摘するつもりなのだろうか、幸い、今のところは何も言われていない。
さて、ニカゲ聖草の話をどう切り出そうか。
料理に舌鼓を打ちながらタイミングを伺っていると、
「ポーチカ様はどうして旅をなさっているのですか?」
少し食事に手を付けたところで、先にファリナシアが尋ねた。
当然想定される質問だったし、ニカゲ聖草の話に持っていきやすいので、正直歓迎だった。
「ぼくとユランさんは、精霊島を目指しています。なので、島に行くのに必要な奇晶集めるために、今は狩りの旅をしているところです」
「精霊島」とファリナシアはやや訝しげな表情で繰り返す。
「精霊島というと、あの……精霊島ですか? 遥か南にあるという」
お嬢様にはあまり馴染みがなさそうであるが最低限知っているらしい。
ポーチカは「はい」と力強く頷く。
「ぼくたちは精霊島に行って、どんな病や呪いも治すという精霊の秘薬を手に入れたいんです」
くっ、と笑いを漏らしたのはサイラスである。
「サイラス、どうしたの」
「いえ」とこらえるように口元を押さえ、サイラスはポーチカを横目に見る。
「旅人、というからには狩人ギルドにも所属していないフリーの狩人でしょう。それで精霊島を目指すとは、随分無謀だなと」
「そう、なのですか?」
ファリナシアの視線はポーチカに向けられる。
「まあ、よく言われます。奇晶集めは大変ですから。でもユランさんはそれなりに強いので、意外と順調なんですよ」
渋い顔をするサイラスは気にせず、ポーチカはフォークを置いて「ですが」と目を伏せた。
「ひとつ、とても困っていることがありまして。自分たちにはどうすることもできなくて……」
「どういったことでしょうか。わたくしで……ソレイル家として、お力になれることがありますか?」
ファリナシアは懸案そうに、そう申し出る。
一抹の罪悪感を心の隅に感じつつ、ポーチカはここぞとばかりにニカゲ聖草の抽出液が入手できないことを打ち明けた。




