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ポーチカがファリナシアと再会していた頃──
ユランは狩人ギルドの建物の前にいた。
元は古い酒場か何かの店を改築したような、レンガ造りのくたびれた外観である。
ここはセシリカの町の常駐ギルド『聖バルタスの砦』というらしい。外壁に掲げられた赤い旗には、砦の紋章が描かれている。
ポーチカには休んでいるよう言われ、少し前まで、素直にベッドに横になっていたユランではあった。
しかし。
──部屋の隙間は埋めたとポチは言ったが。
どうにも落ち着かない。いないと思っても、壁の染みが虫ではないかと何度もひやりとしてしまう。
別にあいつの指示に従う義務もない、とユランは思い直した。
そうしてコートを羽織り、腰に2本の鉈を下げて、昨日言い争いをした宿の店主に町で一番大きな狩人ギルドの場所を尋ねてここに来た。
ギルドの人間なのか、建物を眺めるユランを怪訝そうに見ながらギルドの中へと入っていく男達がいた。
腰に下げた鉈の鞘を撫でる。
──平和的なら、いいんだろう。
奇晶を何とかするための何とかという草?を手に入れたいだけだ。殴り込みに行くわけじゃあない。
余ってるのなら、抵抗させずに大人しく渡してもらえばいい。金だって多少は払うつもりもある。
平和的、という言葉が具体的に何をすることで何をすべきでないことを指しているのか正直よくわかっていなかったが……
ユランはギルドの扉を押し開けた。
§
中は意外と広い。
安酒の香りが漂う。
やはり酒場だったらしく、丸テーブルとそれを囲う椅子が何組か置かれていて、普通に酒を飲んでいる者がいる。酒場としても活用されているらしい。
店のカウンター兼依頼のやりとりもするところなのか、低めの受付カウンターには数冊のファイルが置かれ、ギルドの事務職員のような若者が書類を整理している。
余所者への刺すような視線をいくつも受け流しながら、ユランは悠々と受付の前に進む。
「あっ、いらっしゃいませ。ギルドへのご依頼ですか?」
黒髪の華奢な若者がユランを見上げて愛想の良い笑顔を浮かべる。
「これは……依頼になるのか?」
「はい?」
質問に質問で返された若者はきょとんとする。
ユランは一瞬考え、しかしよくわからないのでやめた。
「奇晶を何とかするための何とかという名前の草?が欲しいんだが」
若者は再度目を瞬いた。
しかしユランの雑な言葉にも真面目に頭をひねり、すぐに「ニカゲ聖草ですか?」とひらめいた顔をした。
多分そうだと思い、ユランは頷く。が。
「すみません。薬草系は薬剤師ギルドで採取するので、狩人ギルドへの依頼はできないんですが」
若者は申し訳なさそうに言った。
「そういう依頼じゃない。ここにあるんだろう、その草が。それをよこ……いや」
ユランは中空を見つめ、適切な言葉を探し──見つけた。
「……分けてくれ」
「え。ええと……」
「あんた達が買い占めてるんだろう? そのせいでこっちは買えなくて困ってるんだ。だから」
まごまごしている若者に訴えていると、受付奥から大柄な男が出てきた。身なりは軽装だが、身体は筋肉に覆われ、顔のあちこちに小さくない傷がある。
「買い占めだなんて、人聞きの悪いことを言わないでくださいよお兄さん」
ユランは男を見上げた。
「俺はそう聞いた気がするんだが」
「聞き間違いじゃねえですか?」
「……」
そう言われてユランは黙る。
確かに、一言一句あいつが言ったことを覚えているわけではない。というか覚えられない。
「そもそも兄さん、あんた、狩人ギルドの人間じゃないだろ? なんでニカゲ聖草なんかが必要なんだ」
「奇晶の処理に必要だからだ」
ユランの淀みない答えに男が噴き出す。さらに、周りからも笑い声が聞こえた。
「ギルドにも入らねえで精霊島を目指してるってのは本当みたいだな」
笑っていた男は、すっと目を細める。
「白いコートに鉈、銀髪──あんた、ユランだろ? 元軍人で狩人のユラン」
「俺はあんたを知らんが」
「そりゃあ、初対面だからな」
ユランは眉をひそめた。
「お察しのとおり、ニカゲ聖草が町に出回ってないのは俺達が買い占めたからだ。そうすれば、そのうちあんたはここに来ると思っていたからな」
「……何?」
「にしても真正面から来るとは。何か企んでるのか? 話に聞いていたとおり、食えない野郎だぜ」
男は鋭い瞳でユランを見る。
ギルドの人間と思しき武器を持った男達が素早くユランを囲う。建物の出口も閉め切られ、数人が立ち塞がるようにして構えていた。
……6人。扉の前に2人。
「土の精霊使いなんだろ」
目の前の男も腰からナイフを取り出した。
「残念ながら土っぽいもんはこの建物からすべて排除してある。あんたはここで、死んでくれ」
──平和的、とは。
平和的に進めるつもりは、俺にはあった。でも向こうには初めからその気がない。
なぜ俺の命を狙うのかはさっぱりだが。
男たちは武器を手ににじり寄ってくる。
この状況ならば仕方がなかったと、あいつには言えるだろう。
鉈の柄に触れるユランの口元には、薄い笑みが浮かんでいた。




