ふさわしき応報
その日は朝からうるさかった。
ローデル卿が倒れたという。だから、早急に準備して向かうように促された。ただの教会騎士の一人という扱いではない。
「わかりました」
最低限の身繕いをしたあとに私は教会の総本山にむかった。ここに来て一度も行ったことがない。誰も行くように言わなかった場所。
議会との対立を感じる。
聖女といえば教会所属とおもわれるくらいの立場だが、私は帰属を求められていない。今、聖者がいるからの余裕と思えなくもないけど。
教会に着くと待っていたのは聖者の少年だった。
「姉さんに会えてうれしいです」
「私も嬉しいです」
ところで、その姉さんとは? と聞ける雰囲気でもない。残念だが、その発言はスルーしておいた。そういや、前も姉さんと呼ばれたような気がする。
これ年上の女性に対する呼びかけとなんか違うように思えた。言い方にかなり違和感がある。……まさかの出生の秘密とかにつながってたりします? そう思ってじっと見ても鏡の中の私と少年に共通点はなかった。金髪碧眼マッシュボブな少年と黒髪青目直毛ストレートでは違いすぎる。
視線が合うとにこっと笑われた。釣られて微笑みを返す。
……なんだ、この時間。
「どうぞこちらへ」
謎の沈黙に業を煮やしたのか教会の人が促す。
私たちは教会の奥へと進んでいった。
「病状をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「数日前まではなにもなかったんです。
いつも通り。ところが、数日のうちに指先から手、腕まで広がり、次は顔が」
「痛み、とかですか?」
「この病は皮が剥けるんです。薄皮がちょっとというのではなく、全部」
…………おう。理科室にいる標本みたいななんかかい? ちょっと表情を引きつらせた私に少年は慌てたようにすみませんと口にしていた。
「包帯の上からしか治療したことがないので……」
本当にみんな見せるのを嫌がったんだ。そこになにがあるって言うんだと思っていたけど、ズル剥け……。ちょっとは私に配慮してたのか。
普通に若い女性に見せて診察拒否とかされる可能性くらい考えそうだもの。
「僕もちょっとアレはあまり見たくないですね。痛みはあるけれど死ぬほどでもなく、時々治り始めては剥がれ落ちる。よほど呪われたのでしょうね」
そう言いつつにこにこと私を見上げるのでとてもこわい。何もかも見透かすような訳知り顔よ。そんなえぐい呪いになってるとか知らんかったので許してほしい。
冷や汗だらだらな気分で微笑みを返すのが精一杯。
「ローデル卿を助けて差し上げてください」
その言葉と裏腹にものすっごい冷たい声なのなんでですかね?
翻弄してくる少年と途中で別れ、ローデル卿の私室に案内される。独身ではなく結婚し妻子がいるらしいが、数年前から別居しているそうだ。
その部屋には一人の少女がいた。
「……父をどうかお助けください」
私を見るなり即座に立ち上がり、床に伏した。ためらいもない。白けた気分でその金髪を見下ろした。お人形のように、着飾らせた可愛い子。
反応の薄さに気がついたのか、どうか、どうかと必死に訴える。
そうする価値が、この男にあるものか。
そういうのは、少しばかり八つ当たりが過ぎる。仕方のないと私は床に膝をつく。彼女の両手を取り、立ち上がるように促す。彼女の嘘ではない涙に冷え冷えとした気持ちになった。
「できることは致します。
できないことはできません」
「そんな! 奇跡が起こせるときいたのに」
「それを決めるのは女神様だけでしょう」
私は慈悲もない。
裏切者は死すべし。
ということを微笑みで隠して、ベッドへ視線を向ける。いやぁ、黒々としてるね! 笑いが込み上げてくる。
宰相閣下を呪っていたのは、私ではなかった。そもそも私は彼が生きてないと思っていたし、当時そこにいなかったから対象外だった。
それなのに数年前から呪われたと言われていた。
そこからおかしかった。
個人相手の呪いというのは、解除されると術者に戻る性質がある。これは呪いというものを容易に使わせぬために仕込まれたいわば見せしめ。普通は呪うというのは相手を殺して、自分も死ぬかもしれない覚悟をもってやるものだ。
私みたいなあやふやーな呪いというのは解除されたところで、あやふやーにちょっと嫌なことになって戻ってくる程度になる。なにもないところですっ転んだり、小指を打ったりとか害はあるけど致命的ではない形で報いを受ける。
ローデル卿が病に伏したあるいは呪いを受けたのは、自らが仕込んだ呪いを返されただけ。
たぶん、そうじゃないかなと思っていたけど、大当たり過ぎる。
どうして呪ったのか、というのは聞いてみたいところだけど、今は弱っていて話せるように見えない。
「因果応報。やったことは返ってきます。
ご気分はどうですか? ヴィ」
近寄って囁いてやる。親友しか呼ばせぬ愛称を。
聞こえたのは呻き声だけ。
「あなたに裏切られた我が王の気持ちなんてわかりません。
ですから、処断するのは私ではありません。
ですが、王は、返してもらいます」
すでに姿が見えないほどに黒いから、どういう顔をしているのかはわからない。他の人みたいに包帯ぐるぐるまきかもしれないし。
私はそれっぽく、手をかざし、小さく首を横に振った。
「申し訳ございません。私には手の施しようがなく。痛みを取る程度ならばできるかもしれません」
少女に向かってそう告げた。痛みくらいは取って上げる優しさはある。それは新しく癒えて、また痛みを長引かせるだけかもしれないけどね。
なにも知らない少女がぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます。私にできることがあれば何でも」
「そういうことを考えなしに言うものではありませんよ。
気持ちだけいただいておきます」
聖女らしくそうしておくことにした。
しかし、それだけで済ませられないのが教会の偉い人たちだった。貸しを作りたくないらしい。私は現状確認できたのでそれだけでいいんだけど。
どうしても、というので、魔道具の指輪と腕輪をいただいていくことにした。鬱陶しい追跡魔法がついていたが、今はそのままにしておく。盗難防止としては大事だものね。私以外にもわかるのは最悪だけど。
効果は指輪が魔力増幅20%、腕輪が体力増幅10%。ぶっ壊れ性能の100%つまり倍になるのはないらしい。そうほいほい有っても困るか。
機嫌よく帰れば、即議会に招集された。いつの間に開催されていたのか謎である。
そこでの議題は聖女、つまり、私への報奨の件だった。断り続けていたことを問題視したらしい。
なんか、教会に取られると困るから、ご機嫌取ってつなげておこう感がひしひしとした。潮時だし、そろそろいいかな。
「この城にあるものであればなんでもよいのですか?」
困ったようにそう告げる。
今までの私は無害で無欲でお人好しだった。だから、強欲になにかねだるようなことはない。そう思われている。
「かまいませんよ。なんでも」
「それでは、宝物庫から一ついただいてもよろしいでしょうか。
この国の宝がいっぱいあるというので、一度見てみたかったのです」
それは快諾された。そんなものでいいのかとホッとした雰囲気すらする。ローデル卿がそこにいたら、きっと止めていたに違いない。
とても大事なものがそこにある。
ただ一つの。
「優しい皆さんに私からの祝福を」
きちんと念押しに祝ってあげる。せいぜい、その調子の良さを堪能しておくといい。




