知らない顔
夜の散歩に邁進する日々と並行して、静かに祈る日々もあった。
3日くらい。
なぜ、3日で終了したかというと初日に治した議長が快癒したと大喜びで報告してきたからだ。その時、私は廊下にいた。城にあった聖堂での祈りを終えたあと部屋に戻っていたところだった。
いきなり手を掴まれ両手で包まれて、は、はい? と思っているうちに、勝手に病が癒えたこと、癒しが本物であり、女神に祝福された聖女と称えられた。
は、はぁ、とその異様な熱意に引き気味だった私。傍目からは穏やかに話を聞いていたように見えたらしい。これはいけると確信した呪われし皆様が、私の元に癒しの依頼を持ってきた。
ばっかみたいに、いっぱい来た。
日に3人、それ以上は難しいと断り、先着順とした。入れ替え不可。不正があったら、二度と治療しないとしたのでわかるような不正はない。
そこで一週間くらい診断して気がついた。
皆が皆、ゲーム上、知った顔ではない。年を取ったからわからないのではなく、ほぼ知らない人ばかりだ。どうしてそうなったのか不思議ではある。
不思議過ぎたので、めっきり見かけなくなった役人を探すことにした。
彼はなんと宰相閣下のところにいた。秘書官らしい。そんな偉い人がなぜにあんな田舎巡りをさせられたのか……。やっぱり、なんかやらかしたんだろうか。
さて、宰相とは王政をやめたけど、承認する人は必要ということで残っている職だ。議会の決めたことを承認するお仕事である。
歪な政治体制ではあるが、そうでもなければすでに崩壊していただろう。
執務室とだけ言われる場所を尋ねると役人が出てきた。
「……なんのようだ?」
「どうしているのかなって思って。全然、見かけないし、デルタさんもまだ来ないし、ヘクターさんも」
そう言うとぎゅっと眉間にシワが寄った。はぁとため息を付いて、室内に体を向けた。扉を締められるかと思ったが、そういうわけでもないっぽい?
「閣下、聖女様がいらっしゃいました」
「そ、ういうのじゃ」
「僕の立場考えて欲しいものだね」
……宰相閣下のいる部屋に行ってその部下にだけ会って来るってのも確かにだめそうだ。送る時に話は聞いてやるとこそっと言われたので大人しくすることにした。
「初めまして」
その人は包帯で白かった。顔も半ばを包帯で巻かれ、人相もよくわからない。
「やあ、君のことは聞いているよ。本来は挨拶に出向く方が良いと思っていたのだけどね。議会が来るなというから」
穏やかな声は、聞き覚えがある。
陛下は偉大なのです。ですから、遊び歩いてないで国に戻りますよ! そう引き戻していた。でも、なんだかんだと付き合ってくれた。
その彼がここに、残っているとは思っていなかった。
「ああ、これかい。
呪われても仕方のないようなことをしたんだ」
私の沈黙が包帯姿に驚いていると解釈したのだろう。苦笑交じりにそういう。
「癒しが必要ですか?」
「そのままで、大丈夫。罪は、負うべきだ。
大事なときに間に合わなかったんだからね」
あっさりという声は、当たり前のことを言うよう。呪いを受け入れている。だからこそ穏やかにしかし確実に死に向かっている。
ただ、他の人との呪いと少し違うような気がした。性質の違いというか……。ささやかな違和感。
「あの方を弔ってくれていると聞いた。
そのような人はもういないと思っていたが、いてくれてよかった。私からも褒美をと思うがあいにく女性の好みそうなものは持ち合わせていない。
支払いは持つので好きな買い物のひとつでも」
……なぜ残っているのか、という疑問は置いといて。欲しいものはある。
「……よろしければ、そのペンをいただけますか」
「これを? 古いものだよ。とても、古い」
「古いものには思いが宿ります。閣下の思いも」
「…………そうか」
愛用のペンは陛下にいただいたんです。大事なのですよ! とイベント会話であったものだ。それをまだ持っているというのは、意図せぬなにかがあったのだろう。
あとは、そのペン、魔法のなんかで変な音を出している。
たぶん、私の保守点検に役立つやつだ。
受け取りに近くにいくついでに告げる。
「陛下は、偉大でした」
はっとしたような表情でこちらを見たが、私は微笑む。
「私は、あなたに長生きしていただきたいのです」
私は気休めの癒しを与えた。痛みくらいはとってあげてもいいだろう。
事情聴取は、役人を詰めればいいんだし、許せんとなったら倍返しするし。
そして、私は役人を引っ張って部屋を出た。
役人に無作法とかなんとか言われたけど知らぬ。
こっちは欲しい情報が山ほどあるんだ。
謎の病について、誰がかかっているのか、女性患者が驚くほど少ないのはなぜか、その関連はと矢継ぎ早に質問すると嫌そうな顔をされた。
「なにも考えていない顔をしながら、そんな事を見ていたのか」
「あれ? 私、見に来たんですか? 声かけてくれれば」
「できるか。議会の監視がひどいし、なんでもない罪で投獄されかねん」
「こわっ、なにそれ」
「聖女に一番近い男なのが気に入らんらしい。結婚とかありえん」
「私たちに男とか女とかないじゃないですか……」
男女の友情とかそういうんじゃなくて、お互いに恋愛に発展しそうな立ち位置にない。
「ないな。僕は妻にはもっと普通の人がいい」
「でしょうね。
私を妻にしたいとかもの好きが過ぎますよ。ちびっこ、貧相、肉は最近あるかな、でも普通でもなし」
女性らしいという容姿をしていないことくらい承知している。
しかし、役人がぴたっと止まった。
「なんです?」
「鏡を見たこともないのか?」
「ないですね」
環境的にない。城にきても鏡台を使わなかった。化粧も髪結いも拒否勢なので。頭が重いのも得体のしれない化粧品を使われるのも嫌だ。それに装ったところでたかが知れている。
はぁぁと大きいため息をつかれた。絶対、聞かせるためのものだ。
ここ使ってない荷物部屋だったはずと一室に連れ込まれる。埃っぽいが構わず分厚いカーテンを開けられる。
部屋の片隅に鏡台が置いてある。
古いがヒビもない。見てみろと言われたので、覗き込んだ。
……?
見知らぬ美女が困ったように眉を下げていた。魔法の鏡とかかなと思ったが役人はそのまま映っている。
「…………あの、これ、だれです?」
「聖女様だよ」
「知らん顔してます」
私もっとみすぼらしいはずっ! 女として見られないようなそういうものだ。だって、そうでないと、めっちゃ危機がある。
いや、待てよ。
夜中、なんか、変な気配したことあるな。ブランが吠えてなにぃと一緒に寝たけど。
あれ、もしかして、怖い話!?
「僕も最初から見ると別人だと思っているから、おかしな感想じゃない」
「ですよね」
「正直不気味だ」
「ですよねー」
全面同意だ。なにやら時々、なんだあいつという顔をされたのこれだったの!?
「気がついたら教えて下さいよ!」
「めんどうだった」
「ひっどぉい」
役人はどこ吹く風と聞き流していた。
腹たったので、現時点での疑問をがん詰めしておいた。
さて、その結果わかったことは、病に倒れたのは王の失墜に手を貸したものという大枠らしい。まあ、呪いと言われる発想があるんだから何かしら身に覚えはあるだろう。女性が少ないのは政治的に関わっている人が少ないからだ。
元親王家派からも寝返って議会に参加している者は呪われている。
みぃんな呪われちゃぇ! という大変大雑把な呪いが大雑把に範囲をくくって効果が出た。そんな気がしている。
あやふやな呪い。始末が悪いな。
宰相閣下がああなのは、以前からで呪われたというが、違うのではないかと役人は思っているらしい。
ローデル卿とは仲がわるい。ローデル卿は教会騎士で教会とも癒着が云々と独り言の体で言われた。
宰相閣下は死に場所をなくした死にぞこないと自虐するようなタイプで、王の討伐のときに間が悪く隣国に親書を届けに行っていた、という話だ。
意図的に遠ざけられ、帰ったら親愛なる主君が暴虐の王と言われてすでに亡くなっている。
地獄である。
宰相閣下には時期を見て全快させて、穏やかな余生を送ってもらうことにした。嫌だって言っても健康になってもらいます。そして、あの人とのほっこりエピソードを無限に摂取するんだ。
私にも楽しい余生だ。
それには、やることがある。早く済ませないとな。
そういえば、と鏡を覗き込む。
「あの、私の父にはあったんですよね?」
「ああ、母親と兄弟たちにも会った」
「今の私、似てます?」
そう聞いたら、役人は記憶を思い出すように黙った。
「……似てない」
そう、今の私は家族に全く似てないのである。出生の秘密の追加設定いらないんですけどぉっ! とぼやきたくなってきた……。




