幕間 5
墓守として連れてきた子どもは実は大人の女性で、さらに聖女であったらしい。
近隣の者たちのために治療を行う姿は、聖女、そう呼ばれるにふさわしい。
あの痩せすぎてちっぽけな子どもはそこにいない。髪の長さだけで性別を判断するようなことはもうない。ふっくらとした頬は年相応で、日焼けしているが肌艶も良い。髪は腰まで伸び、荒れたところもない。
まるで、今までの姿が擬態のように美しい娘になった。
が、その姿に不気味さを感じる。
たぶん、僕だけだ。最初から見ていたから、アレがコレになるとは到底思えないどころかどこかで入れ替わったんじゃないかというくらいの違いだ。
しかし、中身は同じだから、同じなのだろう。
不気味過ぎるが。
自分を襲う計画を立てていた者たちにも許しを与え、癒しを与えるなど慈愛というべきだろう。今までの彼女であれば、えー、いやーですよーと文句をいいながら、それでもちょっとした慈悲を与えるくらいだろう。
女神のような優しさは見せない。
やっぱり、中身もどこか入れ替わったのではないか。そう少しばかりの不安を抱くのに十分な理由だ。この違和感はヘクターは同意してくれた。しかし、デルタは否定した。健気で頑張っているだけではないかと。
デルタは、彼女にお兄ちゃんみたいです! と慕われ頼られ完全に籠絡している。まあ、この3人の中で誰を頼ったほうが都合がいいかというとデルタであろう。
人が増えて暴漢などいるかもしれない。だから、誰か護衛としてついてきてほしいけど、異性として認識されて問題も起こされたくない。
完全無欠の妹として対応する。
最適解である。
とデルタのいないところでヘクターと結論づけた。幸い、デルタはちゃんとお兄ちゃんだったし、彼女に対しては年下の小さい子であり、庇護対象としか見ていない。今後も余計なことをしなければ、第一護衛として取り立てられる可能性もある。あちこちの土地をまわるよりは出世であるので、多少の感情は殺すだろう。
僕なんかとは背負っているものが違う。
ヘクターは立場を決めかねているようだった。彼の場合には明確に中央から嫌われていた。理由は知らないが、昔、なにかあったらしい。
彼女に面倒事を押し付けるのもねぇと苦笑いしている。
でも、どうせなら思いっきり引っ掻き回しているのをそばで見てみたいとも言っていたので性格の悪さを感じた。
つまり、二人とも彼女には友好的立場である。
そして、彼女もこの二人には友好的で、親しげに名を呼ぶこともある。なのに、なんだか嫌な予感がした。
僕には名を尋ねず、呼ぶこともない。
だからといって嫌われている風でも無視するわけでもない。新しく建てた小屋にもしょっちゅう顔をだしてくる。僕はここで受診者の管理や報告用の資料を作ることが多いのでだいたいここにいるんだけど。
全く、尽きることなく人が来る。
「疲れた。腰が痛い」
「お茶でもいれるかい?」
のんびりと豆の鞘を剥いていたヘクターがそういう。彼は朝から畑の世話をして収穫物を夕食用に用意しているところだ。夕食といっても自分たちの分だけではない。この聖女からの治療を求めてやってきた者たちの分も含む。
予想外の大所帯なのでもはや兵糧管理といったところで、他のものに任せるわけにはいかなくなっていた。偉い人と彼らが思っている限り、表面上揉めることはないだろう。
「頼む」
「了解」
お互いにちょっとつかれた顔で少し笑う。不本意ながら充実感はあった。このままで済むわけもないとわかっていても今まで無かった平和さ。
ヘクターはお湯を沸かしに台所へと引っ込んだ。
ほんのわずかの平穏があるなら彼女がちょっと不気味なくらいは我慢すべきかもしれない。
そう思っているとばたんと戸があいた。
「はぁー疲れたんで嫌味な役人やって追っ払ってきてください」
「は?」
「朝から治してばっかなのに、お茶の一つも飲めないんですよ。お菓子も食べてない、貢物いっぱいなのに、みんなに分けてまだ食べてない!」
「昼は?」
「粥を食べました。まずかったです。この世にポリッジというものを開発したものを呪います。いえ、本気で呪いはしませんけど」
「あれは牛乳入れてはちみつをいれるといいんだが」
「くっ、このいいとこのお坊ちゃんがっ! ひとまず、その偉い人そうなオーラで追っ払ってください」
「わかったよ」
覚えておいてください、私は食い物の恨みは末代まで祟ります、と厳かに述べていたくらいだ。
その話なら、引き継ぎ先だった近隣の村には手を差し伸べなさそうなのだが。そこを指摘しても答えをはぐらかされそうな気がした。
「王都に行ったら、おいしいもの食べさせてやれるのにな」
「…………とっとと追っ払ってきてください」
かなりぐらついたようだった。ローデル卿は取り扱いを間違えたようだ。
僕は追い払う役目をすることにした。
「ヘクターがお茶を入れるところだった」
「はーいっ! ヘクターさんのお茶おいしーからー」
機嫌よく通り抜ける彼女は……。
「わふっ!」
その後ろを子犬が追いかけていった。
「おまえは、出入り禁止だ」
子犬の首根っこを掴んで同行させることにした。
「わう!」
「書類ぐちゃぐちゃの罪が許されると思うなよ。泥で入ってきて、ぶるぶるっとしたあの日の惨状もな」
「わぅ……」
いつの間にかやってきた子犬だ。彼女はブランと呼んでいる。遠くの言葉で白だねとヘクターが言っていたが、この辺鄙な場所にいるには白過ぎる犬だ。
最初は魔物の類かと警戒していたが、すぐにばからしくなった。ありとあらゆるドジをする。水もうまく飲めず、餌の肉も恐々と齧っていた。まるで、みんな初めてみたいに。
好物はトマト。真っ赤に染まった口元は恐怖より笑いを誘った。
憎めぬ可愛さは僕も認める。
しかし、子犬と彼女は甘やかしているが、しつけは大事だ。大きくなってから言うことを聞かなくなっても困る。最低限はしつけると宣言しているから彼女からの苦情はない。むしろ、一緒に怒られている。
そんな日々も二月もすれば終わった。中央は近くに診療所を設けるかわりに彼女を連れて行くことに決めた。いままで誰も決めなかったのに、皆が自分のこととなると必死だった。
表面上は良いことねと微笑んだ彼女は、あとでご都合の良いことで、とつぶやいていた。
出立の日、聖女のために用意された衣装を身につけた彼女は、美しかった。
皆が称賛することを忘れるほどに。
「こんな立派に」
デルタが感動したように言ってようやく空気が緩んだ。口々に綺麗だとか女神のようだとか褒めだし、褒めすぎだよと照れていた。
「聖女を選んだのは褒めてやる」
いつの間にか隣に立っていたローデル卿は、僕の方を見ないでそう告げた。
「しかし、これからも親しくできると思うな」
当たり前の話ではある。デルタの同行は彼女が強く要望したので認められ、僕も報告という任務のために行くことが決まっている。ヘクターだけは残務処理のためにしばらく残ることになった。後から行くよと言っていたが、来ない可能性もある。
彼女が絶対に絶対ですよ! と念押ししていたので、強制連行は、あり得るかもしれないが。
そうしているうちに彼女と目があった。
どうしてだろうか。
それはとても痛々しく見えた。
「では、参りましょう」
微笑んで、僕に手を差し出した。
僕が迷ううちにローデル卿がさっさと掴んでエスコートしていった。あ、あれ? とつぶやいた声が聞こえた。
彼女にとっては大変予想外だったらしい。
……まあ、近くにいたし、勘違いしても仕方ないだろう。ここで一番偉いのはローデル卿だ。馬車に同乗するのも彼だし。
おそらく、僕も一緒に乗ると勘違いしてたな。
僕は外で馬に乗る予定だ。ローデル卿と彼女と同乗はお断りしたい。
でも、彼女はちょっと振り返って助けて、みたいな顔をしていた。
「ほら、ご主人困ってるぞ。行ってこい」
「わふぅ」
乗り気でない子犬を追い立てて馬車に乗せた。
まったく、締まらない王都行きだ。もし、後の世に歴史書に載るならこういったものは排除されてきれいな表面だけを残されるだろう。
そこに僕は名も残さない。
聖女と書かれるだけの彼女の名前も。




