かつて王がいた場所
翌日、目の赤い私と見知らぬ子犬に三人があたふたすることを私は想定していなかった。
白い犬はなんか朝拾ったと嘘をつき、目が赤いのは怖い夢を見たせいだと主張したが、全員嘘つけ見たいな顔されてしまった。
犬にすらも。
……ひとまずは、黙ったからいいことにしよう。
ご新規さんに一通り家事やらなにやらを説明しておき、一息つく。
見上げた空は快晴だ。
私は、私のすることがわかった。
私は誰かに期待なんてしない。望むなら、私が自分で手に入れるまでだ。
だいたい、私にしてもパターン違いあるのかなと捨てたことあるんだから……。コンプ厨は度し難い。明確になんかと書いてなかったからノーカンと目をそらしている。
なお、捨てる、奪われる、損傷するで会話が3パターンあった。力入れすぎでは?
結果は許さんだけど。
そんなに許さないというなら、城から奪えばよかっただろうにできない理由があるのだろうか。聖女あるいは魔女と語られたくらいには知名度があり、能力も高かったのならば自分で行けそうだけど。
城の構造とか思い出せるだろうか……。攻略情報なんてもう使わないしと記憶の戸棚にしまいっぱなしだ。こじ開けてこないと。
まずは、もっと偉い人を釣り上げておかないと。せいぜい焦らして、価値をあげて、城に招いて、そこにいてもいいと思えるほどに。
そこから、ようやく、探すことができる。
ちょっと長いががんばろう。
それから、一月過ぎた。ものすっごい普通にスローライフした。今までのはサバイバルだった。今回こそスローライフ。
元王都から人が来ないことにはなにも進まない。私から出向くというのも都合が悪い。そのため、この場所の居心地改善するしかなかったのだ。
人手が増えたことにより、役割分担できるほどの余裕が発生したということも大きい。
そして、子犬は子犬を満喫していた。あの、あなた、大変お強い使い魔様では? という気持ちが時々する。でも撫でてるとなんだかどうでもよくなってきた。
あなたは可愛いかわいい犬。それでいい。
野宿に飽きた面々によるちょいと山に登って伐採が始まってしまい、小屋が建てられたりもした。大工も呼んできたし……。その時に怪我した人の治療を試したら、良く効いてびっくりした。
水にお願いしたらポーションになるし、なんだこれ、状態で試していったらぶっ倒れたというイベントも発生した。
魔力切れというやつらしい。なるほどねと思った。魔法を使い切ると次のマップで使えなくなっちゃうってこれか。かなり具合が悪い。
そのころに白い人が戻ってきた。彼は今はローデル卿というらしい。私はデータとして彼の名前と彼の愛称を知っているが、呼ぶことはないだろう。
私も他の人と同じようにローデル卿と声をかける。
名を呼ぶのは最初の魔術。
あなたを認知していると宣言することだ。そのほうが魔法は使いやすい。この世界の魔法というのは、知っているモノに呼び掛けることを基礎とする。
詠唱にしても、関与するものの名を含むことが多い。
だから、このころから私は意図的に呼ぶ人と呼ばない人を分けた。
いつか、魔法をかけやすくするために。
……まあ、役人は役人のままだったのだけど。今の状態から確認すると役人にはうっすーい壁がある。向こう側が透けてるからよくわからなかった。
誰かの何かに守られている。
ヘクター氏も時々薄絹のようなものをかぶっていることがあった。デルタ氏は、なにもない。代わりに自身がうっすら光ってる系。あれは無自覚バフ。
敵対して一番面倒そうなのはデルタ氏である。魔法を使う前にぶっ飛ばされる。こわいこわい。何かあったら最初に潰しておこう。
ローデル卿はもうなにも被っていなかった。あれほど分厚いものに守られていたというのなら、守護をした者がいたはずなのに。
この間に守護したものに会ってないか、もういないか。
いない、のだろうな。
もう、いない。
本当に許しがたい。
「この地には私の癒しを求めてくる者がやってきています。
ならば、その手を振り払ってどこかへ行くなどありえません」
だから、議会の承認を得てきた彼に断りを突き付ける。
聖女の聖女らしいふるまい。それが、新しい超えるべき難題だ。
そもそも辺境である。医師はおらず、民間療法と産婆、薬草などで病と怪我に立ち向かう地だ。私が住んでいた街はそこそこ大きかったので医者はいた。高かったけどいけないくらいではなかった。弟の命と思えば高くはなか……高かった。一か月の給料なくなったし。その後の薬代はかさんだし。普通の家なら見捨てるほうを選ぶ。
でもここにはそれもできない。
そこに現れたなんでも癒してくれる者。なにがなんでもやってくるだろう。しかも、タダ! お得過ぎる。
ケガした大工から広がった話は本当に良い働きをしてくれた。
決死の覚悟でここまでやってきたものを蹴散らしてどこかへ連れて行くなど、今のお偉いさんにはできない。
民のために、王を討った彼らが、民を蔑ろにする。
できるわけがない。
建前だけだったとしても、そんな主張をしようものなら皆が生贄に捧げるだろう。相手に、私を運ばせたあとに。
ローデル卿も表立っては賞賛していたけど、裏では役人相手に八つ当たりしてた。なんでお前らが止めないのだとかなんとか。私の立場では聖女様の意向をどうにかすることはできません。などと返答していたらしい。
嫌そうな顔で、どんどん来ると思うが、どうすんだ、とは聞かれただけだった。治療しなくて亡くなることもあるし、小さい子はかわいそうと言ったらそれ以上言わなくなったが。
ほんと、お人よしである。
私が去る代わりにこの近くの町に診療所を開設することになり、そこでは安価で治療を提供するとの知らせが来たのはさらに一月後だった。
ならば、他の治療する場所のないところに移動するといえば、他の町にも増やせるよう話をしようと言われた。
まあ、ここのあたりが潮時ではあろう。強引に連れていかれるのも趣味じゃない。
さて、王都、現在は元王都か中央と呼ばれるところだ。
行ったことはないが、良く見知っている場所である。月光石という特殊な石で作られた外壁、城の表面もおおわれている、はず。
「……なんか壊れてません?」
思ってたのとなんか違う。
元王都を囲む外壁、ところどころはがれて落ちている。補修もされていない。遠くからも見える城も今はそれほど白く見えなかった。
「見た目を美しくするより、皆のためにお金は使ったほうがいいのでね」
馬車に同乗しているローデル卿がそう解説してくれた。
なるほど。そういうものを直すこともできない状況なのか。これは城の中の名品たちも売り払われるか宝物庫にしまわれているな。華美ではないと見せるために。
魔法的な意味とかは考えないで。
魔道の王とまで呼ばれる人が無駄にものを飾り、美しくしたわけではない、ということは理解されていないらしい。
装飾品のやたら多い絵師泣かせの見た目だが、その一つ一つにきちんと魔法がかかっていて鉄壁の防御を誇っていた。
…………ほんと、あれ削るのしんどかった。推しを倒すのもしんどいけど、普通に戦闘としてしんどかった、しぬ、殺される、推しに殺されるなら本望だけど、死ぬと。何度拝んだことか、あの、再び立ち上がるという選択を……。
……というわけで、城も城壁も魔法的力はあまり残ってなさそうだ。それなら、やっぱり、なぜと思ってしまう。
彼女はどうして他の誰かに頼まねばならなかったのか。
ま、行ってみればわかるでしょ。ダメなら撤退。即帰宅。幸い、脱出だけは可能だ。
そんなことを考えているうちに馬車は外壁を超える。なにかちりっとした痛みを感じた。穏やかに押し返すような感触も。
異物として受け入れられない。そう肌に感じる。
障壁とか結界の類だ。確かにシステム的に存在した。いくつかの場所を破壊させないという守備ミッションだったけど。魔法使いの持つ魔力に作用して反発を起こさせるとか何とか……だった気がする。
中に入ったとしてもまだ膜の外側。たわんでそこだけ突出しているよう。風船の中に入れないと同じような感じだ。無理に押し入るとしたら、すべてが壊れる。
これはまずい。
今はよくても、そのうちに追い出される。背を何者かが押すように。
いや、最初からこれでは城には入れないのではないだろうか。
「……どうした」
「いえ、緊張して」
そう言ってごまかすが、その先はどうしたものか。
「わぅ」
いきなり犬が飛び乗ってきた。今まで足元で静かにしていたのに。
そうした途端に抵抗感がなくなった。キツネにつままれたような気分だが、この犬はただの犬ではなかった。
いつも、私ほんとに犬ですのでという態度だから忘れた。
「いい子ね」
助ける意図があったかはわからないが、ひとまずはこの結界らしきものの中に入れた。今からこれでは先が思いやられる。
この城の攻略は推しが最大の敵かもしれない……。




