悪役と悪人
地上へと向かう緊急脱出用のエレベーターに揺られながら、ドクター・ミリは金切り声を上げた。
「ほんっとにむかつく! あーしが逃げるしか出来ないなんてさ!」
一方、ドクター・オドは怒りのピークは過ぎ去っていたのか。床に座ってノートパソコンを弄りながら、こくこくと頷いていた。
「あのに、二騎は。む、無駄がなくて、冷静で。でもだから、突破にじか、時間が掛かると思う。にげ、逃げてまた作戦、作戦考えよう」
「はあ……これだけやって無事とか、レリクスやっぱ化け物じゃない? あーしのかわいいキメラちゃんも、結局壁役しか出来なかったし」
二人は溜息を吐き、激情の後に来る沈黙を呑み込む。
「い、良い事を!」
その沈黙に抗うよう、ドクター・オドが声を上げる。
「良いこと、良い事をかんが、考えよう。ぼ、僕達は。何でも出来るんだ」
ドクター・オドはパソコンの画面ではなく、ドクター・ミリを見てそう言った。
ドクター・ミリはぽかんと呆けていたものの、にやりと笑みを浮かべて力強く頷いた。
「オドは時々良いこと言うよね! あーしはね、やっぱコケにされたの許せないじゃん? セシルのクソ男、エイトだっけ? あいつ顔がいいから首だけ残して植木鉢にして、身体はキメラちゃんに使おう!」
「ぼ、僕はす、鈴城の。あの女を、機械でいた、いたぶりたい。頭の良い子がす、好きだから」
ミリとオドは二人で顔を見合わせ、にへへと笑い合う。
「全部やれるっしょ! あーし達なら全部!」
「や、やろう。全部」
エレベーターが減速する。地上が近いのだ。
「とりまセクター4まで行って、落ち着いてから作戦会議って感じ?」
「う、うん。書類はい、今送った」
エレベーターの扉が開く。ドクター・ミリもドクター・オドも外に出ようとするが、エレベーターに差し込んだ人影を見て身体を強張らせる。
影の主は、それこそゴミでも見るような目付きで二人のドクターを睥睨していた。
「あんた、黒崎芽依!」
「フェイスの……!」
ミリとオドはその少女の顔を見て、すぐにその正体に気付いたが。小首を傾げた芽依は、エレベーターに押し入るようにして侵入、何も言わずにミリの鼻っ柱を殴り付けてへし折った。
「ぎ……!」
鼻を押さえ蹲ろうとするミリだったが、それよりも速く芽依は右手を伸ばし、ミリの首を掴んで絞め上げる。
「あ、ああ……!」
腰を抜かしたオドを、芽依は見ようともしなかった。ただ顔面を蹴り上げ、床に倒れ込んだオドの首に足を宛がい、踏み付けるようにして絞める。
「運動」
芽依が呟く。鼻血を垂れ流したままのミリが、じたばたと藻掻く。
「苦手みたいだな。ドクターだからって座って研究ばっかしてるからこうなる」
芽依はそう言っているものの、興味なさげな様子は変わらない。何も言わない、否……言えないミリを見て、ああと呟いて右手の力を抜く。
「ぐ、が、お前、この、クソ」
文字列に意味がないと悟った芽依は、再度右手に力を入れる。ミリの首は更に絞め上げられ、ごぼごぼと声は音になった。
「そうだ、これ」
芽依は思い出したかのように左手で白いカードを取り出し、それを床に放る。カードは発光し、ドクター・フェイスのホログラムがそこに形成された。
『やあ二人とも、って何やってるの?』
フェイスは首を傾げ、芽依も首を傾げる。
「無力化して殺すんじゃないの?」
『違う違う! 君の倫理観はどうなってるんだい。殺すだなんて物騒じゃないか』
「本気で言ってるのか?」
『当然だよ。人は死ぬと元には戻らないんだぜ?』
芽依は呆れたように首を横に振ると、ミリを壁へ突き放すようにして解放し、オドから足を退けた。
ミリは壁にぶつかり倒れる。自らの首に手を宛がいながら、蹲って咳を繰り返していた。オドはそんなミリの傍に這っていき、壁に背を付けて肩で息をしている。
『さて、ドクター・ミリにドクター・オド。君達なら、何かあればこの脱出ルートを使うと思ってたよ。だから待ち伏せてたんだ。まあ、こんなやり方になっちゃったけど、君達と取引がしたいんだ。多少強引だけど、普通に連絡したって君達は答えてくれないだろ?』
ミリとオドは黙ったまま、フェイスのホログラムを睨み付けた。
『僕はレリクトによる進化を研究している。邪魔をしないで欲しいんだ。ここにいる黒崎芽依と、進化の体現者である片羽唯の対決を。僕はとても楽しみにしてる。君達のやり口は少しばっかり余計でね。ちょっと大人しくしてくれないかな?』
両手をぱんと合わせ、笑顔のままドクター・フェイスは言う。しかし、肝心のミリとオドの表情は暗く、ミリに至っては敵意を剥き出しにしている。
「はいそうですかって……あーしが言うと思ってんの? あんたが楽しみにしてるんなら、全部あーしがぶち壊してやるよ」
『じゃあ交換条件とかはどうだい? 何か欲しいものとかある?』
「あんたの命だよ、フェイス」
ミリはにやと笑い、そう吐き捨てる。しかし、フェイスは笑顔のまま首を傾げる。
『それは僕の持ち得る中で、一番価値がない物だね。ほんとにそんなものが欲しいの? 冗談なら笑える。君は昔から、ユーモアのセンスだけはあるからね』
フェイスが本心からそう言っているのか、焚き付けているのか分からない。しかし、結果としてミリは歯を食いしばりながら目をぎらつかせている。
そんなやり取りを脇で見ていた芽依が、深く息を吐く。
「フェイス、お前の交渉は見てられない。俺が、いや私か。私が手本を見せてやる」
そう芽依は宣言し、ミリを一瞥しながら前を通りすぎる。
「え……え?」
芽依はオドの前に立ち、彼が手を伸ばそうとしていたノートパソコンを容赦なく踏み抜いた。芽依はウインクをすると、呆然とするオドの髪を掴んで持ち上げた。
「ああッ! やめ、止めて!」
激痛にもがくオドの顔を、芽依はゆっくりと覗き込む。
「パソコン坊や。利き腕はどっち?」
「み、右! 右で、です!」
オドの解答と同時に、芽依は髪を掴んでいた手を離す。オドの身体は一瞬だけ自由になったものの、芽依は即座にオドの左腕を掴み、流れるような動作でそれをへし折った。
「あッ! ああ!」
何が起きたのか理解出来ず、オドは叫んだまま硬直する。見開かれた目が、あり得ない方向に曲がっている左腕を見た瞬間、オドは絶叫した。
そんなオドが自身の左腕に右手を宛がおうとした瞬間、芽依はその右腕をも掴んで当然のように折った。
「ああああッ!」
オドはその場にしゃがみ込み、ぶら下がる両腕の痛みに耐えきれず叫ぶ。
「止めろよ黒崎芽依! 何してんだこのクソ女!」
ミリが怒鳴り立ち上がろうとするも、芽依が一瞥しただけでその動きは止まってしまった。
「あ……」
オドの声が途切れる。芽依が顔面を蹴り抜いたからだ。
血と涙と涎を床に垂らしながら、オドは顔を伏せている。押し殺そうとしている嗚咽が、唸り声と共に空間に染み渡っていく。
「ねえパソコン坊や。私の、戦いを、邪魔するな。分かったら指切りして。頭良いんだから知ってるよな?」
芽依がしゃがみ込み、オドに向かって右手の小指を突き出す。オドは顔を上げ、その小指を見るも。ぼろぼろと涙を流すのみだった。
溜息を吐き、芽依は左手の拳でオドの顔面を殴り付ける。
「ち、違う! 違う、違うやめ、やめて! 腕、腕動かない、動かないじゃないか!」
倒れたオドは藻掻き、必死に訴える。しかし、芽依は眉をひそめて右手の小指を突き出す。
「何言ってんだお前?」
そして、心底不愉快といった表情のまま続ける。
「腕が動かないから指切りげんまん出来ませんなんて。私に通用すると思ってんのか?」
オドは泣きじゃくり、首をぶんぶんと振っていた。芽依は舌打ちを返し、足下に転がっていたノートパソコンの残骸を、拾い上げる。
それをオドに向かって振り上げた瞬間、ドクター・ミリが間に割って入った。
ミリは芽依を睨みながら、右手の小指を突き出す。
芽依は残骸をミリの顔へと投げ捨てる。拉げたパソコンが顔を裂くも、ミリは右手の小指を下げなかった。それを見届け、芽依はミリの小指と自身の小指を絡ませる。
「約束する……あーし達は、あんたの戦いを邪魔しない」
「うん、約束。破ったら殺す」
絡んだ小指を離し、芽依はフェイスのホログラムを見る。
「これで解決。満足した?」
芽依は得意げに言うも、フェイスは滅多に見せない表情をしていた。いつもの張り付いた笑みではなく、悲しげな、悲痛な表情だ。
『結果だけならね。でもこんなやり方は間違ってるよ。これは交渉ではなく脅迫だ』
「本気で言ってるのか?」
『当然だよ。暴力で人を従わせるなんて。僕は好きじゃないな』
「ほざいてろ狂人」
そう吐き捨て、芽依はカードを踏み潰す。フェイスのホログラムは乱れ、捻れるように消えていった。
仕事を終えた芽依は、溜息を吐いてエレベーターから出て行こうとする。
「あんた……黒崎芽依」
名前を呼ばれ、芽依は振り返る。泣きじゃくるドクター・オドを抱き留めたドクター・ミリが、顔いっぱいに血と憎悪を剥き出しにしながら睨み付けていた。
「憶えたからな。あんたの戦いは邪魔しない。でも、それが終わったら。あーし達二人が、あんたの死体で楽しんでやる」
そんなミリの言葉を、芽依は鼻で嗤った。
「やってみせろよ、ピンク頭」
そう吐き捨て、芽依は中指を立ててからその場を立ち去った。
次回予告
ドクター・フェイスは情報提供という形でレリクスを動かし、結果としてドクター・ミリとドクター・オドに接触、交渉する事に成功した。
全ては片羽唯と黒崎芽依の対決、これを完璧な状態で観測する為……ドクター・フェイスは暗躍を続ける。
そんなフェイスに先手を打つべく、エイトとゼロ、そして緑と光は動く。
しかしそんな二騎を退けるべく、鴉はその腕を振り上げる。
「《クロウ》の時は負け越しだったな。やられた分はやり返してやるよ」
ブランクアームズ第二十八話
-揃いつつある盤上-
お楽しみに!




