鴉の腕
小型ロケットの側面が爆圧で弾け、拉げた破片が乱気流に呑まれていく。
『黒崎芽依、生まれ変わった気分はどうだい?』
ロケットから身を乗り出した芽依は……《クロウレイジ》レリクスは強風の中でも微動だにせず、眼下の敵を一瞥した。
「何も変わらない」
無愛想に答える芽依だったが、通信先のドクター・フェイスは楽しげに語る。
『それでいいのさ。違和感もなく発狂もしない。まずは成功だね』
さて、とフェイスが話を続ける。
『レリクトに適応した君の身体を、僕が戦闘用に再調整した。でも、それだけじゃあ《クロウレイジ》の真価は発揮出来ない。その事実を観測する為、君は今からこの街を救うんだ』
何度も聞かされた話だと、芽依は溜息を吐く。
『必要な部品は手元にある。だが、君が同意しなければ結局意味は無い。幸い、その程度の‘作業’だったら今の《クロウレイジ》でも出来る筈だよ。そして知るといい』
嫌な声色だった。フェイスの声しか届かない筈なのに、奴の笑みが浮かんでくるような。
『君の限界点を。人は手を取り合い強くなる。君が取るべき手は一体誰か。いや、正確には君が取りたい手、と言った方が正しいかな?』
「うるさい。業腹だけど、証明すればいいんだろ」
芽依は全身に力を込める。レリクトの流れが、これまで以上に知覚出来る。身体が最適化された、という言葉に偽りはない。
《クロウレイジ》は、黒崎芽依だけでは完成しない。姉である黒崎紫乃の協力を得て、ようやくスタートラインに立てる。
だが芽依にとって、姉を巻き込むのは最後の手段だ。紫乃は絶対に肯定しない。無理矢理従わせれば、溝はより大きくなる。
だから、ここで証明するのだ。一人で姉を守れるだけの力があるのだと。自分とフェイスに。
それが出来なければ、きっと流されてしまう。最愛の姉を無理矢理自分の物にし、手に入れる。フェイスは可能だと言った。芽依自身、不可能ではないと思っている。
だから、ここで証明するのだ。もっとも簡単で甘美な道に逃げようとする自分に、そうじゃないと教える為に。
芽依は、《クロウレイジ》は今し方すれ違った弾道ミサイルに目を向ける。見る見る内に空から離れ、ミサイルは地上に接近していく。
そんなミサイルに対し、《クロウレイジ》はロケットを蹴り抜いて飛び付く。
《クロウレイジ》は、《クロウ》を最適化したレリクスだ。体躯の欺瞞もなく、隠密性に関わる諸機能を全て戦闘リソースに割り振っている。故に芽依と同等の体躯であり、外套の類も装備していない。電子的攪拌を行っていた頭部も、スタンダードなツインアイへと変わっている。
「ミサイルだか何だか知らないが」
《クロウレイジ》は一直線にミサイルへと接近する。そして、外套も何もなくなった背中から黒い靄が放出された。
黒い靄は瞬くと同時に、巨大な翼へと変貌する。
「掴んで投げれば仕舞いだ」
否……それは翼ではなく、翼のようにも見える巨大な‘手’だった。右手と左手、それぞれの手首を合わせ、花を咲かせるように手や指を開いたような形状をしている。
バレルフェイザー、クロニクルハンドの顕現だ。
《クロウレイジ》は背中に生え揃った右のクロニクルハンドを展開、射出する。さながら、黒い靄で繋がれたマジックハンドだ。
クロニクルハンドはミサイルを無造作に掴む。ミサイルは拉げ歪むものの、愚直に目標地点へ突き進もうとする。
「その程度の推力で」
《クロウレイジ》は右のクロニクルハンドでミサイルを掴んだまま、膂力のみで身体を回転させる。背中に繋がれているクロニクルハンドも例外ではなく、回転の勢いをそのままにミサイルを直上に放り投げた。
「レリクスが止まるかよ」
右のクロニクルハンドを背中に戻し、《クロウレイジ》は自身の両手を腰に添える。そこにあった二丁のブラスターを引き抜くと、放り投げられたミサイルへと両手を向けた。
一対のクロニクルハンドが意のままに動き、手指を大きく広げた。《クロウレイジ》を掻き混ぜる強風を巨大な手でいなしながら、ブラスターのトリガーを引く。
二丁のブラスターから連射された光弾は、寸分違わず直上にいるミサイルを撃ち抜く。搭載された炸薬が所定の性能を発揮し、ミサイルは誰の命も食らう事無く空へ潰えた。
爆圧に押し出されながらも、《クロウレイジ》は背中にあるクロニクルハンドをそれこそ翼のように広げる。巨大な手で空中制動を繰り返し、《クロウレイジ》は手近な高層ビルへと着地した。
《クロウレイジ》はビルの端に飛び乗り、眼下の敵に視線を向ける。
灰結晶のレリクス、片羽唯の《ブランデッド》だ。
《クロウレイジ》は右手のブラスターを《ブランデッド》へ向け、一発だけ光弾を放つ。その光弾もまた、寸分違わず目標の頭蓋へと迫る。
しかし、《ブランデッド》は右手でその光弾を握り潰す。黒の燐光と灰の燐光が飛び散り、真っ赤なツインアイがこちらを睨む。
「同感だよ。私も、お前が気に食わない」
《クロウレイジ》は背を向け、数歩進んでから外装を解除した。
芽依は自身の両手を見遣る。戦いに最適化された《クロウレイジ》は、遜色なく馴染んでいた。だが、それだけだ。
「限界点……私の」
『迎撃成功、被害もなし。上出来じゃないか。あの高度に達したプラトーのミサイルを、被害ゼロで迎撃出来るのは君ぐらいなものだよ』
フェイスの声に、しかし芽依は首を横に振る。
「でも勝てないんだ。私は、唯に」
『証明できたかい?』
フェイスの問いに、芽依は一度だけ頷く。
黒崎芽依は、手を伸ばすことを決意した。
プラトーの研究室、かつてドクター・ディエゴの所有物だった空間は、すっかり二人のドクターによって塗り替えられていた。
ピンク色の髪が特徴的な女性、ドクター・ミリがタブレット片手に椅子に腰掛ける。
「あーしが想定してたよりやるじゃんレリクス。でも活動時間は常識の範囲内っぽくない? 生身の限界って奴?」
そんなミリの問い掛けに対し、床に直接座り、腰を曲げながらノートパソコンを弄っている少年、ドクター・オドは口を開く。
「さ、三騎のレリクス。退路さえ、ふ、塞げば。《アウター》の連続投入で、こ、殺せると思う。パフォーマンス、測定値が。どんどん下がって、いったから」
オドはパソコンを打つ手を止め、自身の爪を噛む。
「……《ブランク》、あれのオペレーターを、こ、殺す。そうすれば、リーンドールも捕獲、出来るかも」
そんなオドに対し、ミリは不満げに口を尖らす。
「待って待って、あの一般人くん私が欲しいんだけど? レリクトに適応してる人体とか貴重じゃん?」
ミリとオドは互いに視線を絡め、うーんと唸る。
「ど、どっちも生け捕り、出来るかな?」
「リーンドールはどの程度壊しておけ?」
「えと、あ、足ぐらいなら。逃げられるとやだから、結局切るし」
「あーしは最低頭と胴体あれば我慢出来るかな。という訳で」
ミリとオドは笑顔で互いを指を差す。
「チャンスがあったらどっちも足吹っ飛ばそう!」
「さ、賛成ー」
互いに落とし所を見付けるも、ミリとオドは再び思案顔に戻る。
「ま、そう簡単にはいかなそうだけどねー。とりあえず、フェイス何とかする方が先じゃん? ミサイル使ってもレリクスしか釣れなかったし?」
「うん……こ、小型ロケットの、弾道予測したけど。ダミー施設しかないし、どこに潜伏、してるか分からなかった」
「黒いレリクス、情報通りだと芽依ちゃん? もさっさと消えちゃったし。あ、でも良いニュースもある! メッセ見たっしょ?」
ミリの言葉に、オドはこくこくと頷く。
「み、見た。ドクターの方は順調で、し、資金や権限のし、心配はないって」
「ま、上司が順調だとあーしらも順当にやらなきゃいけないから、ちょっち面倒臭いけどねー」
プラトーを確保するにあたって、障害となるだろうドクターの排除……ミリとオドは与えられた任務を思い返しつつ、次の一手をどうすべきか考える。
ドクター・セシルは自滅し、ドクター・ディエゴは殺害した。残るはフェイスだけ。
そしてそのフェイスこそ、もっとも警戒されている天才だった。プラトーを離反しようがその脅威は変わらない。彼がいる限り、計画を前に進めるのは自殺行為とまで言われている。
「ね、ねえミリ。これ、とかどうかな?」
オドがノートパソコンの画面をミリに向ける。そこに表示されているプラトーの衛生を見て、ミリはにやりと笑みを浮かべた。
「‘鉄槌’かあ。確かに、資金と権限は気にするなってメッセに書いてあったし?」
ミリとオドは互いに顔を見合わせ、にししと笑みを浮かべる。
「っぱ鉄槌っしょ! 質量兵器は全部解決するし!」
「任された、以上……結果出さなきゃ、だもんね」
二人のドクターは騒ぎながら談笑を続ける。モニターに表示された人工衛星の予測軌道は、ゆっくりと依守市へと向けられていた。
次回予告
新たなドクターの登場、そして形振り構わぬ言動に、唯達は振り回される事になった。
更にプラトーは《アウター》レリクスという戦力を手に入れる。
波乱はそれだけではない。依守市に着弾する筈だった弾道ミサイルを迎撃したのは、黒崎芽依の新たなレリクス、《クロウレイジ》だ。
一度強攻策に出た以上、プラトーは留まる事を知らない。
ミサイル以上の脅威が迫る中、ドクター・フェイスが唯にある提案をする。
「どうだい? 悪い話じゃないだろ? どちらにせよ、君達はあれを止める。僕達もあれを止めたい。なら、道は一つじゃないか?」
ブランクアームズ第二十六話
-空の鉄槌-
お楽しみに!




