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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二十六話 -空の鉄槌-
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姉妹


 前回までのブランクアームズ


 普通よりちょっと無気力寄りだけど何かとツッコミがちな高校二年生、片羽(かたは)(ゆい)は右腕を化け物に食い千切られてしまった。日常は傾き、アームドレイターと呼ばれる義手を用い、銀色少女……リンと共に戦う道を歩む。

 プラトーから脱走したナンバー08(ゼロエイト)はエイト、そしてゼロと名乗り、プラトーと敵対する道を選ぶ。

 鈴城(すずしろ)(みどり)狗月(いぬつき)(ひかる)の二人も戦う事を選び、唯への協力を約束した。

 唯とリンはエルの遺した力を用い、《ブランデッド》レリクスとなった。唯はプラトーの撃滅とレリクトデバイスの破壊を宣言する。


 プラトーに新たなドクターが加わり、避難した一般人を襲うという暴挙に出た。機械の兵士、《アウター》レリクスの群れを唯達は撃破する。しかしそれらは大掛かりな仕掛けの一つに過ぎず、本命である弾道ミサイルが依守(いもり)市を打ち砕こうとしていた。

 結果としてミサイルは街を焼く事はなかった。しかし、最大の危機を退けたのは唯達ではなく、ドクター・フェイスが設計した《クロウレイジ》レリクス……黒崎(くろさき)芽依(めい)の新たな力だった。









 呼吸を繰り返す。手が震える。

 明確な恐怖を前に、硬質な扉を前にして。黒崎(くろさき)芽依(めい)は何度もやってきた問いをもう一度重ねる。

 絶対にうまくいかない。自分も相手も傷付けて、それで仕舞いだ。

 だから、この扉を開くべきではない。分かっている筈なのに。

 だというのに。どんな時でも正確に駆動し続ける作り物の心臓が、不安定だった呼吸を正常に変える。震えていた手がぴたりと止まり、いとも簡単に扉を押し退けた。

「……お姉ちゃん」

 部屋の主に呼び掛けながらも、芽依は我が物顔で部屋に侵入する。最愛の人である黒崎紫乃(しの)はベッドの上で寝転がり、気怠げな顔のまま携帯端末を弄っていた。こちらを見ようともしていない。

「それ、どうしたの? この部屋にはなかったよね?」

 携帯端末についてだ。芽依はそう問い掛けるも、紫乃は寝返りを打つようにしてそっぽを向いてしまった。

「フェイスが来たの? お姉ちゃんには近付くなって、私言った筈だけど。何もされてない?」

 溜息が零れる。芽依ではなく、紫乃の溜息だ。

「うるさいなあ。今更、ドクターが、私に何するって言うんだよ」

「心配なの。フェイスは一番危険だから」

「そう。じゃあその危険な奴のところに行きなよ。芽依は強いから、どうにでもなるでしょ」

 紫乃の言葉には熱がない。のらりくらりと、無関心を貫いているような。

「お姉ちゃんは」

 呼吸が乱れ、鼓動が揺れる。それら全ては錯覚で、だがその痛みだけは。

「もう、私を守ってくれないの? 私のこと、どうでもよくなった?」

 切実な、原初の問い。しかし、芽依の胸に突き返されたのは、先程まで紫乃が持っていた携帯端末だ。投げ付けられたそれは芽依に当たり、重力に引かれて床へ叩き付けられる。

 振り返り様に端末を投げ付けた紫乃は、芽依を真っ直ぐに見据えていた。込み上げた感情全てを以て、紫乃は芽依を睨み付けている。

「あんたには分かんないでしょ。一番傍にいる人が自分よりもずっと優秀で。私が、どんな思いでいるかなんて、あんたには!」

 絶対にうまくいかない。自分も相手も傷付けて、それで。

 鼓動が乱れる。錯覚か現実か、それすら覚束ない。

 芽依は感情そのもの吐き出すように叫び、最愛の姉に飛び掛かった。

 二人はベッドから転げ落ち、それだけで勝敗は決した。紫乃はされるがまま床に引き倒され、芽依はそんな紫乃の両腕を掴んで馬乗りになっている。

「お姉ちゃんこそ分かってないでしょ。一番大好きな人に、そういう目で見られてるって事がどういう事かさあ!」

 芽依の視界が滲む。紫乃は抵抗を続けるも、芽依はより一層の力を込めて姉の両腕を握り締める。

 姉の足が、一つしかない右足が床を蹴っていた。紫乃は歯を食いしばり抵抗し、だというのに目だけはずっと睨み付けたままだ。

「絵も、勉強も、運動も、バレエも、全部! 全部私から奪って!」

 どれも全部、芽依にとってほんとうに欲しいものではなかった。

 ほんとうに欲しかったものは。

「これ以上どうするって言うんだよ! 芽依!」

 絶対にうまくいかない。自分も相手も傷付けて、それで仕舞いだ。でも、もしかしたら。いいや、きっと。最後にはきっと分かってくれる。だって、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだから。

 でも、結局こうなった。

「……奪うことが、私の力なら」

 芽依は紫乃を抱き留める。胸に押し込めるように、誰にも奪われないように。

「あ……」

 紫乃の声はすぐ消えた。消えたのは声だけではない。全部だ。芽依は一人で床に寝転がり、自身の胸を、その最奥にある作り物の心臓を知覚する。

「全部奪って。全部、お姉ちゃんにあげるから」

 紫乃を取り込んだ芽依は、冷たい床に背を預けたまま声を押し殺す。

 ほんとうに欲しかったものはここにある。

 ここにある筈なのに。芽依は少しも笑えず、ただただ感情と声を押し殺す事しか出来なかった。







「やあ。とりあえずこれを渡しておくよ」

 ドクター・フェイスが投げて寄越した注射器を片手で掴む。黒崎芽依は視線だけでこれは何かと問う。

「安定剤みたいなものさ。黒崎紫乃を自分の物にしたんだろ? 単純なスペックだけで考えれば、彼女は君よりも劣っている。でも、レリクトってのはどう作用するか分からない。戦ってる最中に支配権が切り替わったら悲惨だろ?」

 つまり、姉を無理矢理眠らせるようなものかと芽依は解釈した。注射器をポケットにねじ込むと、芽依はフェイスを睨む。

「お姉ちゃんに会ったみたいだけど。私は近付くなって確かに言った」

「向こうから接触があったから応えただけさ。暇で死にそうだって言うから暇潰しの道具も渡した。それだけだよ」

 尚も疑いの目を向ける芽依に対して、ドクター・フェイスはやれやれと肩を竦める。

「そう心配しなくてもいいじゃないか。さっきも言った通り、黒崎紫乃は黒崎芽依よりもスペックが低い。強いて言うなら君と相性が良いから、君の燃料タンク代わりにはなるってだけだよ。君が協力してくれる以上、僕が黒崎紫乃に期待する要素は何もない」

 フェイスの物言いに苛立ちを覚えたものの、芽依はこれ以上は聞き出せないだろうと考えていた。

 それに、今姉は自分の中にいる。その記憶を、心を暴くことだって意のままだ。どうしても気になるのであればそれをすればいい。フェイスだってそれを理解している以上、嘘を吐く事もないだろう。

「それで、これで本当に強くなったの?」

 芽依の問いに、フェイスはにやと笑みを浮かべる。

「勿論。そもそも、君の身体や心臓、ブレスドサイファーには全てを刻んである。燃料さえあればすぐにでも稼働するし、当然のように馴染むよ。君の《クロウレイジ》は強い」

 芽依は自身の胸に手を添え、一定間隔で刻まれる心音を知覚する。相も変わらず実感はないが、使ってみれば分かる、という事だろうか。

「なら、すぐにでもあいつを殺す。構わないな?」

「勿論! と言いたい所だけど、ちょっと面倒な事になって。まずは状況をすっきりさせたい」

 芽依は顔をしかめるも、それ以上の感情は出さずに話を促す。反論した所で、不愉快な時間が伸びるだけだからだ。

 知ってか知らずか、フェイスは上機嫌に喋り出す。

「プラトーが騒がしい。新しいドクターが二名、乗り込んできたみたいでね。ミサイルを撃ったのもこの二人だ。ドクター・ミリとドクター・オド。知ってる?」

「知らない。憶えておいた方がいいのか?」

「いや、憶えなくてもいいよ。セシルやディエゴと違って、頭も良くないし面白味もない人達だからね」

 そういえば、とフェイスは話を続ける。

「ディエゴも多分、この二人に殺されてる。警告を送ったんだけど返事がなくてさ。僕の数少ない友達が、また減った訳だ。慣れてはいるけど、やっぱり寂しくはあるね」

 ドクター・ディエゴが死んだ。芽依の表情にいつもとは違う何かを察したのか、珍しくフェイスの方が問う目を向けてきた。

「別に。ただ……私が関わったドクターの中じゃ、大分マシというか……」

 ディエゴの言葉を思い返す。私はプラトーのドクターであり、君は実験体だ。だが何よりも、誰よりも対等だ。私は君を殺せるし、君は私を殺せる。それが彼の口癖、或いは不文律だ。

「対等だった。それだけ」

 芽依は苦笑しながら、きっと当人にしか通じないような答えを口に出す。

「そっか。形は違えど、僕達は共通の友人を失った訳だ」

 分かっているのか分かっていないのか。フェイスの言葉、その真意は読めない。

「さて、要するにプラトーを抑え込まないと、戦いどころじゃないって話さ。またミサイルが落ちてきたら嫌だろ?」

 芽依はとりあえず頷いておく。ミサイルが何を破壊しようが、姉が無事ならそれで良かった。

「で、今度はミサイルよりも厄介な奴が落ちそうになってる訳だ。まずはこれを墜とす」

 フェイスはモニターに図面を表示させた。人工衛星、だろうか。

「開発コードは鉄槌、用途は名前通り。正式名称は知らないからもう鉄槌でいいよね。こいつを君と」

 フェイスが微笑む。

「唯くんが墜とす。共同作戦だ」

 芽依は溜息を吐き、膨れ上がった苛立ちと疑問を自身の中で削ぎ落としていく。

「難しい事は分からない。だからお前の作戦に従う。協力しろというならしてやる」

 じろと、芽依は殺意の籠もった視線を向ける。

「一つ答えろ。協力っていうのはどこまでだ?」

 フェイスは自身の両手をぱちんと合わせ、満足げに頷く。

「鉄槌の破壊まで、かな。いいかい?」

「ああ」

 芽依は了承を返す。それだけ分かれば充分だった。

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