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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二十五話 -炸薬の空-
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代替


 小さなコンテナが変形する。一瞬にして外骨格を思わせる体躯のロボットが組み上がると立ち上がり、またコンテナの形状に戻る。

 動作は良好、問題らしい問題もない。ドクター・ディエゴは自身の研究室で、完成した新たな商品を一瞥する。

「枯れた技術とのコンポジット。現時点ではもっとも合理的と言えるか」

 コンテナが再びロボットへ変形する。ロボットの胴体には空洞が広がっていた。それこそ手足でも切り落とせば、人が着込むようにして装着する事も可能だろう。

 この《アウター》レリクスは、《クロス》レリクスの実戦データを活用して設計された。ある程度の性能低下を許容し、生産性や拡張性を重視した結果でもある。

 レリクトによる強化は、生体の方が振れ幅が大きい。故に実験体を生体部品として活用していたのが《クロス》だったが、レリクスとして高い性能を発揮する事は出来なかった。生産工場を破壊された事もあり、《クロス》プロジェクトは一旦白紙に戻し、機械部品とレリクトによる強化のみに絞った《アウター》プロジェクトに切り替えたのだ。

 どちらにせよ、商品として流通させるのなら実験体抜きで設計した方が良い。問題があるとすれば、この《アウター》レリクスは弱い、という点だろう。

「《ラーヴァレイズ》と《クロウ》は損失。プラトーのレリクス戦備は振り出しに戻った。《アウター》レリクスでは時間稼ぎにしかならないが、時間を稼いだとしても」

 きっと、あれ以上のレリクスは創り出せないだろう。ドクター・ディエゴは、誰よりも自分の才能、その限界点を知っていた。

 天才達の集う場所、それがプラトーだ。故に、天才である事は特別な才能ではない。今は亡きドクター・セシルは、それを反骨心に変え突き進んだ。自分以上の天才がいる事実に苛立ちながらも、突き進むことで自らの才能を更に磨いていった正真正銘の天才だ。

 ならば、自分はどうなのか。ディエゴにとって、自分以上の天才との邂逅は苦ではなかった。悔しい、と思う感情さえない。天才の創造物は素晴らしい。自分では到底届かない物を、彼等彼女等なら創り出せる。その事実こそが、ディエゴの原動力になった。

 だからこそ、ドクター・ディエゴは裏方に徹した。誰にも、きっと自分にも理解出来ないだろう天才の創造物を、よりマイルドに分かりやすく分解していき、それが利益に変わるよう再設計する。そこから生み出された富は、また新たな天才の創造物へと変わっていく。それがディエゴの限界点であり、また望みでもあった。

「三騎のレリクス、どう対処すべきか」

 望みを叶える為には、あの三騎のレリクスは障害となる。それこそあれも天才の創造物であり、興味を掻き立てられる対象に違いはないが。その攻撃対象にプラトーが含まれている以上、対処しなければならないのもまた事実だ。

 ドクター・ディエゴが思案を続けていると、懐に入れてある携帯端末が鳴り始めた。厄介事でなければいいと考えながら、ディエゴは携帯端末を手に取る。

「私だ」

『ドクター、三日後に搬入予定の機材が届いています。それに、あ、ちょっと!』

 警備主任からの一報だ。ディエゴは怪訝そうな表情を浮かべながらもモニターを確認する。《アウター》レリクスを正式に増産する為、機材を購入したのは事実だ。

「三日後の予定に変更はない。手違いか? 向こうの書類を確認しろ」

『それが、直接話すと同乗していたドクターが。二名そちらに向かいましたが、知り合いですか? 確か名前は』

 騒々しい足音が響く。ドクター・ディエゴが研究室の入り口に目をやると、走ってきたのだろう。髪をピンクに染めた若い女性が、肩で息をしながらVサインをこちらに突き付けていた。

「ディエゴちゃん久し振り! あーしのこと憶えてる?」

 軽薄な声に軽薄な物言い。白衣は羽織っているものの、その下には派手な装飾の服を着こなしている。おまけに劇薬でもぶちまけたかのようなピンク色の髪とくれば、心当たりは一人しかいない。

「ドクター・ミリ。説明して貰おうか。君はロサンゼルスにいる筈だろう」

 ドクター・ディエゴは警戒を顕わにしながら問う。プラトーは普通の組織ではない。物資の搬入一つ取っても、正式な書類と正確な情報に基づいて行われる。

 ましてや、プラトーの頭脳その物と言っていいドクターが、無断で移動する筈がない。

「いたよロス。でもさ、でもさ! なんかあーし好みの、面白そうな事がジャパンで起きてるって言うじゃん? で、タイミングよくトラック用意されてたじゃん! 運命って奴じゃん?」

 要領の得ない返答だ。突き返すべきだろうとドクター・ディエゴは判断したが、またぞろ足音が響いてきた。

 同じく駆け込んできたのは、ノートパソコンを片手に抱えた細身の少年だ。いかにも運動が苦手といった様相であり、荒々しく呼吸を繰り返している。

「おひさ、です、ディエゴさん。あの、ロスから」

「あ、それもうあーしが説明しといたから」

 ディエゴは話にならないと言わんばかりに首を横に振り、呆れ顔で溜息を吐く。

「ドクター・オド。君なら規則の重要性を理解していると思っていたが。ドクターが他のプラトーに移動する際、交わされる書類の数を知らないのか?」

「あ……ちょっと……座らせて貰って……」

 ドクター・オドはその場にしゃがみ込み、何度も呼吸を繰り返している。

「それはあーしも知ってるけどさあ。ディエゴちゃんだってあーしの性格知ってっしょ? 書類はなんか、空いた時間にでも書いとくっていうか。てか頑張って三日かかるとこ今日に間に合わせたんですけど! あーし凄くない?」

 にっこりと笑うミリを前に、ディエゴはもう一度溜息を吐く。実の所、そう珍しくもない状況なのは確かだった。

 ドクター・ミリは人体に精通した天才だ。独自の発想力や行動力は、普段の軽薄な人柄を払拭するに足る才能だ。

 そして、未だ息が上がっているドクター・オドは電子部門での天才だ。プログラミングやクラッキングの速度、正確さは群を抜いている。

 ミリとオドは専門が違うものの、よく組まされていた。そして大抵、ミリが規則を破りオドが後始末をする。

「……規則は規則だ。書類は提出するように」

 ディエゴは警戒を解き、そう告げて話を締め括る。そして待たせたままにしている警備主任との通話を思い出し、携帯端末を見た。

 その瞬間、テキストメッセージを受信した。送り主はドクター・フェイス、最優先事項だと、ディエゴはそのメッセージを開いた。

 ‘知ってるかもだけど警告。余所のプラトーがなんか騒がしい。お人好しは程々にね。’

 警告……ディエゴは目を見開きミリとオドを見る。ミリは笑顔のまま、そしてオドは床に置いたノートパソコンに触れていた。

「ぐッ……!」

 ディエゴのくぐもった悲鳴が響く。ロボット形態になっていた《アウター》レリクスが独りでに動き、ドクター・ディエゴの首を掴んで持ち上げたのだ。成人男性と同程度の体躯を持つ《アウター》レリクスに掴み上げられ、ディエゴの足は床から離れる。

「ごめんねーディエゴちゃん。あーしはディエゴちゃんのこと嫌いじゃないんだけどー。なんか邪魔になっちゃうからって言ってたし。てかディエゴちゃん騙され過ぎ。ちょっと心が痛むんですけど!」

 きゃははと笑うミリに、にへらと笑うオド……ディエゴは口を開くも、機械の力で首を締め上げられている為カエルのような声しか出ない。

「でも、《アウター》レリクス、でしたっけ。凄い、ですねディエゴさん。生産性も拡張性も一級品、輸送も楽だし。やっぱり、天才だなって思います。プログラムは、もう、ちょっと改善、出来そうなのでボク、ボクがやっておきます。制御は簡単に奪えちゃったので、そこ、そこらへんもやります、ボク」

 ドクター・ディエゴは藻掻くのを止めた。今自分を締め上げているロボットの性能は、自分がよく分かっている。助かる見込みはなく、暴れても無意味だ。

 何かが軋む音が響く。諦めた筈の身体が、自分の意思とは裏腹に藻掻き始めた。両手は《アウター》レリクスの腕を掴み、足は狂ったように宙を蹴る。潰れかけた咽からは、カエルの音が性懲りもなく溢れていた。

 ディエゴの視界が真っ赤に染まり、脳裏に異音が響く。それが自身の首が折れた音だと理解した瞬間、彼の意識は黒に染まる。

 最後に浮かんだのは、怒りを顕わにした黒崎芽依の姿だ。フェイスの追い求める進化、それを更に高める、或いは打ち壊すのは。きっと彼女の役目だろう。

 鴉の羽を思わせる暗闇の中で、ディエゴは純粋に‘この先’が見えなくなった事を悔やんだ。

 もう、天才の創造物には触れられないのだ、と。







「んー、これ死んだ?」

「死ん、だよ。首折ったし、ほら」

 《アウター》レリクスが、動かなくなったディエゴの死体を床に放った。首があり得ない方向にねじ曲がり、誰がどう見ても死んでいると分かる。

「うわーかわいそくない? あーあ、ディエゴちゃんみたいな人はさあ、あーしプラトーには必要だと思うんよね。オドもそう思うっしょ?」

「まあ……でも死んじゃったし」

 それで決着が付いたのか、ミリとオドは死体を見るのを止めてディエゴのデスクに近付く。オドがキーボードを叩き、モニターに情報を羅列していく。

「あー。報告通りドクター・セシルは死んでんだね。セシルちゃんはあーし嫌いだから死んでもいいよ。てか死ね。ああ死んでるんだっけ」

 きゃはは、とミリはけたたましく笑う。

「問題は、これ。ドクター・フェイス。生存してるし所在不明。依守市には、い、いるだろうけど。これ、見付かるかな?」

 オドが不安げにモニターを指差す。フェイスの情報は、明らかに少ない。

「フェイスかー。あーしフェイスは一番嫌いかな」

「フェイスを好きな人、の方が珍しいんじゃない、かな」

 ドクター・フェイスの名前を口にする時だけ、ミリとオドの表情が陰る。二人にとって、いや多くのドクターにとって。ドクター・フェイスは本物の天才だ。それこそ、自分の価値が霞んで見えてしまう程に。彼は本物だった。

「てか面倒になってるくない? 言う事聞かないのディエゴちゃんとセシルちゃんとフェイスぐらいだから、そいつら殺せばいいじゃん頼んだって話だったじゃん? フェイスいないのバカじゃない?」

「まあ……下準備、してる内に、離反……しちゃったみたいだね」

 ミリとオドはがっくりと肩を落とすも、すぐに持ち直してモニターに向き直る。ふと、オドがある物を発見する。

「ミリ。これとか、どう?」

 モニターに映し出されたのは弾道ミサイルのスペック表だ。

「あー。一回さっぱりさせちゃおう的な?」

 ミリとオドは互いに顔を見合わせ、にししと笑みを浮かべる。

「っぱミサイルっしょ! ミサイルは全部解決するし!」

「頼まれた、以上……仕事しないと、だもんね」

 二人のドクターは騒ぎながら談笑を続ける。モニターに表示された弾道ミサイルのシーケンスバーは、ゆっくりと動き始めていた。

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