波乱の始まり
前回までのブランクアームズ
普通よりちょっと無気力寄りだけど何かとツッコミがちな高校二年生、片羽唯は右腕を化け物に食い千切られてしまった。日常は傾き、アームドレイターと呼ばれる義手を用い、銀色少女……リンと共に戦う道を歩む。
プラトーから脱走したナンバー08はエイト、そしてゼロと名乗り、プラトーと敵対する道を選ぶ。
鈴城緑と狗月光の二人も戦う事を選び、唯への協力を約束した。
唯とリンはエルの遺した力を用い、《ブランデッド》レリクスとなった。唯はプラトーの撃滅とレリクトデバイスの破壊を宣言する。
敵はプラトーだけではない。ドクター・フェイスは唯達の前から姿を消し、独自に行動を開始した。黒崎姉妹はフェイスと合流し、同じように行方をくらませている。
唯達は襲来するアロガントを撃破した。しかし、プラトーもフェイスも水面下で動き始めていた。
左義手はまだ微睡んでいるのか、動きが覚束ない。
銀髪の青年、片羽唯はソファに腰掛けたまま欠伸をする。うっすらと浮かんだ涙を拭おうにも、左義手は指先が僅かに動くのみだった。
自前の足は問題なく動くものの、腕がこの状態ではいまいちやる気が出ない。仕方がないと唯は割り切り、白衣で覆われた小さな背中に視線を向けた。
腰まで伸びた銀髪が、重力に引かれるまま背中を撫でる。今日は髪を結っていないようだ。銀色少女、リンはいつも通りデスクに向き合っていた。小さな頭が動く度、それに合わせて銀色が揺らぐ。
「緑、いいかしら」
リンがそう呼び掛ける。鈴城緑は膝に置いてあった眼鏡を掛け直し、車椅子を漕ごうとした。
しかし、その前に狗月光が手慣れた様子で車椅子の後ろに回る。光は緑の肩にぽんと触れ、緑は車椅子のハンドリムから手を離す。それを確認してから、光はリンのデスクへと車椅子を押した。
「情報を纏めたわ。プラトー、及びドクター・フェイスが関わっているだろう施設が、そこにあるかも知れない。エイト、貴方も知恵を貸しなさい」
リンはタブレット端末を緑に手渡し、壁際で本を読んでいるエイトにも召集を掛ける。金髪の青年、エイトは右手だけで器用に本のページを捲っていたが、リンの方をちらと見て本を閉じた。
「この円状に塗られている場所が怪しい、という事ですよね?」
「そうよ」
緑の問いにリンは即答するものの、緑は困ったように短く笑う。車椅子の後ろから覗き込むように見ていた光も同様だ。
苦笑する緑から端末を取り上げたエイトは、思ったままを口にした。
「想定される範囲が広いな。ここから割り出せるのか?」
一目見るだけで充分なのか、エイトは端末を緑の膝に戻す。
「難しいでしょうね。だから貴方達に聞いてるんだけど」
「そう、ですね……」
「ふむ」
緑は苦笑したまま、エイトは無表情のまま思案を重ねている。
「ドクターもプラトーも、そう簡単には尻尾を出してくれないわ。現状得られる情報では、それが限界ね」
リンは事実のみを淡々と告げる。要するに、殆どノーヒントだが知恵を貸せという事だ。だがリンが名指ししただけあり、緑とエイトはすぐに口を開く。
「依守市のデータベースから攻めるのはどうですか? プラトーの施設は地下にあります。地質情報から地下施設を割り出すとか」
「お役所にあるのは確保済み。でもこれはダミーね。本物のデータは、それこそプラトーにしかないと思うわ」
緑が再び思案に入る。次はエイトが身を乗り出す。
「俺とゼロが脱走した施設の位置なら分かる。だがここはとっくに破棄されているだろう。それでも手掛かりがある可能性があるなら、調査してみてもいい」
「最終手段ね。トラップのオンパレードだろうし、痕跡を残す程甘い相手でもないでしょう?」
ああでもないこうでもないと、三人は意見を言い合っている。
そんな様子を欠伸混じりに眺めていた唯だが、ソファが二人分の体重を受けて沈む。
緩やかにウェーブしている金髪が揺れる。金色少女、ゼロは我が物顔でソファに座った。クッキー缶を抱えての侵略だ。
「一応、ここ俺の寝床でもあるんだけど。クッキー食べこぼされるのはちょっと」
「はあ? あたしがこぼすと思ってるの?」
そう言ってクッキーを囓るゼロだったが、小さな口では一つ丸ごととはいかない。必然的に囓るしかなく、囓る以上食べこぼしは必ず生じる。
「頭使う仕事ってやだね。エイト」
興味なさげにゼロは呟き、エイトの名を呼ぶとクッキーを投げる。そこそこの速度で飛来するクッキーを、エイトは器用に口でキャッチした。
「緑にもあげるよ」
クッキーを再装填したゼロは、言うが早いかクッキーを緑に投げ付ける。
「え? いたい!」
クッキーは緑の側頭部に直撃したものの、床に落ちる前に光がキャッチした。
「でもってあんたにはあげない。部屋が酒臭いんだよどうにかなんない?」
患部を擦りながら光に手渡されたクッキーを食べている緑を横目に、リンは溜息を吐く。
「お菓子の匂いも相当なものよ。貴方は掃除が苦手そうだものね、ゼロ」
「はあ? あんたに言われたくないんですけど」
それこそ唯からしてみれば、五十歩百歩どころかどっちも千歩は稼いでいる。掃除は二人にこそして欲しいと思いながらも、唯は沈黙を貫く。巻き込まれ事故は避けたい。
「私は掃除をしないだけで出来ない訳じゃ、ちょっと待って動いた」
リンはデスクに置いてあるお手製ハイボールを咽に流し込み、キーボードを叩き始めた。
「依守市の敷地に、外部から車両が侵入したわ」
「今の依守市に入り込める組織は多くないですね」
「というよりも一つだけだな。尻尾を出したか」
リンと緑、そしてエイトはモニターを覗き込んでいる。
「予備機のドローンを向かわせてる。感知出来ただけでも結構な車列よ」
「動きが堂々とし過ぎてますね。どういう事なんだろ」
「補給物資の類にしても妙か。派手なやり口はドクター・ディエゴらしくない」
口々に意見が飛び交う。状況が動き出したようだが、ゼロは我関せずといった様子でクッキーを囓っている。
「到着、映像出すわ。大型トラック四台……確かに派手ね」
「でも、これを追っていけば搬入口が分かりますよね?」
「相手からすればリスクの大きい行動だ。だがチャンスでもある。動くか?」
エイトの問いに答える前に、リンは小さく唸る。
「映像途絶。一瞬でクラッキングされたわ」
「他の観測手段も、数値が全部デタラメです。欺瞞されてますね」
エイトはモニターに背を向け歩き出す。
「間に合わないだろうが最終地点へ向かってみる。それと、やはりやり方がドクター・ディエゴらしくない」
ゼロは溜息を吐き、クッキー缶をソファに置くと立ち上がる。ソファの端で手をしっかりと拭い、エイトの後を追う。
「対処は早いし、対応に荒もない。けど、確かにディエゴならその一手前に終わらせてそうね」
キーボードを叩きながらリンはそう呟く。どういうことかと問う目を向ける緑に、リンは作業の手を止めずに説明する。
「そもそもディエゴなら、私達に気付かれることなく事を済ませるわ。そういう男だから。でも、今回のは行き当たりばったりというか。私達に気付いて、急いで対処した、って感じだから」
リンの説明を受け、緑は合点がいったのか頷く。
唯は一連の騒動を蚊帳の外から見ていたが、そうこうしている内に左義手がびくりと震えた。遜色なく動くようになった左義手で、唯はとりあえず放置されたクッキー缶を掴み、周囲を見渡す。
「……蓋どこにあるの、これ」
クッキーの甘い香りが、現在進行形で部屋に広がっていた。




