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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二十四話 -進化の激突-
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宿敵


 解説を済ませると、用事があると言ってリンはどこかに行ってしまった。

 部屋には唯と緑だけが残され、唯はこれ幸いとビニール袋を床に広げた。片付けの時間がやってきたのだ。

 リンが飲み散らかした酒瓶や炭酸水のボトルを放り込み、ゼロが食い散らかした菓子やジャンクフードの包み紙を放り込む。左義手の動作に問題はなく、意のままに動いてくれる。

「唯くん、一つ確認してもいいですか?」

「なにー」

 いつもと変わらない緑の声色に、唯は生返事で応える。振り返りもせず、掃除をしながらの応対だ。

黒崎(くろさき)芽依(めい)を、殺すつもりですか?」

 唯は一瞬だけ手を止めるも、すぐに掃除を再開した。

「うん。そうなる」

 事実だけを伝え、唯は散乱するゴミだけを見据える。ゴミに手を伸ばすと、袖から覗く左義手が電灯を受け反射していた。

「プラトーの撃滅、及びレリクトデバイスの破壊。私や光は、唯くんの考えに賛同します。協力も惜しみません」

「それは、凄く助かる」

 唯はそれだけを答え、片付けを黙々と続ける。

「レリクトデバイスを破壊すれば、黒崎芽依はまず生きていけない。手足を奪うのではなく、心臓を。命を奪う。私にとって彼女は復讐の相手で、どうあっても許せない仇で。それでも尚、殺そうとは思えなかった人です。私に、命を奪う覚悟はありません」

 緑の独白、しかし唯はやはり振り返ろうとはしない。だが一度だけ頷き、視線を左義手に向ける。

「意地悪な、言い方をしてもいいかな?」

「はい」

 唯は左義手の拳を握り締める。怒りや無力感は、消えた訳ではない。ただ、付き合い方を覚えただけ。何もかも、消えないのだ。

「あいつは、エルを殺した。緑のお父さんだってあいつに殺された。それでも、緑は芽依を放っておけるのか?」

 言外に、自分は放っておけないと答えながら。唯は緑の返答を待つ。

「意地悪な答え方をしてもいいですか?」

「……どうぞ」

 背中越しに、緑がくすりと笑った気がした。

「私の、私達の知らない所で。ひっそりと死んでくれたらいいのにな、って思います。手は汚したくない、命は奪えない。でも、きっとどこかで死んでいたら。少しだけ笑顔になる。そんな感じです」

 唯は苦笑し、左義手から力を抜く。

「正直だね、緑は」

 拾い上げた酒瓶をビニール袋を投げ入れると、唯は緑に向き直る。

「本音は隠すものですけど。唯くんはおっかないので正直に答えました」

「なにそれ」

 互いに笑みを返すも、緑は指を一本だけ立てて唯を見る。

「もう一つだけ。唯くんの覚悟は、復讐ですか? それとも義務感? どんな理由であっても否定はしませんが。それでも、私に出来ない覚悟をしている貴方に。聞いてみたいんです」

 緑は包み隠さず答え、包み隠さずに問う。唯はエルがよく寝ていたソファを見据え、次に自身の左義手をちらと見る。

「……全部。全部ごちゃごちゃになってるんだ。復讐もしたい。でもレリクトデバイスを破壊する以上、必ずやらなきゃいけない事だからやるっていうのも。嘘じゃないんだ」

 エルがここにいないのに、なぜお前が生きているんだとか。彼女の人生を奪った癖にとか、色々な悪意が湯水のように沸き上がる。それらの殆どは、自分自身にも言える事だが。

「だけど。それこそ、これは俺個人の思い込みかも知れないけど」

 唯はここにはいない、だが必ず相対する宿敵を……芽依の姿を思い浮かべる。

 怒りが込み上げる。無力感もずっとある。黒崎芽依は、《クロウ》レリクスは。いつだって明確な敵だった。

「あいつは、芽依は。きっと死ぬまでこんな事を続けると思う。命が尽きる最後の瞬間まで、きっと誰かを傷付けて。ずっと誰かを殺してる。あれは、そういう生き物なんだって俺は感じた」

 鴉の影を振り払い、唯は緑と視線を交わす。

「だから終わらせる。俺があいつの心臓を破壊する」

 明瞭になった殺意を隠そうともせず、唯はそう宣言する。

 緑は肯定も否定もせず、ただ了承だけを込めて頷いた。







 ガレージには二台の大型バイクが並んでいた。片方は灰色を基調に塗装されており、もう片方は白を基調にデザインされている。

「もう動いている所を見てるだろうし、あまり感動もないだろうけど」

 そうリンは前置きしながらも、いつもより大分目を輝かせて白い大型バイクを手で指し示す。

「レリクトデバイス対応大型バイク、ロードアンカーよ!」

 どう? とリンは得意げになっているものの、目の前にいる金髪二人はいつも通りの無表情を貫いている。

「ふむ、珍しくはしゃいでいるな」

「うん。拍手でもしてやったら?」

 心にもないゼロの提案を受け、エイトが心ここにあらずといった様子で拍手を贈る。

 期待していた反応ではなかったのだろう。リンはあからさまに肩を落とすと、深い溜息で拍手に応えた。

「まあ、そうよね。唯も貴方達も、走ればバイクでも車でも三輪車でも良いんでしょうね」

「三輪車はペダル式か? それとも三輪バイクか?」

「ペダル式」

「ではそれは除外してくれ。俺が走った方が速い」

 リンとエイトは不毛な会話を繰り広げるも、ふとリンが思案顔になる。

「三輪バイク、それもありよね。既製品を改造する形だったから、今回は二輪になったけど。一から設計、或いは三輪モデルのバイクを入手出来れば」

「あのさ。そういうの一人の時にしてよ。あんたの妄想を聞かされる為に呼ばれたわけ?」

 リンの思索をゼロは容赦なくぶった切る。

「あら失礼。それじゃあ」

 特に気にした様子もなく、リンは話を再開しようとする。しかし、それを無遠慮な足音が遮った。

「うおああー! 二台ある! バイク二台ある!」

 そして足音の主は、狗月(いぬつき)(ひかる)は叫んだ。普段の彼とは無縁の、咆哮と形容してもいい叫びようだった。

 光は二台並んだバイクの前に滑り込み、そのボディに手を伸ばす。しかしピカピカに磨かれたボディの反射を前にして少年は目を細め手を止め、行き場を失った両手は互いに結びつき祈りの形へと行き着く。

「滅茶苦茶かっこいい……! やっぱバイクだよ、いや車も好きだけどやっぱり、やっぱりバイクはさあ!」

 光はバイクの周囲を歩き回りながら、口々にバイクを賞賛していく。

「フロントは流線的、後ろに下がっていくにつれて鋭角にデザインが切り替わってる! マフラーの形と数は非対称なんだ、二台並ぶと対になってる奴だ! ていうか計器類がない、いやこれ投影型の奴! 凄いよリン(ねえ)! 凄すぎるよ……」

 勢い余って感極まっている光を見てから、リンはエイトとゼロに向き直って得意げに微笑む。

「あれぐらい反応があると良いわね。貴方達も見習ったら?」

「善処しよう」

「あたしは善処しない」

 金色二人は無表情のまま答える。リンはやれやれと首を横に振り、咳払いをして本題に入った。

「貴方達にロードアンカーを一台譲渡するわ。それと、やって欲しいことがあるの。偵察任務よ」

 ほう、とエイトは呟く。

「《ラーヴァレイズ》のレッグドネイターは破壊した。これによって、プラトーが所有するレリクト戦備は現状全滅したことになるわ」

「《クロス》やその代替品、アロガントやその改良機。そういったものはあるかも知れないが、こちらに対抗するだけのレリクスは存在していない。かも知れないな」

 リンの推測に、エイトは補足する形で付け足す。概ね同意見なのか、リンは頷いて続ける。

「隠し持っている、或いは開発が完了している。そういったケースもあるかも。でも、これは私の勘だけど。今一番警戒すべきなのはドクター・フェイスよ」

 フェイスの名前を聞き、エイトは無表情のまま頷く。ゼロは顔をしかめるも、それはフェイスの事を思い出したからではなさそうだった。ドクター・フェイスの保有する戦力について、思い返していたのだろう。

「フェイスの下に黒崎芽依がついた、というのも理由の一つよ。ドクター・フェイスと黒崎芽依……この二人を最大の障害と見なして対処したいの」

「妥当だな。つまり、その為の偵察か」

 エイトの答えにリンは肯定を返し、言葉を続ける。

「《ブレイクドロウ》の性能なら可能な筈。相手が何であれ唯が戦えば、必ずドクターは動く。貴方達はその痕跡を追って」

「了解した」

「はいはい」

 思い思いの返事をする中、携帯端末が警告音を発した。聞き馴染んでしまった警報、アロガントの出現だ。

「早速だな。使わせて貰うぞ」

「バイクかー。あたし初めてだなこういうの」

 言うが早いか、エイトとゼロはロードアンカーに近付く。エイトはロードアンカーに跨がるとハンドルから展開された左義手を自身に接続する。ゼロはそんなエイトを眺めていたが、エイトに目線で後ろに乗るよう指示され大人しく従っていた。

 エンジンの唸り声だけを残し、エイトとゼロはロードアンカーで外に飛び出していく。

「最高か……? ねえリン(ねえ)、あのさ」

「貴方の分はないの。身長が足りないわね」

 期待を込めた光の眼差しを、リンは冷徹に見詰め返す。

「身長……」

 見た目十一歳のリンに身長を指摘され、光は物悲しげに呟いた。

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