気紛れな腕
前回までのブランクアームズ
普通よりちょっと無気力寄りだけど何かとツッコミがちな高校二年生、片羽唯は右腕を化け物に食い千切られてしまった。日常は傾き、アームドレイターと呼ばれる義手を用い、銀色少女……リンと共に戦う道を歩む。
プラトーから脱走したナンバー08はエイト、そしてゼロと名乗り、プラトーと敵対する道を選ぶ。
鈴城緑と狗月光は、父の残した《シールディア》レリクスで戦うことを決意する。
唯とリンはエルの遺した力を用い、《ブランデッド》レリクスとなった。プラトーの撃滅とレリクトデバイスの破壊を宣言し、黒崎姉妹の《ラーヴァレイズ》レリクスを撃破する。
黒崎紫乃は左義足を破壊され戦意喪失するも、黒崎芽依はドクター・フェイスとの合流を承諾、姉共々その場から逃亡する事に成功した。
黒崎芽依……《クロウ》レリクスとの因縁は、まだ終わりそうにない。
白い壁に白い天井、見覚えのない光景が過ぎ去っては消えていく。
片羽唯は目を開けると、雑多な物で溢れかえる部屋を寝惚け眼で見渡す。隠れ家に人が増え、その度に物が増える。だというのに、片付けようとする人間は殆どいない。
リンは言わずもがな、エイトとゼロも物は増やす派のようだった。そして一見綺麗好きに見える緑も、本質的には面倒臭がりだ。車椅子が動けるスペースさえあれば、特に気にしなくなっている。光も同様で、部屋の汚さに関してはそこまで言及しない。
唯は欠伸を済ませ、とりあえずゴミだけでも集めようかと決心する。とりあえずと左腕でソファを押しやって立ち上がろうとするも、身体はぴくりとも動かなかった。
唯は自身の左腕を見る。機械の腕は、僅かに痙攣するのみだ。
焦ることもなく、唯はソファの背もたれに体重を預ける。肘から先を切断されたが、リンとエルに助力によって義手が作成された。切断された身体の一部と、素子化したエルの亡骸を素材にしているこの義手は、意のままに動かす事が出来る。
出来るのだが。時折こうして動かなくなる。日常生活を送る上で、不意に電源が切れたように。左義手に意思が通わなくなるのだ。
リン曰く、原因は不明だが仮説は立てられるとの事だった。
「……確かに、寝起きは悪い方だった」
エルの事だ。ソファで丸まり、起こそうとして揺さ振っても中々起きない。目が醒めてしまえば誰よりもうるさいのだが、寝ている時と寝起きは誰よりも静かだった。
この左義手は、エルが常にサポートしているから動いている。そう説明された。故に、そのサポートには振れ幅が生じる。それがリンの仮説だ。
「でもこれだと」
唯はもう一度欠伸をすると、何度かまばたきをする。
「俺も朝弱くなりそう……」
左義手はまだ動かず、警報も沈黙を守っている。
動いていれば目も醒めるが、動かずにいれば眠くなるのは必然……結局、唯は滅多にしない二度寝をする羽目になった。
「さて、それじゃ始めましょうか」
そう言うと、リンはモニター上に幾つかのデータを羅列してみせた。いつものデスクに、見た目十一歳の少女が白衣を羽織ってキーボードを叩いている。銀色の長髪は後ろで結わいていたが、お洒落というよりとりあえず纏めただけ、といった様相だ。
「不安定ですね」
車椅子を漕ぎ、モニターに近付いた鈴城緑は思案顔でそう呟く。リンは頷くと、椅子を回転させこちらに向き直った。
唯も一応モニターを眺めてみたものの、当然その英数字やグラフの真意は読み取れない。読み取れないが、とりあえず神妙な面持ちだけはしておいた。
リンは目を細め、そんな唯をじろと見ている。緑は苦笑すると、本題に入りたいのか咳払いをした。
「一応、想定通りのスペックですか? ちょっと無秩序な感じもしますけど」
緑の問いに、リンは少し考え込む。
「ある程度は、まあ。そうね。基本的には、左義手にもレリクトを貯蔵出来るという一点のみが軸よ」
「それはまた……冒険しましたね」
リンと緑の会話は、正直よく分からない。唯は黙って聞き流しながら、二人が納得するのを待っていた。
「そもそも《アブレイズ》の時点で仕様の範疇を超えてるのよ? それ以上を目指すとなると、もういっそこれぐらいしかないじゃない?」
「でもさすがですね。オリジナリティを補強しているのは、それぞれの完成された技術の応用……強制出力解放に、ドクター・セシルの使っていた義眼、リンクドスフィアでしたっけ。あの技術も咀嚼しつつ活かしています」
唯は動くようになった左手で口を押さえ、欠伸を噛み殺す。科学者気質な二人が話している時に、唯が出来る事といったらこれぐらいなものだ。
「ただ問題もあるわ。枠を外した弊害ね。数値がダイレクトで上下する。下回る分には構わないけど、上回るのはよくない。当然、カウンターは仕込んであるけど。急上昇、或いは緩やかにでも上昇しきった際はシャットダウンしか手段がないわ」
「変異を防ぐ為には致し方なさそうですけど。唯くんには厳しいかも知れませんね」
「ね。それは本当にそう」
唐突に名前を呼ばれ、唯は寝惚け眼を擦りながら緑を見る。そんな唯と視線を絡め、緑はこくりと頷く。
「では、とりあえず分かっていることを説明していきます。良いですか?」
準備、或いは覚悟……どちらも済ませている唯はこくこくと頷く。
「唯くんの《ブランデッド》は、設計通りに機能していますがその設計自体が不完全です。これは何となく分かりますか?」
「ごめん、さっぱり」
唯は即答、リンは呆れ顔、緑は困り顔を浮かべた。しかし、この程度で緑はめげない。
「レリクスは、本来厳密に設計されます。エイトさんの《アーマード》、私の《アールディア》。これらのレリクスが有する性能は、そうなるべくしてなっています。Aの強さを発揮する為に、Aの設計図を使っている、と言い替えれば分かりやすいですか?」
唯はとりあえず頷く。そういう風に設計したからそういう風になる、という話だろう。
「一方、唯くんの《アブレイズ》やエイトさんの《ブレイクド》は、即席で作り出された不安定なレリクスです。あれらの設計図はありません。ですが、それ故にAではないそれ以上の性能を発揮した」
それに関しては当事者であり身に覚えがある。唯は頷き、続きを促す。
「では、今回の《ブランデッド》はどうなのか。結論からいうと設計図はあります。ですが、それは未完成です。そして、わざと未完成のまま使っています」
唯が思案顔で頷く。分かるような分からないような。そんな瀬戸際だ。
「完成された設計図では、完成したレリクスしか作れません。なので、リンさんはわざと要素を不足させた。それを唯くんとエルちゃんの因子で補い、不完全ながらも完成したのが《ブランデッド》です」
唯は少し考え、自身の左義手をちらと見る。
「俺の中だと、《ブランク》と《デッドリー》を混ぜたみたいな感じなんだけど」
「その認識で合ってますよ。リンさんが仕込んだのは、安全装置とレリクトの導線、その他細々したあれやこれです」
完全に理解した訳ではないが、何となく分かる。唯は緑を見据え、まだ追えていると意思表示をした。緑は頷き、話を続ける。
「《ブランデッド》で戦う際、唯くんは深く考える必要はありません。必要な武器があれば考えればいいだけですし、出力で負けているなら上げればいい。そういった細かいサポートは、リンさんが全部やってくれます。《ブランデッド》は、言わば白紙のノートなんです。唯くんが考え、エルちゃんが支え、リンさんが描く」
唯はちょっと申し訳なさそうにリンを見る。
「なんか負担が大きそうだけど」
「今更じゃない? それに、《ブランデッド》は解析と並行することで真価を発揮するわ。というより、解析しながらじゃないと使い物にならない」
唯は分からんと目を細め、それを見た緑が咳払いをする。
「さっき、私は《ブランデッド》を白紙のノートだと言いましたよね? 本来、レリクスに備わっている基本的な機構も全て白紙なんです。設計図が不完全な以上、常時プログラムを書き換えているようなものなので。でも、これはリンさんが何とかするので唯くんは気にしなくてもいいです」
「そうね。理論として頭の片隅に入れておく程度でいいわ」
素人は黙っておけと言われているような気もするが、事実素人なので唯は頷くしかない。緑も頷くと、ぴっと指を立てた。
「ではここからが本題です。《ブランデッド》は基礎出力も含め、全ての要素が不安定です。なぜかというと不安定になるように作られているから、というのが今までの話です。では、不安定であれば何が出来るのか、そして何が問題になるのか。それこそ唯くんに知っておいて欲しいあれやこれです」
「前置き随分長いね」
「貴方の物分かりが悪い所為でしょ」
湿り気のある物言いと視線を向けるリンに、唯はそうかなあと思案顔を向ける。緑はやはり苦笑し、そしてやはり本題に入る為に咳払いをした。
「まず利点ですが、解析済みのレリクスそのものを、強制出力解放の対象に出来ます。平たく言えば、相手の力をそのまま自分の出力に上乗せ出来ます。エネルギータンクみたいなものですね。これはドクター・セシルの用いた義眼、リンクドスフィアの応用です。あれもレリクトを吸ってましたから」
理論は別として、その感触なら体感したと唯は頷く。《ラーヴァレイズ》と戦う際、《ラーヴァレイズ》がの出力を自分の出力に上乗せした。
「そして欠点ですが、上がり過ぎた出力は当然、唯くんを殺します。ショック死すれば良い方ですし、最悪アロガントへ変異します」
「ショック死はマシなの?」
「マシね。少なくとも首と遺体は残る」
ふふと意地の悪そうな笑みを浮かべる緑と、びっくりするぐらい真顔なリンを見遣り、唯はうへえと顔をしかめる。
「勿論、リンさんがそれを防ぎます。カウンタープログラムは万全です。ですが、それこそが一番の欠点でもあります」
「というと?」
「出力が急上昇した場合、カウンターとしてシャットダウンします。電源がばちんと切れる感じです。動作が急激に重くなり、致命的な隙を晒したり。最悪、レリクスとしての外装が解除されます。戦場でそんなことになれば、ぞっとしないでしょう?」
こくこくと唯は頷く。レリクスを相手にしていても、アロガントを相手にしていても。それは死に直結する隙だ。
「では、急上昇するのはなぜか。それは、唯くんの感情による作用が一番懸念されてます」
「えっと、つまり」
「怒ってがむしゃらに突っ込んだりすると、危険かも知れないですね。《ブランデッド》は不安定で、故に自由です。唯くんの思い描いた通りに力を貸してくれますが、唯くん自身が不安定なら相応に危険という事です」
冷静でいろ、という事だ。唯は頷くも、それがどこまで出来るかは自分自身よく分からなかった。




