第07話 花を選ぶ人、恋を選ぶ人
日曜日の朝、居間の南向きの窓にはエレノア様が縫った黄色いカーテンが春の風に揺れ、その向こうの小庭では、柔らかく耕された花壇の土が朝日を浴びて黒々と輝いていた。
今日、あの花壇にはいよいよ春の花が植えられる。そして私にとっては、先週の日曜日にレオン様からいただいた真っ直ぐな告白に、自分自身の言葉でお返事をする約束の日でもあった。
この一週間、彼に話したいことが増えた。帳簿で見つけた間違いも、エレノア様が今度はパンを焦がさなかったことも。気づくと、仕事が終わったあとまでその話を覚えている。
「クレアさん、日差しが暖かくなってきたわ。そろそろ春の花市へ出かけましょうか」
薄手の春の外套を羽織り、ご自分の革財布を手にしたエレノア様が弾んだ声で私を呼んだ。私たちは並んで町家の門を出ると、季節の市で賑わう広場へと足を向けた。
大通りの広場へ着くと、色とりどりの花の鉢や苗木を並べた露店が軒を連ね、甘い花の香りと明るい呼び込みの声が春空に広がっていた。
入り口の石柱のそばでは、休日の落ち着いた装いのレオン様がすでに私たちを待っていてくださった。
「おはようございます、お祖母様、クレア様」
「おはよう、レオン。今日はいいお天気で、絶好の苗選び日和ね」
エレノア様は挨拶もそこそこに、露店の前で立ち止まった。
「あちらの黄色と白の小花を見てくるわ。買いすぎないようにしなくては。庭は一つしかないのだもの」
エレノア様は革財布を握って、花の列へ入っていった。
「……お祖母様、すっかり苗選びに夢中ですね」
「ええ。とても楽しそうです」
私たちは、エレノア様の姿が見える広場の中ほどまでゆっくりと並んで歩いた。花かごを抱えた人々が行き交う中、私は満開の鉢植えが並ぶ木陰で足を止め、レオン様へと向き直った。
「レオン様。一週間、待っていてくださってありがとうございます。今日、私の言葉でお返事をするとお約束しました」
レオン様が立ち止まり、緊張を滲ませた真剣な瞳で私を見下ろす。私は自分の胸に手を当て、一週間かけて確かめた本当の望みを一つずつ言葉にした。
「昨日、仕事を終えてから、あなたに話したいことがありました。今日会ったら話そうと考えていたら、少しも疲れなくて」
私は鞄の紐を握り直した。
「私、あの家も仕事も好きです。そのままで、あなたと会いたい。……小庭のことを思い出すと、そう言ってもいい気がしたのです」
「小庭で……ですか?」
「何も植わっていない花壇を、避けてくださったでしょう。まだ先の楽しみなのに、ちゃんと見てくださった。それが、嬉しかったんです」
春の風が吹き抜け、露店の花びらがふわりと揺れる。私は頬に上る熱を感じながら、はっきりと告げた。
「そんなあなたの隣でなら、私は私のままでいられます。レオン様――どうか私と、恋人としてお付き合いしてください」
一瞬、レオン様は息を呑んだように目を見張り、次の瞬間、これまで見たどんな笑顔よりも深く、温かい喜びをその表情に灯した。
「はい。……私も、仕事がない日にも会いたいと、ずっと思っていました」
レオン様が、そっと自分の右手を私の前に差し出した。
図面を押さえていたときに見つめた、職人の傷が刻まれた大きく誠実な手だ。私は迷わず自分の手を伸ばし、その掌の上に重ねた。
指が重なった。彼の掌にも汗が滲んでいて、私だけが緊張していたのではないとわかった。顔を上げると、レオン様が照れたように笑った。
その後、自分の財布から代金を払って選び抜いた花苗の籠を抱えたエレノア様と合流し、私たちは三人で町家へと帰った。
昼食を終えた午後、小庭へ出たエレノア様は、黄色いカーテンの掛かった南窓の前で花壇の前にしゃがみ込み、ご自分の手で一つずつ苗を植え始めた。淡い紫のすみれに、白い雛菊、桃色の姫撫子、そしてカーテンとお揃いの黄色い小花だ。
「ふふ、土に触れるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかったわ。……あ、クレアさん、レオン。この奥の角だけ、少し土が固まっているみたいなの。私の力だとスコップが入りにくいから、ここだけ少し土を崩すのを手伝ってくれる?」
「お任せください、お祖母様」
「私はお水を持ってきますね」
レオン様が固い土を丁寧に掘り起こし、そこへエレノア様が最後の苗を植え、私が汲んできた水をたっぷりと注ぐ。
植え終わった花を三人で数えた。最後の一苗だけは、店で見たときより小さくて、レオン様と顔を見合わせて笑った。彼の手がまた隣にあったので、私は今度は、自分から指を重ねた。
――その翌朝、月曜日のことだった。
朝食を終えたばかりの町家の郵便受けに、アシュバリー侯爵家王都邸の家令から一通の書簡が届いた。
家令の報告を受けた侯爵ご夫妻が、帰都を決めたという。昨日、領地を発つ予定で、水曜日に王都へ着き、木曜日には町家を訪ねたいそうだ。私は花壇へ目をやってから、手紙をエレノア様へ渡した。
「ヴィクトルとイザベルが、いよいよ王都へ戻ってくるのね」
手紙には、もう一枚、侯爵様の書き付けが添えられていた。
『母上のご生活について、支援の準備を進めております』
エレノア様はその一行を二度読んだ。
「準備? ……あの子には、何も頼んでいないのだけれど」




