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婚約破棄の慰謝料は、あなたのお祖母様でお願いします【連載版】  作者: 他力本願寺


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第05話 私がしていた仕事を言える?

扉を開けると、仕立ての良い外套を着たギルバート様が、苛立ちを隠そうともせずに立っていた。彼は私の顔を見るなり、顎を上げて一方的にまくし立てた。


「先週は書面一枚で使いを追い返したそうだな。いい加減にしろ、お祖母様は今日この場で屋敷へ連れて帰る。それと、先日請求してきた金貨四十枚の違約金だが、あれはもう払わんぞ。あの夜、君が慰謝料としてお祖母様を指名し、実際にこうして十日以上も同居したのだ。定額の違約金とお祖母様の転居は相殺できるはずだろう!」


 あまりにも都合の良い理屈に、私は呆れを通り越して冷ややかな息を吐いた。


 私は生活の場である居間への扉を背中で遮り、玄関脇にある小さな応接室へと彼を案内した。この家の家主として、彼をこれ以上奥へ踏み込ませるつもりはない。


「お話はこちらで伺います。四十枚の件なら、契約書の控えをお見せします」


 私は応接室へ通し、請求書を机の上に置いた。


「お祖母様の暮らしを、支払いの代わりにはできません」


「なっ……屁理屈を並べるな!」


 ギルバート様が顔を赤くして机を叩きかけたそのとき、応接室の扉が静かに開き、エレノア様が姿を現した。


「騒々しいわね、ギルバート。クレアさんの言うとおり、私は誰かに貸し出された品物ではありませんよ」


「お祖母様! ちょうどよかった、すぐに支度をしてください!」


 ギルバート様は我が意を得たりとばかりにエレノア様へ歩み寄り、わざとらしく悲痛な声色を作った。


「先週の給与はどうにか払えましたが、お祖母様がこのまま帰らなければ、来月の集計でまた使用人たちが困ることになります! それに、月末に迫った春の慈善市の手配も業者との連絡が滞って混乱しているのです。長年かわいがってきた使用人たちが途方に暮れ、侯爵家の伝統行事に泥が塗られてもいいのですか!?」


 旧邸で働く人々の顔と、長年育ててきた行事の名前を持ち出され、エレノア様の息がわずかに詰まった。


 エレノア様の右手がすっと持ち上がり、左手首に巻かれた藍糸と黄糸の小さな輪にそっと触れる。五十年間の習慣と責任感を揺さぶられ、伏せられた睫毛が小さく震えた。


 その迷いを見た瞬間、私の喉元まで『使用人を盾にして脅すのはやめてください!』という言葉がせり上がった。私は反射的に半歩前へ出かけ――そこで、自分の足を強く踏みとどめた。


 私は半歩下がり、拳を握った。爪が掌に食い込んでも、口は開かない。


 ふと、エレノア様の視線が、私の固く握られた拳へと落ちた。


 私が言葉を飲み込んで待っていることに気づいたエレノア様は、目元をほんのわずかに和らげ、手首の二色の輪からゆっくりと指を離した。


「ねえ、ギルバート」


 顔を上げたエレノア様の声は、驚くほど澄み渡っていた。


「そんなに私に屋敷へ戻ってほしいと言うのなら、一つだけ尋ねます。私がこれまであの屋敷で担っていた二つの仕事を、あなたは正確に言えるかしら?」


「は……? 仕事って、だから、使用人の帳簿を見たり、春の市の連絡をしたりといった……」


「正確な業務の名前と中身を言ってみてちょうだい。王都邸の運営を任されているあなたなら、当然把握しているはずでしょう?」


 真正面から問い詰められ、ギルバート様は「うっ……」と言葉に詰まって視線を泳がせた。結局、彼は何一つ具体的な手順を答えることができなかった。


 エレノア様は小さく嘆息し、背筋を伸ばして孫の目を見据えた。


「私が行っていたのは、『使用人の勤務簿と給与明細の照合』、そして『春の慈善市の納期工程調整』の二つだけです。日々の給与支払い自体は会計係が、現場の運用は家令がきちんと回しています。私が抜けたからといって屋敷が滅びるわけでも、使用人が路頭に迷うわけでもありません」


「で、ですが、実際にその二つが止まって困って――」


「それは、あなたが仕事の中身すら知ろうとせず、私の無償の働きを『年寄りの暇つぶし』と侮って、当然のように寄りかかっていたからよ」


 静かだが重みのある指摘に、ギルバート様はぐうの音も出ずに立ち尽くした。エレノア様は一歩も引かず、はっきりと告げた。


「私は、もう侯爵邸へは戻りません。これは誰に言わされたのでもなく、私自身の決定です」


「そんな……! お祖母様が戻らないなどと領地の父上が知ったら、一体どうなると思って――」


「そのことなら、明日、家令から領地のヴィクトルとイザベルへ正式な報告書を送る手はずになっていますよ」


 エレノア様の言葉に、ギルバート様の顔色が変わった。私も横から静かに補足する。


「家令から、私にも知らせが来ています。婚約破棄も、お祖母様のご転居も報告されるそうです」


「ち、父上に報告が……!」


「ギルバート。ヴィクトルから王都邸の日々の支出と通常雇用の権限を委任されているのは、あなた自身でしょう?」


 エレノア様は動揺する孫を真っ直ぐに見つめた。


「では、私を連れ戻す以外に、あなたができることは何?」


 ギルバート様は机に置かれた請求書を見つめた。すぐには答えなかった。


「……家令の補佐を雇う。照合を任せられる者を、一人」


「その人の給金は?」


「屋敷の経費から払う。私が承認する」


 声は低くなったが、今度は途切れなかった。


「市の準備は、業者ごとに納期を聞き直す。十日延ばせるか、家令と確認する。……それで間に合わせる」


「そう。家令と話してちょうだい。私は帰りませんよ」


 ギルバート様は頷かず、外套の襟を直した。


「四十枚も、今週中に私の口座から送る」


 それだけを絞り出すように言うと、ギルバート様は逃げるように応接室を出ていった。


 玄関の扉が閉まる音を確かめてから、私はようやく握りしめていた拳を解いた。


「ありがとう、クレアさん。今日はずっと、隣で待っていてくれたわね」


 エレノア様が私の掌を開かせた。爪の跡に指を添えられて、ようやく息がつけた。


 庭から槌音がした。


「……カーテン、片側しかできていないのだったわ」


 エレノア様は立ち上がり、居間へ戻った。私は机の請求書をしまい、その後を追った。もう片側の布を広げるために。

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