第29話 六人の席と、一鉢のお願い
「クレアさん、見てちょうだい。お茶会の当日は、まず最初に香り高いアールグレイをお出しして、次に果実の紅茶、お口直しに薄荷のお茶と温かい麦茶を用意するの。お菓子もタルトと焼き菓子と砂糖菓子の三種類を順番に焼けば、お客様に退屈させないと思うのよ」
招待状を出してから三日後の金曜日の午後。居間の卓いっぱいに広げられた三枚の大きな工程表を前に、エレノア様がペンを握って目を輝かせていた。
紙面には、前日からの仕込み時間や茶器の温め直し、さらには分刻みの給仕手順までがびっしりと書き込まれている。楽しく準備を進めておられるのは間違いなかったが、その内容はまるで、かつて王都邸で何十人もの来賓を迎えていた公式行事の進行表そのものだった。
工程表を追うエレノア様が、紅茶を飲み忘れていた。私は冷めたカップに、少し湯を足した。
「四種類だと、皆さんと一緒に飲むのは、どのお茶でしょう?」
私の問いかけに、エレノア様はペンを止め、ご自分が書いた分刻みの表を改めてじっと見下ろした。
「……あら。私、淹れるばかりになっているわ」
エレノア様は小さく吹き出し、赤鉛筆で表の項目に斜線を引いた。
窓辺に積んであった菓子型を、私と一緒に棚へ戻した。タルトの型をしまうときだけ、少し惜しそうに手を止めた。
「これは、また別の日ね」
最後に残した丸い型を卓へ置き、隣へカップを寄せた。エレノア様が椅子に座ると、型も表も置いたままで、その手がようやくお茶に伸びた。
「クレアさん、当日は私のカップも、最初からお席に出しておいてね」
「ええ。今と同じように」
冷めかけていたお茶を、二人で飲んだ。
私は棚の扉を閉じた。いつもは卓の端まで紙が広がっているのに、今日は余った場所へ肘を置ける。エレノア様はそこへ型の底を外して置き、焼き菓子を並べるところを指で辿った。
「紅茶と冷たい麦茶、それにこの型で焼くお菓子だけにしましょう。これなら、私のお茶が冷める前に座れそうね」
工程表の余白が増えたところへ、王都邸のイザベル奥様から「当日は私が早く伺って、配膳のお手伝いをいたしますわ」という親切な手紙が届いた。エレノア様はそれに目を通すと、「気持ちは嬉しいけれど、イザベルを給仕係にするための会ではないもの。手伝いを彼女の義務にはせず、当日お皿を並べる時にその場で一緒に運んでもらうだけにしましょう」と明るい声で返書を書き留めた。
翌週の火曜日の午前には、王都邸からヴィクトル侯爵様とイザベル奥様が、お茶会前のお庭の下見を兼ねて町家を訪ねてこられた。
初夏の光が降り注ぐ小庭へ出ると、お二人はすみれや雛菊が咲き誇る花壇と、芝の中央に置かれたテーブルを見て感嘆の声を上げた。
そのとき、ヴィクトル様の視線が、庭の奥の塀際に置かれたままになっている、白い小花をつけた低木の大きな鉢植えに留まった。
「母上、あの奥の鉢植えは、当日テーブルの近くに置かなくてよろしいのですか? かなり重そうですが、母上がお一人で動かそうとしては危険です。今から王都邸へ使いを走らせて、力仕事のできる常駐の使用人を二人ほど呼んで運ばせましょう」
エレノア様は息子の袖を軽く引いた。
「いいえ、ヴィクトル。屋敷の使用人を呼ぶ必要はないわ。……ねえ、ヴィクトル。使用人に命じるのではなく、あなたが私の息子として、あの一鉢だけをこのテーブルの脇へ動かしてくれる?」
「え……? わ、私が、でございますか?」
目を丸くする四十八歳の侯爵様に、エレノア様はこくりと頷いた。
「ええ。二、三歩だから。持ってみて重すぎたら、やめておきましょう」
「い、いえ! 滅相もございません、喜んで運びます!」
ヴィクトル様はすぐさま上着を脱いでイザベル奥様に預けると、シャツの袖をまくり上げ、ご自分の両手で大きな鉢をしっかりと抱え上げた。額にうっすらと汗を浮かべながら、母が指し示したテーブルの脇へと慎重に運び、静かに据え付ける。
「ありがとう、ヴィクトル。あなたが運んでくれたおかげで、お席の周りがぱっと明るくなったわ」
「……母上。私の方こそ、ありがとうございます」
ヴィクトル様は手の土を払った。
「子供の頃、花瓶を割りましたね。私が運ぼうとして」
「覚えているわ。今日は鉢を割らなくてよかった」
二人が笑うので、イザベル奥様も笑った。
エレノア様が「枝の向きはこっちがいいかしら」と鉢のそばへ寄り、手を伸ばしたそのときだった。
「あら……」
エレノア様の左手首に巻かれていた、藍糸と黄糸の二色の輪が、低木の小さな枝先に引っ掛かり、編み目の端がぷつりと少しだけほつれてしまったのだ。
「お義母様、大丈夫ですか!? まあ、大切な飾り紐が少しほつれてしまいましたわ。お隣のマルタさんに直していただきましょうか?」
心配そうに覗き込むイザベル奥様に、エレノア様はほつれた糸先を指でそっと押さえ、穏やかに首を振った。
「お気遣いありがとう、イザベル。でもね、この輪は私が自分で編んだものだから、お茶会の日までに私自身の手で繕うわ。ほつれたところを自分で直せば、またしっかり結べるもの」
それから三日後の金曜日の午後。
このところ午後に南風が強くなる。お茶会も同じ時刻なので、倒れやすい背の高い鉢は、庭へ出す数を減らした。
風よけの支柱は、レオンの事務所へ見積もりを頼み、工事として発注した。金具の固定を終えると、彼はいつもの領収書をくれた。私は仕事の書類と同じ引き出しへしまった。
マルタさんには、六枚の布の名札の縁かがりをお願いした。彼女が仕事として引き受けたいと言い、見積もりを持ってきたのだ。今度は手間賃の数字を、消さなかったそうだ。
その日の夕暮れ時、王都邸から一人の使いが訪れ、エレノア様宛ての一通の封書を届けていった。差出人の欄には、『ギルバート・アシュバリー』と記されていた。
居間の窓辺で封を切ったエレノア様が、静かに便箋へ目を通し、その後、私にも黙ってその文面を見せてくださった。
そこには、以前の彼からは考えられないほど落ち着いた、飾り気のない文字が並んでいた。
『お祖母様。水曜日、父上から、前日の下見で鉢を運んだと聞きました。嬉しそうでした。私は今まで、お祖母様に何を頼んできたのか、考え直しました』
便箋の後半には、彼が父から求められていた答えが、彼自身の言葉で正確に記されていた。
『お祖母様があの屋敷で担っておられた「使用人の勤務簿と給与明細の照合」、そして「春の慈善市の納期工程調整」という二つの業務は、働く人々の生活と屋敷の信用を守るための、決して暇つぶしなどと呼んではならない大切な仕事でした。長年ただ働きの上に胡坐をかき、お祖母様とフェルナー嬢の誇りを傷つけたことを、心よりお詫び申し上げます。屋敷へ戻ってほしいと願う手紙ではありませんし、お返事も不要です。ただ、今の私の言葉でお詫びだけを伝えたく、筆を執りました』
読み終えたエレノア様は、しばらくの間、ほつれかけた手首の二色の輪を見つめていたが、やがて手紙を丁寧に封筒へ戻し、生家から持ってきたあの大切な木の裁縫箱の奥へと静かに収めた。
裁縫箱の蓋が閉まった。私も、自分の仕事の封筒を揃えた。返事の紙は、まだ出さない。
するとその夜、私の手元にもレオンから一通の短い手紙が届いた。
『クレアへ。父から署名した書面が戻ります。工房をどう使うか決めました。火曜日の午後、二人で会っていただけますか』
私は「お待ちしています」と返事を書いた。封をする前に、もう一行だけ足した。
『仕事の話が終わっても、すぐには帰らないでください』




