第28話 図面の向こうにある、あなたの仕事
「クレア、こんにちは。工房の図面を描いてきました。先週、働く場所の話を聞いてくださったので」
火曜日の午後、レオンが図面を持ってきた。今週は図書館の仕上げが進み、今日の現場確認は他の監督と分担できたそうだ。
黄色いカーテンが初夏の明るい日差しを透かす居間の卓上に、レオンが二枚の真新しい図面を広げる。
一枚には、土間の加工台と南窓の製図板。もう一枚には、王都の事務所を残して通う道筋と、仕事の割り振りが描いてある。
製図板の脇に、小さな椅子も描かれていた。まだ人のいない部屋の線なのに、そこに座る彼の横顔を、私は思い浮かべた。
「こうして図面と動線にしてみると、頭の中だけで考えていたときよりずっと現実の形が見えてきますね」
私は添えられた試算表へ目を移した。
「この発注が決まれば、二つ借りても賄えますね。ただ、最初の月は支払いが先です。その分の用意はありますか」
私が数字と動線の裏づけを伝えると、レオンは深く頷き、図面の上の製図室と王都の事務所を交互に見つめた。
「あります。急いで大きくしすぎないよう、週二日からと父に伝えました。あちらの施主からも、今週中に返事が来ます」
レオンが顔を上げ、私の目を見る。
この机で、最初の修繕の案を見比べた。今は、彼自身が使いたい部屋の図面が、ここにある。
「この製図室で、あなたが働くところを見てみたいです。どう使うか、決まったら教えてください」
レオンが図面から顔を上げた。鉛筆を持ったまま、口元が緩んだ。
「はい。……最初に描く図面も、見てほしいです」
図面筒の下には、小さな包みもあった。彼がほどくと、短い木片を組んだ模型が現れた。
「梁の接ぎ方を、先に確かめていました。これなら、今の机にも載ります」
私が横から覗くと、鉛筆で印がついていた。切り口を一つずつ削り直したらしい。大きな図面の線の先で、この人は実際の木に触れている。
「見積書を読んだだけでは、わからないところですね」
「数字を読むときのクレアと同じです。ここだけ違う、と気になると、戻ってしまう」
木片を合わせる指へ目が引かれた。最初にこの家へ来たとき、その指には、小さな傷がいくつもあった。
「手、見せてください」
彼が掌を上にすると、新しい傷に布が巻いてあった。大したものではないと言うので、私は返事をしないまま、布の浮いた端を押さえた。
「大したものではなくても、気になります」
彼は少し笑い、私の手が離れるまで木片を取らなかった。図面へ目を戻すと、南向きの製図室が、さっきより明るい部屋に思えた。
私たちが図面を片付けたところで、居間の窓辺の机に向かっていたエレノア様が、「私の招待状も、ちょうど四通書き上がったわよ」と嬉しそうに顔を上げた。
先週の木曜日、『今度は自分の好きな人を小さな庭に招いてお茶会を開きたい』とご自分で発案されたエレノア様は、今日のために上質なクリーム色の便箋を用意し、一文字ずつ丁寧な自筆で招待状を書いておられたのだ。
卓の上に並べられた四通の封筒には、『レオン様』『マルタ様』『ヴィクトル様』『イザベル様』と、四人の名前が並んでいる。
「書けたわ。皆さん、来てくださるかしら」
エレノア様は封筒の宛名を指先でなぞりながら、穏やかな声で言った。
「ギルバートは、今度は招かないわ。今は、ここに書いた人たちとお茶を飲みたいの」
レオンは自分の宛名を見て、少し笑った。私は封筒から窓の外へ目を移し、小庭を指さして言った。
「エレノア様、椅子は一階の四脚に、二階から二脚下ろせば揃いますね。テーブルを置くところも、見ておきましょう」
私は窓から小庭の敷石を見下ろして続けた。
「テーブルは平らなところへ置きましょう。花壇へ行く道は、空けておきたいですね」
「ありがとう、クレアさん。それなら、お庭のすみれもよく見えるわね」
エレノア様はレオンへ、最初の招待状を手渡した。
「では最初のお客様、レオン。再来週の土曜日あたりで、都合の良い日を教えてちょうだい」
「謹んでお受けいたします、お祖母様。再来週の土曜日なら、図書館の工事も完了しており、終日予定を空けられます」
午後、私はエレノア様と隣の離れへ行き、マルタさんが招待状を受け取るところを見た。針を置いた彼女は、宛名を指でなぞり、土曜日は空けておくと笑った。
さらに、街の使いに託して王都邸のヴィクトル侯爵様とイザベル奥様へ届けた残り二通の招待状にも、夕暮れ前には折り返し丁寧な返書が届いた。お二人とも再来週の土曜日にはすべての公務を空けて、一人の客として喜んで伺いたいという弾んだ文面だった。
「やったわ、クレアさん! 皆さん来てくださるのね。再来週の土曜日に決まったわ!」
招待客全員から出席の返事が揃い、初夏の風薫るお茶会の日取りが決まったその夜のことだった。
夕食の片付けを終えた私が二階へ上がろうとすると、居間の卓にランプを引き寄せたエレノア様が、何やら大きな罫線紙を何枚も広げ、定規とペンを手に真剣な顔で線を引いておられた。
「あの、エレノア様……? それは何を書いておられるのですか?」
「もちろん、お茶会の準備の工程表よ! 当日までの買い出しの日程から、茶葉の蒸らし時間、お菓子の焼き上がりの分刻みの手順まで、抜かりなく一覧にしておかなければね」
私は紙に目を落とした。お茶を淹れる時刻、菓子を出す時刻、湯を沸かし直す時刻。その間のどこにも、エレノア様が椅子に座る時間はなかった。




