第27話 二人で決める、三人の暮らし
「クレア、お待たせいたしました。月曜日にお約束したとおり、現在の事務所と隣町の工房の利用条件、そして私の現場日数を整理した紙を持って参りました」
「ありがとうございます、レオン。私もこの三日間で、自分の仕事の日程と収入、そしてこの町家についての希望を紙にまとめておきました。では――せえので交換いたしましょうか」
木曜日の夕方、私たちは同時に紙を出し合った。受け取った紙の一行目には「仕事を広げたい」、私の紙には「町家で暮らしたい」とある。
私はレオンから受け取った紙面に目を落とし、レオンもまた、私の書いた紙を真剣な眼差しで読み始めた。
私の紙には、仕事の日程と収入の見込み、それに町家を自分の所有のまま守りたいという希望を書いた。最後の一行は、一度消しかけた跡が薄く残っている。
『日曜以外にも、あなたと会いたいです』
レオンがそこまで読み終えるのを待つ間、私は彼の紙を、同じところばかり読んでいた。
一方、レオンの紙には、建築監督らしい整然とした文字で二つの案が比較されていた。
工房へすべて移す案と、王都の事務所を残して週数日だけ借りる案。費用と移動時間を並べ、その下に受けたい仕事が記してある。どちらの欄も、空白のままではなかった。
「……こうして数字で並べてみると、よく分かりますね」
私が紙から顔を上げると、レオンも私の書いた日程表を見つめながら深く頷いた。
「王都を残す案も、試算では成り立ちます。ただ、使用料の細かな条件と、新しい仕事の発注がまだ決まっていません。そこを確かめてから、父に返事をします」
レオンは二つの案を書いた紙を手元へ引き寄せ、落ち着いた声で言った。
「ここに、日曜以外にも会いたいと書いてありますね」
私が頷くと、彼はその行を指でなぞった。
「私も同じです。だから、王都を残す案を、ちゃんと仕事として成り立つようにしたい」
「……そこは、一度消しかけたんです」
私が言うと、レオンは紙を少し光へ傾けた。
「見えます。月曜日に、言ってくださったのに」
「口で言うのと、残るものに書くのは違うでしょう」
「では、残してもいいですか。この紙を」
彼の指は、費用の欄ではなく、最後の一行に触れていた。私は頷き、膝に置いていた手を卓へ戻した。レオンも私を見てから、紙を丁寧に折った。
「仕事が早く終わった日に、あなたの家へ行けると思うと、その日が楽しみです」
「私も。だから、空いている日は、そのまま書きました」
レオンは小さく笑った。私は彼の紙の、一行目に目を戻した。仕事を広げたい。あの夜、ようやく聞けた望みが、今度は迷わず書かれている。
「こちらも、持っていていいですか」
「はい。まだ、書き足すところはありますが」
「そのときは、見せてください」
折り目をつける前に、もう一度だけ読んだ。彼が確かめる条件はまだある。それでも、会いたいと書いてよかった。向かいのレオンも私の紙を開き直していたので、目が合って、二人とも笑った。
一階の奥からエレノア様が盆を持ってこられた。
「お話の区切りはついたかしら? 新しい紅茶を淹れたわよ」
私は慌てて紙を端へ寄せた。仕事の確認は、少し前に終わっていた。
エレノア様にお茶のお礼を言って、私は席を勧めた。
「まだ先の話ですが、もし私とレオンが一緒に暮らすなら、この家でと考えています。エレノア様も、こちらに住み続けたいと思われますか」
するとエレノア様は、茶碗を置いてにっこりと微笑んだ。
「ええ。私はこの部屋と庭が好きよ。ただ、レオンが増えたら、暖炉の前の椅子が一つ足りないわね」
「ありがとうございます、お祖母様」
レオンが穏やかに頷き、自分の言葉で明確に付け加えた。
「そのときは、私が椅子を持ってきます。今は自分の事務所で使っていますが」
「では、暮らしが決まったら、費用の分け方も話しましょう。今の二人分のままにはできませんから」
私がそう言うと、エレノア様は「ええ。レオンの好きな食べ物も、聞いておかなくてはね」と嬉しそうに声を上げて笑った。
私は卓の上に並んだ二枚の希望の紙を見つめ、向かいに座るレオンと視線を交わした。
机の上には紙が二枚、カップが三つ。彼の椅子が増えるという話に、私はまだ慣れず、今も空いている窓辺へ目をやった。
紅茶の香りの中で心地よい静けさが流れたあと、エレノア様がふと立ち上がり、黄色いカーテンが掛かる南向きの窓辺へと歩み寄った。
窓の向こうの小庭では、春の花市で植えたすみれや雛菊が青々とした葉を広げ、初夏の光を浴びて揺れている。先日、私が隣町へ出張していた土曜日に、エレノア様がマルタさんに頼んで一緒に動かした丸い素焼きの植木鉢も、花壇の脇ですっかり馴染んでいた。
「ねえ、クレアさん、レオン。あなたたちが自分の言葉でこれからの暮らしを決めていくのを見ていたら、私にも一つ、やってみたいことが浮かんだわ」
振り返ったエレノア様の瞳は、少女のようにきらきらと輝いていた。
「王都邸の春の慈善市には、私は行かなかったでしょう? あの大きな催しをヴィクトルたちに任せたことに後悔はないけれど……今度はね、侯爵家の行事としてではなく、私自身が楽しむために、私の好きな人たちだけをこの小さな庭に招いて、お茶会を開きたいの」
「まあ……! エレノア様ご自身のお茶会ですか!」
「ええ。誰かに命じられたお付き合いではなく、私が自分で選んだお花を囲んで、私がお茶を淹れておしゃべりをする会よ」
エレノア様は早速、自分の裁縫箱のそばから小さなメモ用紙とペンを取り出すと、居間の卓に戻ってさらさらと名前を書き留め始めた。
「招きたいお客様はね、もう決まっているの。まずは建築監督のレオンでしょう? それからお隣の友人のマルタさん。そして……一人の客としておいでと言った、息子のヴィクトルとイザベルの二人よ。あなたと私を合わせて、全部で六人だけのお茶会ね」
エレノア様は並んだ名前を確かめ、自分の名前の下にも一本線を引いた。
「私も、ちゃんと席についていたいのよ」
それから裁縫箱の下を探し、まだ使っていない便箋を取り出した。




