第10話 元婚約者の従兄と、今は恋人です
「クレア様、お祖母様、おはようございます。先ほど王都邸の伯父上にも私から使いを出し、本日の話し合いには私自身の意思で同席すると伝えて参りました」
土曜日の午前、約束の時刻より三十分も早く、深い紺色の上着を整えたレオン様が私の町家へ到着した。
王都中央の住居兼事務所から、ここまでは馬車で二十五分ほど。レオン様は外套を脱ぐと、私の椅子の隣に自分の椅子を置いた。
「ありがとうございます。昨夜は、手紙を何度も読み返しました」
「当然のことです。二人の交際についてお話しするのに、クレア様お一人に役目を負わせるわけにはいきませんから」
レオン様は穏やかに微笑むと、居間の卓の周りに椅子を並べ、入り口に正対する位置に私と自分の席を隣り合わせで整えた。
やがて定刻になり、ヴィクトル侯爵様とイザベル奥様が町家を訪れた。黄色いカーテンが春の光を透かす居間で、エレノア様を交えた五人が卓を囲むと、室内には自然と引き締まった空気が流れた。
お茶が配られたあと、最初に背筋を伸ばして口を開いたのは、私の隣に座るレオン様だった。
「ヴィクトル伯父上、イザベル伯母上。本日はお時間をいただきありがとうございます。昨日、伯母上からクレア様へお尋ねがあった件について、まず私自身の口からご報告いたします」
「先週の花市で、クレア様と交際を始めました。修繕を終えたあと、私から申し込みました」
明快で迷いのない報告に、ヴィクトル様とイザベル奥様は顔を見合わせた。
イザベル奥様が膝の上で指先を組み合わせ、困惑を滲ませた声で口を開く。
「レオン、あなたたちが後ろ暗いことをしていないのは分かります。ただ、私どもが案じているのは世間の目と対外的な噂なのです。ギルバートとの婚約が解消されてから、まだひと月余りです。そんな時期に元婚約者の従兄であるあなたが隣に立てば、侯爵家が体面を繕うために急いで分家のあなたを身代わりの婚約者に据えたのだとか、あるいは本家への当てつけではないかと、心ない噂を立てられるのではないかしら」
ヴィクトル様も低く頷き、甥の顔を見つめた。
「そうだ。お前まで侯爵家の騒動の穴埋め役のように見られては、お前の仕事にも、フェルナー嬢の名誉にも傷がつきかねない」
親族としての懸念を受け止め、レオン様は静かに、けれど揺るぎない声で答えた。
「伯父上。私は、クレア様に好きだと申し上げたのです。ギルバートの代わりになれと、言われたのではありません」
レオン様はそこで一度言葉を区切り、隣にいる私へと温かい眼差しを向けた。
「仕事先で聞かれたときにも、私からそう答えます」
その言葉を受け、私もヴィクトル様とイザベル奥様に向き直った。
「侯爵様、奥様。私からもお伝えさせてください。私がレオン様とお付き合いを始めたのは、過去の婚約に対する当てつけでも、寂しさを埋めるためでもございません」
「以前の婚約は終わっています。今は、レオン様と会うのを楽しみにしています。……代わりなら、こんなふうには思いません」
居間の空気がすっと澄み渡り、正面に座っていたエレノア様が「ええ、本当にそのとおりよ」と嬉しそうに目を細めた。
「花市で二人を見たわ。私は苗を買うのに忙しくて、何も手伝っていないのよ」
母の言葉と、私たちの揺るぎない態度を前にして、ヴィクトル様は深く頷いて肩の力を抜いた。
「……わかった。私どもが決めた交際ではないと、家の者にも伝えておこう」
「まあ……本当に、二人ともしっかり自分の言葉を持っているのね」
イザベル奥様も、ようやく張り詰めていた表情を和らげて小さく微笑んだ。
レオン様と目が合った。二人とも、そこでようやく肩を下ろした。カップはすっかり冷めていたが、私は一口飲んだ。
やがて話がまとまり、ヴィクトル様たちが帰りの支度のために席を立ったときだった。
イザベル奥様が居間の入り口で足を止め、黄色いカーテンの前に立つエレノア様へと意を決したように向き直った。
「あの……お義母様。住まいのことも、お二人の交際のことも、今日ですっかり納得いたしました。その上で、今度は私個人のことで……ひとつお願いがございます」
イザベル奥様は胸元にそっと手を当て、真剣な声で言った。
「週明けの月曜日、私一人でこの町家へ伺ってもよろしいでしょうか。ヴィクトルや他の誰かを交えず、お義母様と一対一でお話しするお時間をいただきたいのです」
イザベル奥様は私たちの返事を待つ間も、エレノア様だけを見ていた。
「ええ、もちろんよ、イザベル。月曜日の午後、美味しいお茶を淹れて待っているわね」
玄関で、イザベル奥様が小さく言った。
「月曜日は、書類を置いてくるつもりでしたのに。やはり、持って伺わなくては」
何の書類か尋ねる前に、お二人は馬車へ乗った。
居間へ戻ると、レオン様が冷めたカップを両手で持っていた。
「緊張したのですね」
「はい。何を言われても話すつもりでしたが、いざとなると」
私はカップを受け取り、温かいお茶を足した。彼が常に落ち着いていたのではないと知ると、こちらの緊張もやっとほどけた。
「私も、代わりではないと言うとき、声が少し変わりました」
「聞こえました。……嬉しかったです」
彼が顔を上げたので、私は次のカップへお茶を注ぐふりをした。家族の前で話すより、こうして目を見て言われるほうが難しい。




