第7話:キラキラ聖女カノン、爆誕!
大通りを埋め尽くした民衆の歓声は、まるで地響きのようだった。
路地裏の薄暗がりから身を乗り出し、俺は中央広場へと続くメインストリートを見つめていた。
天から降り注ぐ金色の光の粒子が、白亜の街並みを淡く照らし出している。
その光の中心を進んでくるのは、白銀の彫刻が施された巨大なオープン馬車だった。
馬車の上に立っていたのは、一人の少女だ。
ふわりと波打つ蜂蜜色のブロンドヘアに、慈愛と活気に満ちた琥珀色の瞳。
純白の生地に豪奢な金糸の刺繍が施された修道服をまとい、その背後には――冗談ではなく本物の、直径二メートルはあろうかという黄金の「光輪」がくっきりと浮かび上がっていた。
見ているだけで視神経を焼き尽くしそうなほどの神聖オーラ。
彼女こそが、このアストリア王国で絶大な人気を誇る公式インフルエンサー、『光輪の導師カノン』その人であった。
「皆さん、ごきげんよう! 今日も元気に生きていますかーっ!?」
カノンが鈴の鳴るような美声で呼びかけると、広場を埋め尽くした群衆から割れんばかりの歓声が上がった。
老若男女が手を振り、涙を流し、その場に平伏して祈りを捧げている。
もはや宗教というよりは、国民的トップアイドルのスタジアムライブだ。
「朝の肌寒い空気も、額を濡らす汗も、ぜーんぶ私たちがこの素晴らしい世界で生きている証拠です! 昨日つらいことがあった人も、明日が不安な人も、深呼吸してみてください! ほら、胸がどきどき鳴っているでしょう? それこそが、神様が私たちにくださった最高にエモい奇跡なんですよ!」
満面の笑みで両手を広げるカノン。
民衆は「うおおおおっ!」「カノン様ぁぁぁーっ!」と熱狂し、広場全体のボルテージは最高潮に達していた。
隣で同じく両手を合わせて拝んでいた見習いシスター・セシリアが、眼鏡の奥の目を輝かせて俺を振り返る。
「ご覧ください、聖者様! あれが大陸中の魂を照らす希望の光、カノン様です! 生きることの尊さをあそこまで清らかに、熱狂的に説けるお方は世界中どこを探してもいらっしゃいません!」
「……そうか」
俺は腕を組み、冷ややかな視線を馬車の上へと向けた。
生きていることこそが最高のエモい奇跡、ねえ。
口先ではなんとでも言える。
ブラック企業の朝礼で、社長が「厳しいノルマも仲間と乗り越えれば人生の尊い経験だ!」と熱弁していた光景が脳裏をよぎり、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
現世の苦痛を「エモさ」という謎のバズワードで美化し、ユーザーをサーバーに繋ぎ止めるための露骨なプロパガンダだ。
その時、群衆の前に進み出た数人の病人が、杖をつきながら馬車に向かって懇願の声を上げた。
「導師様……どうか、この足の痛みを……!」
「我が子の熱を下げてください……!」
「ええ、もちろんよ! 痛かったわね、苦しかったわね。でも、もう大丈夫!」
カノンは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、優雅に両手を天へと掲げた。
背後の光輪がひときわ強く輝き、彼女の背から無数の淡い光の腕が扇状に展開された。
「――【千光慈救掌】!」
無数の光の掌が、広場の群衆へと一斉に降り注いだ。
光に触れた瞬間、老人の曲がった腰が伸び、熱病に倒れていた子供が跳ね起き、切り傷を負った戦士の傷口が瞬時に塞がっていく。
広場中が奇跡の光に包まれ、泣き崩れる人々の感謝の声がこだました。
「す、素晴らしい……! 一度に数百人もの苦痛を同時に癒やす神技……!」
セシリアが感涙にむせんでいる。
だが、俺の目はごまかせなかった。
(……雑だな)
俺は小さく鼻を鳴らした。
千光慈救掌。
一見すると超絶技巧の奇跡に見えるが、本質は単なる「広域自動リプライマクロ」だ。
個々の患者のバイタルログやエラーコードを精査することなく、対象全員へ一律にハイポーション相当のパッチをばら撒いているだけにすぎない。
しかも、あんな無駄に派手な光のエフェクトを付与しているせいで、周囲の魔力回線が無駄に圧迫されている。
インフラ担当者が見たら胃潰瘍で倒れるレベルの雑な並列タスク処理だ。
(運営公認の特権アカウントだからって、リソースを湯水のように浪費しやがって……。関わるとろくなことがない。今のうちに離脱しよう)
俺は興味を失い、踵を返して路地裏の奥へと引き返そうとした。
だが――。
「――あれ?」
広場に響く美声が、ふと途切れた。
ざわり、と群衆がどよめく。
異変を感じて足を止めた俺は、恐る恐る振り返った。
大通りの馬車の上で、カノンが首を傾げていた。
何万人もの熱狂的な信徒たちが手を振り、叫び、涙を流して自分を崇めている中で――ただ一人。
腕を組み、死んだ魚のような冷淡な目を向け、興味なさそうに背を向けて立ち去ろうとしているボロ布姿の男。
そう、俺である。
(……おい嘘だろ。なんで何千人もいる中で、一番端っこの路地裏の俺に目が留まるんだ)
背筋を冷たい汗が伝った。
カノンの琥珀色の瞳が、獲物を捉えた鷹のようにカッと見開かれる。
「あの方……!」
カノンはふわりと馬車の手すりを乗り越え、軽やかな身のこなしで地上へと飛び降りた。
背後の護衛騎士たちが「カノン様!?」「危険です!」と狼狽して制止しようとするが、彼女は聞く耳を持たない。
群衆をかき分け、光の軌跡を引き連れながら、すたすたと一直線に路地裏へと歩み寄ってくる。
「ひっ……!」
隣のセシリアが息を呑み、直立不動で震え上がった。
俺は即座にダッシュで逃亡を図ろうとしたが、あっという間に距離を詰められ、路地の出口を塞がれてしまった。
目の前に立つ、現世のトップインフルエンサー。
近くで見ると、漂ってくる高価な香水の香りと、背後の光輪の発熱で目が痛い。
カノンは俺の顔をじっと覗き込み、眉を八の字にして悲しそうに両手を胸元に当てた。
「見つけたわ……」
「……あ?」
「こんな街の片隅に……とびきり重症の、生きる気力を失ってしまった迷い子さん!」
確信に満ちた、悪意ゼロの善意百パーセントの笑顔。
その瞬間、俺の直感がけたたましい警報を鳴らした。
まずい。
この女、ボルドやセシリアを遥かに凌駕する、正真正銘の「特級呪物」だ。
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### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:535.00 pt
- **本話の増減**:±0.00 pt(観察・遭遇のみのためシステム上の変動なし)
- **終了残高**:535.00 pt
- **現在の魂ランク**:平民上位(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 535.00 pt の減算が必要)
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