第4話:頼むから祈るな、徳の不正送金だ!
「やめろおおおおおお! 感謝するな! 祈るな! 徳の不正送金だぞ警察呼ぶぞおおおおおお!!」
どこまでも青く澄み渡る異世界の空の下、俺――レイの絶叫が木霊した。
だが、大地の土に額をめり込ませている巨漢の盗賊ボルドには、俺の悲痛な叫びなど一ミリも届いていなかった。
それどころか、男は滝のような涙を流しながら、両手を胸の前でがっちりと組み、激しく合掌を繰り返している。
「おおお……っ! なんという慈悲、なんという至高の愛……! 盗賊として生き、数々の罪を重ねてきたこの薄汚いボルドに、無償の霊薬と全財産をお恵みくださるなんて……! 聖者様、俺は今、己の愚かさに魂の底から打ちのめされておりますうううっ!!」
ピコン、ピコン、ピコンッ!
視界の真ん中に、けたたましい電子アラートが連打される。
『警告:対象【ボルド】からの強烈な信仰波を受信中』
『パッシブ機能:信仰徳自動受取ルーチンが作動しました』
『信仰徳+5.00 pt をチャージ完了』
『信仰徳+5.00 pt をチャージ完了……』
「ぎゃああああっ!? チャリンチャリン音を立てて口座残高が増えていくううう! ストップ! 通信切断! Wi-Fiを切れえええ!!」
俺は頭を抱えてのたうち回った。
冗談じゃない。俺の唯一無二の目標は、カルマ残高をきっちり『0.00 pt』に保ったまま、大陸西の果てにある解約窓口へ到達することだ。
残高がゼロでなければ、利用規約第4条に基づくアカウントの完全消去――完全ログアウト(解脱)がエラーで却下されてしまうのだ。
それなのに、なんだこの野良送金テロは!
知らないおっさんから口座へ見知らぬポイントが秒単位で不正チャージされている。現代日本ならマネーロンダリングの疑いで口座凍結されるレベルの異常事態だ!
「おい起きろ筋肉ダルマ! 合掌を解け!」
俺はボルドの肩を掴んで揺さぶったが、元社畜のひ弱な腕力ではビクともしない。
焦った俺は、反射的にボルドの分厚い背中を、革靴の爪先でドカッと蹴り飛ばした。
「痛覚刺激で正気に戻れ! 早くどこかへ消え失せろ!!」
よし、他者への加害行為だ。
これで悪業ポイントが計上され、強制チャージされた徳と相殺されるはず――!
だが、背中を蹴られたボルドは、痛みに悶えるどころか頬を朱に染め、恍惚の表情を浮かべた。
「これです……! 罪人を正しい道へと引き戻す【愛の戒律】……! 言葉だけでなく、痛みを以て我が悪業を祓ってくださるのですね聖者様ぁぁっ! どうかもっと踏んでください! 骨が折れるまで踏み躙ってくださいいいいっ!!」
「き、気持ち悪っっっ!?」
俺は全身に鳥肌を立てて飛び退いた。
駄目だ、こいつ完全にキマっている。思考回路が狂信者特有のポジティブ変換マクロで汚染されている!
悪意で蹴ったのに「愛のムチ」として受領されたら、加害判定すら美談に化けてしまうではないか!
そして、無情にもその懸念は的中した。
ピロリロリロリロ〜〜〜ン♪
『特大実績解除:【悪漢の完全改心(大乗の導き)】!』
『凶悪な盗賊の魂を抜本的に更生させ、正しき人倫の道へと導きました』
『ボーナス功徳:【信仰徳+500.00 pt】が一括計上されました!』
現在のカルマ口座残高:515.00 pt
契約ステータス:第87演算統合世界アストリア・平民上位(中産階級確定枠)
「ご、ごひゃく……!?」
俺の口から、魂の抜けたような掠れ声が漏れ出た。
ごひゃくポイント。さっきまで「15.00」で青ざめていた残高が一瞬で「515.00」へと跳ね上がった。
三桁だ。完全に三桁の大台に乗ってしまった。
ステータス欄を見ると、『平民上位(中産階級確定枠)』という文字列が燦然と輝いている。
「ふざけんな……! なんで転生してわずか数時間で、来世で小金持ちの豪農に生まれ変わるフラグが確定してんだよ!!」
俺が望んでいるのは、来世のランクアップじゃない。
豪農にも貴族にもなりたくない。俺はただ、ゲームそのものを辞めさせろと言っているのだ!
残高515pt。この数字をゼロに戻すのがどれほど絶望的か、前世で法務・契約管理をしていた俺には嫌というほど理解できた。
ポイントを「端数を出さずに0.00でピッタリ使い切る」のは至難の業なのだ。
「あ、あの……聖者様?」
俺が頭を抱えていると、ボルドが恐る恐る顔を上げてきた。
その瞳には、まるで生まれたての雛鳥のような純真な光が宿っていた。
「俺、決めました。今日限りで盗賊から足を洗います。このナイフを捨て、荒れ地を耕して畑を作ります」
「……あ、そう。勝手にしろ」
「はい! そして、そこで獲れた新鮮な野菜を毎日聖者様へ捧げ、朝な夕なに聖者様の無病息災を祈り続けます!」
「やめろおおおおおお!!」
俺は絶叫しながらボルドの胸ぐらを掴んだ。
「祈るなと言っただろ! お前が朝晩祈ったら、そのたびに俺の口座に徳が振り込まれるんだよ! 不労功徳で口座がパンクするだろうが! 頼むから俺を憎め! 呪え! 『あのクソ野郎の水をぶっかけられたせいで商売あがったりだ』って怨嗟の声を上げろ!!」
「ハハハ……ご冗談を。自らを悪者にしてまで、俺の罪悪感を減らそうとしてくださるのですね。どこまでも深き御慈悲、骨身に染みます……」
ボルドはぽろぽろと涙を流しながら、再び深々と合掌した。
視界の隅で『信仰徳+1.00 pt』が静かに計上される。
駄目だ。話が通じない。
この男の頭の中では、俺のどんな罵倒も「ありがたい説法」として処理されてしまう。
「……もういい。俺は行く」
これ以上ここに留まっていたら、毎秒カルマがチャージされ続けて取り返しのつかないことになる。
俺はワイシャツの袖をまくると、踵を返して街道を西へ歩き始めた。
「あっ、聖者様! どちらへ行かれるのですか!?」
「ついてくるな! 半径百メートル以内に近づいたら利用規約第8条の接近禁止命令を申請するぞ!」
俺は全力で早足になり、ボルドを突き放した。
ボルドは「聖なる御方の旅路を邪魔してはならない」と勝手に解釈したようで、その場に留まり、豆粒のような大きさになるまで手を振り続けていた。
一人になり、ようやく静寂を取り戻した街道。
だが、俺の心境は絶望の極みにあった。
「残高、515.00 pt……」
ステータス画面の数値を睨みつけ、俺は深くため息を吐き出した。
開幕わずか数時間で、目標値のゼロから500ポイント以上もオーバーしてしまった。
このままでは、また道端で不可抗力の人助けをしてポイントが増えてしまう危険性がある。
「……残高調整が必要だ」
俺は足を止め、顎に手を当てて冷徹に思考を巡らせた。
増えすぎてしまった資産を相殺するにはどうすればいいか?
答えは簡単だ。**「マイナスカルマ(負債)」**を意図的に計上すればいい。
つまり、悪行だ。
他人に迷惑をかけ、マナーを破り、軽微な罪を犯して悪業スコアをコツコツ稼ぐ。
そうすれば、プラス515ptの口座残高を、少しずつゼロに向けて削り落とせるはずだ。
「よし。次の街へ行こう」
街道の先に見える、石造りの城壁と教会の尖塔。
王都近郊の街「サンクトゥス」だ。
「待ってろよクソシステム。街に着いたら、ゴミのポイ捨てから無銭飲食まで、ありとあらゆる迷惑行為を働いて、残高を綺麗サッパリ削り落としてやるからな……!」
カルマを減らすための「完全合法な悪事計画」を胸に、元社畜は決意を込めて街の門へと足を踏み入れたのだった。
――もっとも、その悪巧みがさらなる特大の美談に化けるとは、この時のレイは知る由もなかった。
---
### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:15.00 pt
- **本話の増減**:信仰徳(悪人の改心ボーナス)+500.00 pt
- **終了残高**:515.00 pt
- **判定ステータス**:平民上位(中産階級確定枠)
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ページ下部の
・【★★★★★】での評価
・ブックマーク登録
で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




