第2話:強制ログインと「残高ゼロ」計画
ズゥゥゥン……!
大地を揺るがす轟音と共に、もうもうとした土煙が舞い上がった。
クレーターの真ん中で、相良零は仰向けになって大の字に倒れていた。
上空数千メートルからの自由落下。普通ならミンチ肉のトマトソースと化して即死、二度目の人生も秒速で契約終了しているはずの衝撃である。
だが。
「……痛え。けど、生きてる」
零はおそるおそる自分の両手を見つめた。骨の一本も折れていない。
全身の関節が軋むような不快感はあるものの、五体満足でピンピンしている。
視界の隅に、半透明の赤い文字でウィンドウが点滅していた。
『致命的落下ダメージを検知しました』
『パッシブスキル【不滅の契約(超根性)】が発動:HPが1で食いしばられました』
『自動治癒ルーチンを実行中……全ステータスを即時通常復帰させました』
「チッ……あのブラック女神め、本当に嫌がらせスキルを押し付けやがったな」
零は砂埃を払いながら、忌々しそうに立ち上がった。
【不滅の契約】。名前だけ見れば、どんな即死攻撃からも生き残る夢のような防御チートだ。
だが、契約法務を本職としていた零には、そのスキルの本質が痛いほどよく分かっていた。
これは守護ではない。**「死ぬ自由を奪い、強制的に労働可能な状態を維持させる悪質な労務管理システム」**だ。
自決や事故死といった「不正なプロセスキル」を封じることで、ユーザーを意地でもサーバー内に留まらせるための手錠に他ならない。
「死んで解約する裏ワザ(デスルーラ)は塞がれたってわけか」
零は小さく溜息をつき、頭上の空を見上げた。
雲ひとつない抜けるような青空。遠くには雄大な山脈と、生い茂る原生林。
中世ヨーロッパ風の、どこにでもある王道ハイファンタジーの美しい風景――に見える。
だが、目を凝らして地平線の端を注視すると、薄っすらと半透明の格子状の境界線(グリッド線)が見え隠れしていた。
さらに、足元に咲く可憐な青い花を摘み取ってみると、茎の断面がわずかに角ばっており、テクスチャの解像度が粗い。
「やっぱりな。外装だけ中世ファンタジー風に張り替えただけの、典型的な量産型MMOサーバーだ」
零は冷めた目で分析を終えると、空中に向かって指をスワイプした。
前世のネトゲ知識に従い、メニューコマンドを呼び出す。
ポロン、と軽快な電子音が鳴り、網膜にステータス画面が展開された。
名前:レイ(相良零)
種族:人間
職業:無職
レベル:1
HP:100 / 100
MP:10 / 10
所持金:0 G
所持スキル:
・【不滅の契約(超根性)】(パッシブ・解除不可)
カルマ口座残高:0.00 pt
契約ステータス:第87演算統合世界アストリア・標準プラン
「……プレイヤー名の登録はカタカナで『レイ』か。まあ、この世界で漢字の相良零を通すのも面倒だしな。これからはレイでいくか」
レイはカルマ口座の数値を見て、小さく安堵の息を漏らした。
ここが最も重要なポイントだった。
アラヤとの押し問答で確認した通り、この世界の魂はすべて「カルマ」という名のゲーム内通貨で管理されている。
良い行いをすれば「徳」が貯まり、悪い行いをすれば「悪業」が貯まる。
そして、一般的な宗教やゲームでは「徳をたくさん貯めて良い来世に行こう!」と煽ってくるが、それは終わりのない課金ポイ活ループに過ぎない。
徳をいくら貯めたところで、行けるのは「天界」という高額サブスクVIPラウンジ止まり。
そこでポイントを使い果たせば、また記憶を消されて下層世界へ再転生させられるのだ。
「俺が目指すべきは、ポイント稼ぎじゃない。『口座そのものの解約』だ」
レイは規約のヘルプページを細かくスクロールし、解約条件の条文を探し出した。
『利用規約 第4条(アカウントの完全消去要件)』
魂の完全解脱を希望する者は、以下の要件を満たさなければならない。
一、カルマ残高が完全なる「±0.00 pt」であること。
二、大陸西の最果てに位置する【虚無の果ての断絶門】へ自らの意志で到達し、解約申請を行うこと。
「あった……! これだ!」
レイの瞳に、知的な光が宿る。
ゴールは極めてシンプルだった。
カルマ残高を「0.00」に保ったまま、西の果てにある解約窓口へ行けばいい。
「問題は、道中で勝手にカルマを動かされないことだな」
カルマが増えても減ってもダメなのだ。
誰かを助けて「ありがとう」と感謝されれば、勝手に徳ポイントが振り込まれて残高がプラスになってしまう。
逆に、空腹に耐えかねて盗みや暴力などの犯罪に手を染めれば、悪業スコアが計上されて残高がマイナスになり、地獄行きのリスクが生じる。
プラスもダメ、マイナスもダメ。
徹底的に、**「誰とも関わらず、何も消費せず、プラスマイナスゼロの絶対零度を維持する」**。
「よし。方針は決まった」
レイは身につけていた現代日本のスーツのネクタイを緩め、ジャケットを脱いだ。
これから目指すべきライフスタイルは、極限のミニマリズム――仏教でいうところの「出家」だ。
物は持たない。金も稼がない。家も建てない。人間関係も作らない。
野生の草と湧き水で最低限の生命活動だけを維持し、世界の分散演算システムに一切の負荷をかけない「超エコ走行」で西へ歩く。
「女神アラヤめ、今に見ていろよ。お前たちの不当なリテンション施策を完全に論破して、正規の手続きでアンインストールしてやるからな」
決意を固めたレイは、街道沿いの大きな樫の木を見つけ、その日陰に腰を下ろした。
無駄なカロリー消費を抑えるため、即座に目を閉じ、呼吸を整えて「省エネ待機モード(座禅)」へと移行する。
静寂が支配する草原。
そよぐ風、鳥のさえずり。すべてが完璧なログアウト計画の第一歩――になるはずだった。
ガサリ、と。
木陰の茂みが揺れ、低く濁った男の声が、レイの耳朶を打った。
「ヘッヘッヘ……おいおい兄ちゃん。昼間っからずいぶん無防備に寝ぼけてんじゃねえか?」
レイがおもむろに目を開けると、そこには、ギラギラとした下品な笑みを浮かべ、錆びたナイフの切っ先を突きつけてくる、薄汚い男の姿があった。
――世界というクソゲーは、そう簡単にレイを休ませてはくれないようだった。
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### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:0.00 pt
- **本話の増減**:なし(±0.00 pt)
- **終了残高**:0.00 pt
- **判定ステータス**:省エネ待機モード(解約窓口探索中)
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