第15話:戦慄の据え置きカルマ8000万pt
「え? 刻印……? そんなもん、ただの装飾の傷だろ?」
レオンは怪訝そうに眉をひそめながらも、背中の巨大な聖剣【アルファード・カリバー】を鞘から引き抜いた。
純金の刀身が朝日に煌めき、周囲の大気がビンビンと震える。
確かに一見すると、鍔の裏側には金細工の美しい波模様が彫られているだけに見える。
だが、俺は知っている。
あれは現代日本の悪質な定期購入サイトや、悪徳ディーラーが契約書の最下部に「※個人の感想です」「※解約には所定の手数料がかかります」と読めない極小フォントで詰め込む、典型的なダークパターンのUIデザインだ。
「おい、冒険者なら鑑定用の拡大眼鏡くらい持ってるだろ。倍率を最大にして覗いてみろ」
「へっ、大げさだなにいちゃん。そんなもん、女神様のありがたい祝福の言葉が刻まれてるに決まって――」
レオンは懐から革ケース入りの単眼鏡を取り出し、鍔の裏側にピタリと当てた。
そして、レンズを覗き込んだ瞬間――。
ぴたりと、レオンの動きが止まった。
「……え?」
口元に浮かんでいた爽やかな笑みが、急速に凍りついていく。
碧眼の瞳が大きく見開かれ、レンズを持つ指先がプルプルと震え始めた。
「な、なんだこれ……? 文字が……米粒の百分の一くらいの文字が、びっしり埋まってる……?」
「声に出して読んでみろ。第3条第4項だ」
俺が冷淡に促すと、レオンは引きつった声で、途切れ途切れに音読し始めた。
「『……だ、だいさんじょう、だいよんこう……。本聖剣【アルファード・カリバー】の基本リース契約期間は、授与の日より五年間とする……』」
「ほう、リース契約か。やっぱりな」
「『……なお、契約期間満了時において、契約者は当該聖剣の【据え置き残価:八千万(80,000,000)カルマ】を一括精算しなければならない……』」
レオンの声が、上ずった裏返りを見せた。
「は……? はちせんまん……!? か、カルマ八千万ってなんだ……!? 俺の今の口座残高、月々のモンスター討伐で貯めた三千カルマくらいしかないぞ……!?」
「続けろ。一括精算できなかった場合、どうなると書いてある?」
俺が静かに問うと、レオンの顔から完全に血の気が引いた。
陶器のように真っ白になった肌に、大粒の冷や汗が吹き出す。
「『……期日までに一括納入がなされない場合、債務不履行条項が自動執行される……。契約者の魂は……次期輪廻転生において……【下級スライム枠】へ強制スライド契約となり……下水道および初心者ダンジョン第一層の配置オブジェクトとして……永久無償労働に服するものとする……』」
カチャリ、と単眼鏡が指から滑り落ち、足元の岩肌に転がった。
「ス……スライム……? 永久無償労働……? お、俺が……王都の星と呼ばれたこの俺が……踏み潰されるだけのゼリー状モンスターになる……!?」
ガタガタと歯の根が合わない音を立てながら、レオンはへたり込むように膝をついた。
身の丈を超える黄金の聖剣が、ガラガラと無残な音を立てて地面に倒れる。
俺は腕を組み、冷徹な法務監査役の視線で見下ろした。
「おい、多重債務者。お前、その剣を契約してから何年経った?」
「よ……四年と……半年っす……」
「残りの契約期間は?」
「あ……あと……六ヶ月……っす……」
「半年か」
俺は心底あきれ果てて、深いため息をついた。
「半年の猶予で残り七千九百九十九万七千カルマ。一日あたり約四十四万カルマのペースで善行を積むか、あるいは魔王クラスの神話級災害をあと八十回ほど一人で討伐しなければ完済できない計算だな」
「む、無理だあああああっ!! 一日四十四万なんて、国中の孤児院を全部買い取って養子にしても追いつかねえええええっ!!」
「だろうな。つまりお前は、魔王軍の下っ端を派手に切り刻んで村娘からチヤホヤされてる場合じゃないんだよ。半年後には自己破産して下水道にリスポーンすることが確定している、正真正銘の『歩く不良債権』だ。身の丈に合わない高級武装を残クレ契約なんかで転がすからそうなるんだ」
新車ディーラーの甘い囁きに乗せられて、頭金ゼロの残価設定ローンで高級ミニバンを契約し、満期残価の支払いに怯えて夜逃げする若者の典型例である。
まさか異世界の神聖武装にまで、こんなグロテスクなリース金融工学が持ち込まれていたとは、女神アラヤの守銭奴ぶりには反吐が出る。
だが、俺には関係のない話だ。
俺自身、二千ポイントもの不要なカルマを抱えて完全解約(サ終)を目指す身である。
他人の八千万の借金に付き合っている暇はない。
「現実が理解できたら、さっさと神界の法務窓口に自己破産申請でも出すんだな。じゃあな」
俺は踵を返し、足早に峠道を歩き出そうとした。
だが――。
ガシィッ!!
「ぐえっ!?」
突如、足首に万力のような怪力が巻き付いた。
見下ろすと、地面に這いつくばった金髪の美男子が、涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃに濡らしながら、俺のボロ布ズボンにしがみついていた。
「師匠ォォォォォォォッ!! 助けてください師匠ォォォッ!!」
「誰が師匠だ! 離せ、足がちぎれる!」
「俺、スライムになりたくないっす! 初心者冒険者の木の棒でポコポコ叩かれて破裂するだけの来世なんて絶対嫌っす!! あんな米粒みてえな詐欺規約を一瞬で見破るなんて、師匠は間違いなく神界の法律に精通した伝説の裏賢者様っすよね!? どうすればこの呪いの聖剣をキャンセルできるんすかァァッ!?」
「知るか! クーリングオフ期間はとっくに過ぎてるだろ! 消費者センターにでも泣きつけ! 俺についてくるな、破産菌が感染る!!」
「置いてかないでください師匠ォォォッ! 俺、師匠の鞄持ちでも何でもしますからぁぁぁーっ!!」
足を激しくバタつかせる俺と、すがりついて引きずられる金髪勇者。
峠の朝露に濡れた岩肌に、情けない男二人の阿鼻叫喚が響き渡ったのだった。
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### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:2,000.00 pt
- **本話の増減**:±0.00 pt(残クレ契約看破・相談のみのためシステム上の変動なし)
- **終了残高**:2,000.00 pt
- **現在の魂ランク**:大貴族・SSR来世アンロック域(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 2,000.00 pt の減算が必要)
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