第14話:残クレ勇者、現る!
夜が明け、昇り始めた朝日が、ごつごつとした岩肌の峠道を赤く染めていた。
大聖堂を深夜に脱走してから数時間。
俺はアストリア王国の北西国境、険しい山岳地帯に位置する『竜鳴峠』をひたすら歩いていた。
この峠を越えれば、隣国である武力国家『ハイランド騎士公国』の領内に入る。
あそこは教会勢力の影響力が弱く、脳筋の騎士たちが日夜鍛錬に明け暮れている土地柄だ。宗教都市のような過剰な信仰テロに巻き込まれるリスクは低いはずである。
「……ふぅ。とりあえず、あの金ピカの檻からは逃げ切れたか」
俺は岩場に腰を下ろし、腰の水筒から冷たい水を喉に流し込んだ。
視界の端に浮かぶカルマ残高は、忌々しいことに『2,000.00 pt』を維持したままだ。
大聖堂を寄進されて千ポイント。
全自動信託システムで五十ポイント。
深夜に金貨の箱を蹴飛ばしたら「財施の美談」として四百ポイント。
捨てても断っても加算される地獄のピタゴラスイッチにより、俺の魂は『来世:SSR大貴族枠』にガッチリとロックされてしまっている。
(だが、焦るな。山を越えて人里離れた荒野に入れば、カルマを削る手段はいくらでもある)
深呼吸し、立ち上がろうとした――その時だった。
「――グロロロロロオオオッ!!」
峠のカーブの向こうから、空気を震わせるような猛獣の咆哮が轟いた。
同時に、逃げ惑う行商人たちの悲鳴が響き渡る。
「出たぞ! 岩石巨熊だ!」「護衛の冒険者は全滅だ、荷を捨てて逃げろーっ!」
見れば、体長五メートルはあろうかという全身が岩石の甲殻に覆われた凶暴な巨熊が、商隊の荷馬車をなぎ倒していた。
立ち向かった傭兵たちの剣は、岩の装甲に弾かれて火花を散らすばかりだ。
(……面倒なところに居合わせたな)
俺は身を隠し、やり過ごそうとした。
他人の戦闘に巻き込まれれば、また「人助け」だの何だので徳ポイントを押し付けられかねない。
回線を切断するように、無関係を装って立ち去るのが最適解だ。
だが、惨劇が始まる直前――峠の崖の上から、朗々とした高笑いが響き渡った。
「ハーッハッハッハ! か弱き子羊たちよ、もう安心するがいい!」
崖の上に立っていたのは、一人の青年だった。
風になびく見事な金髪に、彫りの深い甘いマスク。
着ている革鎧はあちこち擦り切れてツギハギだらけだったが、その背中には――身の丈を遥かに超える、異様なまでに豪奢な大剣が担がれていた。
刀身は眩いばかりの純金で覆われ、刀身の中央には巨大な七色の魔導宝石が埋め込まれている。
抜刀するだけで周囲の空間がぐにゃりと歪むほどの、圧倒的な神聖オーラ。
王立勇者パーティーの筆頭剣士にしか許されないとされる、伝説級の神聖武装だ。
「この地に巣食う悪しき獣よ! 我が究極の輝きをもって塵へと還るがいい! ――食らえ、【神聖黄金両断撃】ッ!!」
青年が崖から優雅に跳躍した。
黄金の大剣が一閃。
ゴウッ! と大気を切り裂く黄金の光波が放たれ、あれほど強固だった岩石巨熊の巨体が、豆腐のように真っ二つに両断された。
ドズゥゥゥン……!
土煙を上げて崩れ落ちる巨熊。
一撃だ。
商隊の護衛たちがあれほど苦戦していた危険度Aランクの魔獣を、青年はたったの一振りで消滅させてしまった。
「「「お、おおおおおおっ……!?」」」
行商人たちが呆然と息を呑み、次いで割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「す、すげえええええっ!」「一撃でロック・ベアを仕留めただと!?」「あの金色の輝き……まさか王都の若き英雄、レオン様か!?」
「フッ……名乗るほどの者ではないが、その通り!」
青年――レオンは、大剣をくるりと回して背中の鞘へと豪快に納め、親指を立てて爽やかなウインクを決めた。
「王国立勇者育成アカデミー特待生にして、神界公認の勇者パーティー筆頭アタッカー! レオンとは俺のことよ! 礼ならいらんぜ、世界を救うのが勇者の日常業務だからな!」
「キャーッ! レオン様ーっ!」「なんてお強いんだ……!」
商人たちから黄色い歓声を浴び、鼻の下を伸ばしてドヤ顔を晒すレオン。
典型的な、チート武器を手に入れて有頂天になっている量産型勇者といった風情だ。
だが――俺の視線は、レオンの整った顔面ではなく、彼が背負っている黄金の大剣に釘付けになっていた。
(……待て)
俺は目を細め、動体視力を限界まで引き上げて大剣の柄の付け根を凝視した。
純金の鍔の裏側。
肉眼では埃のシミにしか見えない極小のスペースに、びっしりと何十行もの「神聖古代文字」が極小フォントで刻み込まれていたのだ。
あのフォント。
あの改行の詰め方。
そして右下の隅に小さく刻まれた、『©神界カスタマーリレーションズ All Rights Reserved』の透かしロゴ。
(……出た。あのアマ(女神アラヤ)の仕業だ)
俺の野生のコンプライアンス探知機が、けたたましく警報を鳴らし始めた。
商人たちとのハイタッチを終え、意気揚々と峠道を歩いてきたレオンが、ボロ布姿で突っ立っている俺の前に差し掛かった。
レオンは俺の死んだ魚のような目を見ると、親切そうに笑いかけてきた。
「よう、そこの難民のにいちゃん! 腰を抜かして立てないのか? もう安心しな、この俺の聖剣【アルファード・カリバー】が通った道には、魔物一匹残しゃしねえからよ!」
自慢げに背中の大剣をポンポンと叩くレオン。
俺はため息をつき、乾いた喉から冷淡な声を絞り出した。
「……おい、お前」
「あ? なんだにいちゃん、サインでも欲しいのか?」
「その剣、どこで手に入れた?」
「これか?」
レオンは得意満面に胸を張り、眩い金髪をかき上げた。
「へへっ、驚くなよ! 王都の大神殿で熱烈に祈りを捧げてたらな、神界の最高に美しい女神様が光の中から降臨して、直接授けてくださった特権チート武器よ! 『頭金ゼロ、月々の祈りわずか数回で誰でも気軽に乗れる最新型聖剣』ってな! 最高にカッコいいだろ!」
「……頭金ゼロ。月々の祈りわずか数回」
俺の胃が、ギリギリと嫌な音を立てて軋んだ。
完全に一致している。
新車ディーラーの甘い罠そのものだ。
「おい、バカ」
「あぁん!? 誰がバカだ! 俺は神に選ばれし勇者だぞ!」
「いいから、その剣の鍔の裏側をよく見てみろ」
俺は冷え切った目で、黄金の柄を指差した。
「第3条第4項の極小文字だ。拡大して読んでみろ。今すぐだ」
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### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:2,000.00 pt
- **本話の増減**:±0.00 pt(残クレ元勇者レオンとの遭遇・観察のみのためシステム上の変動なし)
- **終了残高**:2,000.00 pt
- **現在の魂ランク**:大貴族・SSR来世アンロック域(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 2,000.00 pt の減算が必要)
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