第13話:深夜の脱走劇と「金貨全額放棄」の奇跡
深夜二時。
草木も眠り、大聖堂の巡礼者や作業員たちも寝静まった、漆黒の静寂が世界を包み込んでいた。
豪奢な大理石の寝台から、俺は音もなく滑り降りた。
身につけているのは、初期装備の薄汚れたボロ布のチュニックとズボンだけ。
シルクのシーツも、黄金の燭台も、ミダスが用意した豪奢な法衣も、すべてゴミ箱に放り込んである。
(荷物はゼロ。未練もゼロ。持ち物は己の魂の識別コードのみ)
これぞ、ミニマリスト出家ランナーの真髄だ。
俺は忍び足で大理石の回廊を抜け、大聖堂の北側に位置する資材搬入口――裏口の通用門を目指した。
大聖堂の中央広場側は巡礼者が野宿していて通れないが、裏口なら見張りも手薄なはずだ。
冷たい夜風が吹き込む通用門が見えてきた。
鉄格子の扉は閂が下りているだけで、鍵はかかっていない。
(勝った……! さらば三十億の大聖堂! 俺は西の果ての断絶門へ行くぞ!)
勝利を確信し、駆け出そうとした――その時だった。
「――どなたです!」
暗がりから、カチャリと甲冑の擦れる鋭い金属音が響いた。
松明の明かりが灯り、裏口を警備していた騎士団の見張り番が姿を現した。
腰の長剣に手をかけたその男は、俺の姿を一目見るなり、鳩が豆鉄砲を食らったように目を見開いた。
「せ、聖レイ様……!? こんな草木も眠る深夜に、そのような薄着でどちらへ……!?」
「……散歩だ」
俺は心臓の跳ね上がりを押し殺し、極めて冷淡に言い放った。
「部屋の空気が澱んでいたので、外気浴に出るだけだ。業務執行を妨害するな。立ち退け」
「が、外気浴……? しかし、外は凍えるような夜風が吹き荒れておりますぞ! せめて外套をお召しにならなければ、風邪を召されます!」
「いらん。体温調整機能(基礎代謝)のテストだ。俺に構うな」
早口でまくしたて、足早に通用門へとすり抜けようとした。
――ガツッ!
「いってぇぇっ!?」
足の小指に、硬い木製の突起が直撃した。
激痛に涙目になりながら足元を見下ろすと、そこには宝物庫の前に積み上げられていた頑丈な木箱が転がっていた。
衝撃で蝶番が外れ、箱の蓋がバカッと開く。
ジャラララララララッ!!
暗闇の中に、眩いばかりの黄金の光がぶちまけられた。
中から転がり出てきたのは、山盛りの金貨だった。
日中に押し寄せた数千人の富裕層や貴族たちが、大聖堂の祭壇に捧げていった特盛りの喜捨金である。
「おっと……! 昼間の献金箱ですな! 宝物庫への格納が間に合わず、仮置きされていたものです。聖レイ様、足元をお照らし――」
「汚らわしいッ!!」
俺の堪忍袋の緒が、音を立てて千切れ飛んだ。
三十億ゴールドの大聖堂だけでも胃に穴が空きそうなのに、足元にまで金ピカのキャッシュが転がっている。
こんなものを手元に一文でも残したら、システムに「蓄財」と判定されてカルマが天元突破してしまう。
「こんな不潔な物理キャッシュ、俺の視界に入れるな! 一ミリ秒たりとも俺のアカウントと同期させるんじゃねえ!!」
ドゴォッ!!
怒りのあまり、俺は足元の献金箱を思い切り爪先で蹴り飛ばした。
宙を舞った木箱から、数百枚の金貨が雨のように降り注ぎ、夜の石畳一面にけたたましい音を立てて散らばっていく。
「ひ、ひぎゃあああっ!? き、金貨が……金貨数百枚が……!!」
目を丸くして卒倒しかける門番騎士。
俺は息を荒らげ、散らばる金貨を一瞥もすることなく吐き捨てた。
「こんな無駄なデータ、全部外の浮浪者にでも配り散らかせ! 貧困層の生活保護給付に全額回せ! 明日の朝までに一文残らずドブに捨てておけ! 俺の帳簿に一文字でも現金を記載したら、背信行為で訴えるからな!!」
怒鳴り散らし、俺は閂を跳ね上げて夜の闇へと飛び出した。
「聖者様ぁぁぁーっ!?」
背後から、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたセシリアの悲鳴が聞こえた。
彼女は散らばった金貨の海と、粗末なボロ布一枚で夜の荒野へと消えていく俺の背中を見つめ――。
「あ……あああ……っ!」
崩れ落ちるようにその場に跪いた。
丸眼鏡を外した彼女の瞳から、滝のような涙が溢れ出していた。
「み、見ましたか……門番殿……! あのお方は……あのお方は、自らに捧げられた山のような黄金を、文字通り『一瞥もせず足蹴にして』去っていかれたのです……!」
「な……なんという……なんという無私……!」
門番騎士もまた、兜を脱ぎ捨てて地面に平伏した。
「三十五億の神殿に安住することなく、山盛りの金貨をすべて貧しき民へと分け与え、真夜中に人知れず、ただ一枚の粗末な衣をまとって荒野の巡礼へと旅立たれた……! これぞ……これぞ古代の経典に記されし『一切の富を捨て去りて衆生を救う、至高の清貧の奇跡』……!!」
「聖レイ様……! ああ、聖レイ様ぁぁぁーっ!!」
大聖堂に響き渡る感動の絶叫。
その頃、大聖堂の敷地を脱出し、街道の闇を全速力で疾走していた俺の脳内に――。
ピロリロリロリロリロリロリロリーンッ!!
過去最高に凶悪な、雷鳴のようなシステム通知が炸裂した。
『――世界法務・カルマ管理機構緊急通知――』
『【財施:全財産の放棄美談】が執行されました』
『莫大な寄進金貨をすべて貧困層へ譲渡し、富への執着を完全に断ち切って無一文で荒野へ旅立った究極の無私無欲を検知しました』
『付与カルマ:+400.00 pt』
『現在のカルマ総残高:2,000.00 pt』
『――祝! カルマ残高二千ポイント突破!――』
『来世特別待遇:【SSR大貴族・国家中枢エリートプラン】がアンロックされました! 次期輪廻転生にて最優先で配属されまーす☆』
夜の荒野の真ん中で、俺は膝から崩れ落ちた。
二千ポイント。
捨てたのに。
金をドブに捨てて、着の身着のままで夜逃げしただけなのに、四百ポイントもの徳が上乗せされた。
「捨てたのに増えてんじゃねえよクソがああああああああああああああああっ!!」
満天の星空に向かって、俺の血を吐くような絶叫が木霊したのだった。
---
### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:1,600.00 pt
- **本話の増減**:+400.00 pt(【財施:全財産の放棄美談】深夜脱走時の献金金貨蹴飛ばし・全額民衆還元判定)
- **終了残高**:2,000.00 pt
- **現在の魂ランク**:大貴族・SSR来世アンロック域(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 2,000.00 pt の減算が必要)
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ページ下部の
・【★★★★★】での評価
・ブックマーク登録
で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




