第11話:起きたら総資産数十億Gの大寺院の真ん中だった件
――人間は、あまりにも過酷な現実に直面すると、脳の防衛本能として強制スリープに入るらしい。
昨日の記憶を辿ってみる。
荒野の河原で目を覚ましたら、何千人もの作業員と何百台もの荷馬車が土煙を上げて殺到してきた。
そして「目標額三十億ゴールド達成!」と叫ぶ肥満体の豪商と、「あなたのために大聖堂を建てます!」と叫ぶ狂信シスター。
そこまでは覚えている。
あまりの理不尽と恐怖に、俺の精神回線が熱暴走を起こし、その場に崩れ落ちるように気を失ったのだった。
(……やれやれ。ひどい悪夢だった)
俺はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
「……ん? なんだ、この天井」
視界に飛び込んできたのは、高く澄んだ青空ではなかった。
天を衝くような高さを誇る、純白の大理石で組まれた荘厳なアーチ天井。
天井の中央には巨大な円形ドームが広がり、極彩色のガラスで神々の戯れを描いたステンドグラスから、万華鏡のような色鮮やかな光が降り注いでいる。
硬い川原石の上に寝ていたはずの背中は、ふかふかの純白の毛織物に包まれていた。
あたりには高級な白檀とミルラの芳しい香煙が漂い、どこからか遠く、パイプオルガンの荘厳な調べすら微かに聞こえてくる。
(……高級ホテルのスイートルームか? そうか、俺は現世でブラック企業を退職して、退職金で有給バカンスに来ているんだな……)
心地よい現実逃避に浸りかけた、その時だった。
「――おおっ! 聖レイ様がお目覚めになられたぞォォォッ!!」
鼓膜を破らんばかりの怒号が、大聖堂の静寂を粉々に叩き割った。
びくりと体を跳ね上げた俺の視界に、満面の笑みで涙と鼻水を垂らした肥満体の顔面がぬっと飛び込んできた。
豪商ミダスだ。
金糸の刺繍が施された豪奢な法衣に身を包み、膝をついて床に額を擦り付けている。
「ミ、ミダス……? お前、なんでここに……っていうか、ここどこだ!?」
「どこだとおっしゃいますか! ここは貴方様のための聖なる領域、【聖レイ大聖堂】の中央礼拝堂にございます!」
ミダスは立ち上がり、両手を広げて広大極まりない空間を誇らしげに見渡した。
「全土の有力商人から集められた最高の石工三千人、魔法建築士五百人を総動員し、古代の神聖土木魔法を併用した不眠不休の突貫工事! 貴方様がお休みになられているわずか半日の間に、第一期工事である中央神殿と大回廊を完全に組み上げましたぞ!」
「は……? 半日……? 不眠不休の突貫工事……?」
俺はふらふらと立ち上がり、足元を見下ろした。
地面は一面、鏡のように磨き抜かれた最高級の大理石。
周囲には、大人が十人抱きついても足りないほどの白亜の巨柱が何十本も立ち並び、遠くの壁には純金で鋳造された巨大な祭壇が鎮座している。
河原の更地だったはずの空間が、わずか半日でバチカン市国レベルのメガ建造物へと変貌していた。
「聖者様ぁぁぁーっ!」
礼拝堂の入り口から、タタタッと軽快な足音を響かせて駆け寄ってきたのは、見習いシスター・セシリアだった。
丸眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせ、胸の前で両手を組んでいる。
「ご覧ください! あなた様の清貧と、無欲な『丁寧な暮らし』に胸を打たれた全土の民から、クラウドファンディングで集まった資金は最終的に――金貨三十五億枚に達しました! すでに周辺の土地一帯も教会領として買収が完了しております!」
「さ、さんじゅうごおく……!? 土地の買収……!?」
俺の喉からひきつった悲鳴が漏れた。
更地に無断でテントを建てられただけでも不法占拠で通報ものなのに、三十五億ゴールドの固定資産を勝手に名義変更されたのだ。
「い、いらん! 誰がこんな金ピカの要塞を建てろと言った! 俺は野宿がしたいんだ! 地面の上で雑草を噛んでいたいんだよ!」
「ああ……! なんと謙虚なお言葉……!」
ミダスが感極まって床を叩いた。
「三十五億の神殿を前にしてもなお、川原の雑草に心を寄せるその無私無欲の精神……! 全財産を投げ打って寄進した私の判断に、一片の狂いもなかったと確信いたしましたぞ!」
「話を聞け! 今すぐ名義を書き換えろ! 全額返金しろ!」
「滅相もない! 神に捧げた資産を取り消すなど、商人としての魂が破滅してしまいます!」
その時。
ピロリロリロリロリロリロリロリロリーンッ!!
これまで聴いたこともない、オーケストラ総動員のようなファンファーレが脳内に爆裂した。
視界のすべてを覆い尽くすように、黄金に輝く特大のシステムアラートが展開される。
『――世界法務・カルマ管理機構通知――』
『超大型固定資産【聖レイ大聖堂】の所有権登記が完了しました』
『保有総資産:3,500,000,000 G』
『登録役職:聖レイ宗・開祖総本山座主』
『判定:【資産保有ペナルティ:聖堂寄進】が執行されました』
『莫大な現世の富、領地、信仰拠点を一身に引き受け、社会構造の頂点に君臨した重責を称え、以下のカルマが付与されます』
『付与カルマ:+1,000.00 pt』
『現在のカルマ総残高:1,550.00 pt』
『判定ランク:平民上位 ➔ 【地方貴族・有力領主域】へ強制昇格!』
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
俺は頭を抱えてその場に転がった。
一千ポイント。
一撃で千ポイント。
これまでのコツコツした増減が子供の小遣いに思えるほどの、天文学的な爆弾チャージである。
千五百五十ポイント。
地方貴族。有力領主。
来世で確実に「生まれながらにして広大な領地と重い統治責任を背負わされるSSR枠」へと放り込まれるラインだ。
解約どころか、サーバーの終身名誉役員への階段を猛スピードで駆け上がっている。
「更地にしろおおおおおっ! 今すぐブルドーザーを持ってこい! ダイナマイトで爆破しろおおおおおっ!!」
「おお……! 自らの偉業を誇らず、ただ世界の虚しさを嘆いておられる……! 尊い、尊すぎる……!」
絶叫して大理石の床を転げ回る俺を取り囲み、何百人もの神官と大工たちが、ありがたそうに手を合わせて一斉に平伏したのだった。
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### 【本話のカルマ会計報告】
- **開始残高**:550.00 pt
- **本話の増減**:+1,000.00 pt(【資産保有ペナルティ:聖堂寄進】三十億G規模の大聖堂登記による固定資産判定)
- **終了残高**:1,550.00 pt
- **現在の魂ランク**:地方貴族・有力領主域(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 1,550.00 pt の減算が必要)
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