宰相の娘に奪われた王太子を、元・王太子妃は叱りつけると共に奪還を誓います
これで、全てがつながった。
ユルムスの侵攻、父コーフタロの死、宰相スヴェンによるリッカウの簒奪。
それは、王太子妃としての持参金を失うことを意味している。
後釜に座るのは、宰相の娘イーニャ。
婚前旅行先への書簡で、レイフは、全て知っていたのだ。
「あなたは昔からそう」
リーヴが目を伏せる。
罵られて端整な顔をしかめた王太子に、その非を真っ向から突きつける。
「損得勘定と人の顔色うかがいばっかり」
出会って初めて目をぎらつかせたレイフの顔を、リーヴは正面から見据えた。
「それで王位が継げるの? ユルムスからヒルヴィーオを守れるの?」
レイフは頬を震わせながら、目を背ける。
「知ってるわ、そんな自信がないってこと」
穏やかな、しかし悲しげな声で言い当てられて、白いガウンをまとった王太子の肩が、がっくりと落ちる。
言い返すこともできないレイフをかばうように、イーニャが口を挟んだ。
「そのへんにしておいたら?」
目を遣った先には、さっぱりした衣装に身を包んだトロールの貴族たちの姿があった。
それぞれ、自分の位置については朝礼を待つ。
身動きひとつしないが、何が起こっているのかという顔で、お互いを見交わしていた。
それを知ってか、イーニャは謁見の間に響き渡る声でリーヴを嘲った。
「見苦しいわよ、レイフに振られた腹いせに、人前で」
「違うわ。ここにいる皆さんに知ってほしいの、レイフのこと」
凛と冴えわたる声で答えたリーヴは、その場にいる貴族たちを見渡す。
「お父様がいつも、どうやって国を治めて、どうやってユルムスを追い払うかで悩んでるの、見てきたから」
「言うな、それ以上!」
たちまち、噛みつかんばかりに牙を剥いたレイフは、声を荒らげた。
リーヴは、その怒りのまなざしを真っ向から受け止める。
「知ってるわ、陛下だけが使える魔法、王位と一緒に全部受け継がなきゃならないって」
王太子の髪が逆立ち、目の奥には炎が宿る。
「見せてやろうか?」
張りつめた空気が、謁見の間に集う貴族たちに鳥肌を立てる。
石壁に囲まれた部屋だというのに、逆立つ髪は風になびく。
抑えた声が、静かに告げる。
「これまでの贈り物、返せとは言うまい。私だと思って、取っておくがいい」
笑いをこらえるイーニャが、唇を震わせながら嫌味を言う。
「レイフに感謝するのね。思い出を残してくれるんだから」
「嫉妬するほど、たいしたものではないぞ」
レイフが苦笑いすると、イーニャは真面目な顔で答えた。
「どんなものでも私にとっては宝物よ、レイフがくれたものなら」
甘えるイーニャを抱きしめたレイフは、リーヴを冷ややかに見つめる。
「恨まないでくれ。これがトロールの掟だということは分かっているだろう? 王家が範を垂れなければならないことも」
今度は、リーヴが言葉に詰まる番だった。
正しい。
腹立たしいほど正しい。
それは、幼い頃には母から、後は父から繰り返し叩きこまれてきたトロールの正義だった。
レイフとイーニャに突きつけてきたものが、自分に返ってきているにすぎない。
身も心も壊れそうになりながら、リーヴは精一杯微笑んだ。
「もちろん。無駄は敗北。強い者がすべてを取る。それを守るのがトロールの誇りです」
すると、イーニャは眉根を寄せて、リーヴの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、私なら、いつまでも未練がましく持ってないかな、それ」
図星を突かれて唇を噛みしめたところで、さらにイーニャの追い打ちがかかる。
「プライドが許さないし、他の女と幸せそうにしてると、自分がつらいもの」
満座の中でリーヴに止めを刺したイーニャは、勝ち誇ったように笑った。
レイフは顔を上げて胸を張ると、朝礼に集った貴族たちの前で、王太子として再び宣言する。
「どこへでも行くがいい。行く場所があるのなら」
さっきまでの婚約者がうつむいて震えているのを前に、レイフは群臣たちに言い渡した。
「本日の朝礼はこれまでとする」
一斉に頭を下げた貴族たちに見送られて、レイフはイーニャと肩を抱き合って去っていく。
惨めさが、足の裏からあたまのてっぺんまで駆け上がっていくのをリーヴは感じた。
だが、そこで口から洩れたのは、微かな嘲笑だった。
まだ礼を崩さない貴族たちの前で、謁見室の扉が閉ざされる。
その直前に、リーヴはレイフの背中に言い放った。
「信じてるわ、イーニャから取り返す価値のある男だって」




