国王に助力を願い出るために王都へ向かった王太子妃は、宰相の娘と対峙する
7日後の早朝、フード付きの長いコートをまとった旅装のリーヴは、王都カフーにいた。
周りを囲む城壁は、遠い山岳地帯から切り出してきたままの、ごつごつした石をそのまま積み重ねたものである。
朝日を浴びたその門の大鉄扉が開ききる前に、サイに引かせた車の手綱を取ってきた兵士を、リーヴは労った。
「すみません、こんな西まで遠回りさせて」
リッカウやソーデルの地は、王都から見て国土の東寄りにある。
大河と、それが流れ込む入り江を挟んだ隣国ユルムスを、最前線で防いでいる形になっていた。
もっとも、ソーデルは陸地に深く切り込んだ入り江で、対岸の崖と隔てられている。
近くに港のないユルムスから攻め込まれることはなかった。
兵士は、申し訳なさそうに答える。
「姫様に、野宿などさせてしまいましたこと、お許しください」
スヴェンは、兵士ひとりがリッカウからソーデルまでまっすぐ戻るだけの路銀しか与えていなかったのだった。
リーヴは、高らかに笑って許した。
「トロールは、生まれついての戦人。王太子妃となる者が、範を示さないでどうするのです」
そこで初めて、兵士は笑顔を見せた。
「王太子様が、きっとお守りくださいます」
名残惜しそうに、何度も振り返りながらサイを牽いていく姿は、街道の彼方へ消えた。
大鉄扉の奥に目を遣ると、広い通りの向こうに、高い尖塔をいくつも持つ厳めしい建物が見える。
リーヴは門から王宮へと続く、まだ人通りの少ない街中の道を歩いていった。
父が残した領地を宰相スヴェンから守るために、国王の助力が必要だった。
王宮に着くと、何十段あるか分からない階段の衛士が、ハルバード《斧鉾》を手に、その左右と中央に陣取っていた。
「何の用だ? こんなに朝早くから」
呼び止めた中央の衛士に、リーヴはわざわざ正面から歩み寄る。
美女に真正面から迫られて、うっとりとしていた衛士は、左右から叱りつけられて我に返ったようだった。
リーヴは、ひと言だけ命じる。
「通しなさい」
衛士が何も言わない間に、リーヴはその脇を平然とすり抜けていった。
だが、取り次ぎの役人に招き入れられた謁見室に現れたのは、ヒルヴィーオ国王オヴェーラ7世ではなかった。
その名代を務められる唯一の人物である、王太子レイフでもなかった。
旅装のリーヴを嘲笑うかのような上等のドレスで現れたのは、同じくらいの年の姫君だった。
「お久しぶりね、リーヴ……あの園遊会以来かしら? あなたが王太子殿下から求婚された」
どこか幼さを残した笑顔を向けられて、リーヴはしばし戸惑った。
「イーニャ……あなたが、どうしてここに?」
リーヴが牙を剥く。
その威圧を前に、ドレスに細い身体を包んだイーニャは悪びれもせずに答えた。
「私は宰相スヴェンの娘よ。謁見の間にいるのは、そんなに場違いかしら?」
リーヴは、露骨に困った顔をしてみせる。
ため息と共に答える声が、石造りの大広間に凛然として響き渡った。
「ここは国王陛下への謁見の間。あなたもお目にかかるの?」
イーニャは軽く額を押さえて、首を振った。
歪めた口元には、邪な笑みが浮かんでいる。
やがて、物分かりの悪い子供に説いて聞かせるような言葉が漏れた。
「父は陛下の母君、つまり故皇太后の……」
その後はリーヴが掠め取って続けた。
「弟の妻の甥の娘。もっと簡単に言えば、陛下とは赤の他人」
流れるような眉が、キュッと吊り上がる。
眦は裂け、リーヴを見つめる目は燃え上がらんばかりに赤く染まっていた。
これもまた、トロールの顔だった。
だが、その怒りの表情はすぐに収めたイーニャは、皮肉で応じた。
「でも、リーヴは王太子様の婚約者。陛下とも赤の他人じゃない……そうおっしゃりたいのね」
「違う。イーニャには聞かれたくない話だから」
リーヴの口からほとばしったのは、身分を離れた、市井の娘のような言葉だった。




