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若き貴族隊員が踏み込んではならない場所で隣国との間にいさかいを起こす

 飛竜と一角獣を白い線で染め抜いた、王都警備隊の藍色のマントが馬上で翻る。

 2階建て、3階建ての家々が立ち並ぶ大通りであれば、さまになる光景だろう。

 だが、作物の良く育った畑の間を抜ける狭い田舎道では、どうも場違いだった。

 収穫に励む農民たちが呆然と見上げては、帽子を胸に当てて恭しく頭を下げる。

 イリミエの後ろから、部下が声をかけた。

「本当に……この道でいいんですか?」

 振り向きもしないで、彼方の森を指差す。

「間違いない……見ろ、あそこだ」

 だが、広い集落を抜けてたどりついた場所は、イリミエの想像とは違っていた。

 確かに、木が生い茂ってはいる。

 しかし、その高い枝の間からは明るく爽やかな秋の日が差し込んでいた。

 馬を降りた足元の下草は柔らかい緑色で、どこまでも続いている。

 さっきの部下が、イリミエの耳元で声を潜めた。

「どう見ても、人が隠れられる場所ではありません」

 イリミエは言葉に詰まったが、固く目を閉じると、スパイ捜索隊の全体に命じた。

「とにかく、森の奥までくまなく探せ!」

 それほど広い森ではなかった。

 一列横隊で、時折、木々の間を通るようにして捜索したが、人影はおろか、落とした小銭さえない。

 やがて、森の出口が見えてきた。

 部下が、その向こうを指差して告げる。

「隊長……あれを!」

 そこに見えてきたのは、小さいながらも瀟洒な、貴族の別荘だった。

  

 あれだ、とイリミエは直感した。

「王都警備隊の権限を以って、あの家屋を捜索する!」

 その言葉が一列横隊の端まで伝わると、隊員はイリミエを先頭に、鋭角の三角形に並んだ。

 だが、その前に立ちはだかった人影がある。

 少なく見積もっても20人はいる。

 武装がまちまちなのをみると、恐らくは傭兵だ。

 そのうちのひとりが、鐙式のクロスボウ(アーバレスト)を構えて尋ねてきた。

「誰だ?」

 イリミエは、腰の剣に手を懸けながら答える。

「王都警備隊だ」

「どこの?」

 ひとり残らず、クロスボウを構えた。

 苛立ちを押さえて答える。

「メンシュリヒ王国……グランナミア」

 いけない、と部下の一人がイリミエの後ろから飛びついた。

 王都警備隊が一斉に地面に伏せる。

 さっき頭のあった辺りを、矢が撃ち抜いて木々の幹に突き立った。

 しばし戸惑ったイリミエは、はたと思い当たった。

「……内乱?」

 そのつぶやきに、隊員たちが一斉に身体を起こす。

 傭兵たちが、クロスボウを下ろして鐙を踏む。

 矢をつがえるには、まだ間があった。

 片膝ついて、イリミエが命じる。

「抜剣!」

 王都警備隊が剣を抜き放つと、傭兵たちも各々の武器を構える。

 槍が、斧が、両手に持った鎌が、じりじりと迫ってくる。

 イリミエは警告した。

「武器を捨てろ! これは反逆だ!」

 だが、高らかな声が、しかし穏やかに反論した。

「では、お答えいただきましょう。誰が誰に背いたのか」


 傭兵たちの群れが、ばらばらと散る。

 その向こうから弓矢を手に現れたのは、狩猟服を着た、明らかに貴族と分かる男だった。

 細い目をした、狐を思わせる佇まいに気圧されるものを感じながらも、イリミエは剣を構えたまま尋ねる。

 イリミエは、剣を構えたまま尋ねる。

「……何者だ?」

 男は、厳しい口調で答える。

「名乗らぬ者に名を告げねばならない身分ではない」

 立ち上がったイリミエは、毅然として名乗りを上げた。 

「王都グランナミア警備隊長代理、イリミエ・ディ・ホーグモッド」

 男は、ふっと笑って名乗った。

「ウィキナ大公国伯爵、ミールド・リ・ストゥラッテグ」

 名前と名前の間に「リ」が入るのは、ウィキナ大公国の貴族の証である。

 ストゥラッテグ伯爵は、片手をかざして傭兵たちに武器を下ろさせる。

 頭も下げず、余裕たっぷりに挨拶した。

「我が別荘にようこそ」

 そこで初めて気づいたことに、イリミエは呻いた。

「……飛び地だったか!」


 ある国の中に他国の領土がある状態を、「飛び地」という。

 イリミエのやったことは、明らかな侵略行為と受け止められても仕方がない。

 長い話を聞きながら椅子に座っていたリーヴは、半分は心配で、半分は呆れてため息をついた。

「……無事でよかったですね」

 ヴォーダンは、ベッドに腰掛けたまま額を押さえた。

「ストゥラッテグ伯爵は、隣のウィキナ大公国でもこのメンシュリヒ王国でも、いや、周りの国じゃ知らん者はない策士だからな」

「さすがに、イリミエさんでは……」

 苦笑するリーヴに、ヴォーダンも困り果てた顔をした。

「別荘で尋問する顔は笑っていたが、こっちの言い分は徹底的に追及されたとよ」

 法律家を母に持つリーヴには、その苛烈さが容易に想像できた。

 その国のスパイが逃げ込んだなどという言い分が、そうそう認められるわけがない。

 だが、ひとつだけ気になったことがあった。

「なぜ、そんな飛び地があるのですか?」

 ヴォーダンは、その日のうちに明け渡すことになっているベッドに、頭を抱えて仰向けに倒れ込んだ。

「それを細かく説明できん辺り、俺の子ども時代を察してほしいんだが……」

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