↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
49/55

女詐欺師にいいところを見せようとした若き貴族隊員は失態を恥じて姿を消す

 その翌日のことである。

 リーヴがいつものように、リンゴを籠に入れて病室を訪れると、ヴォーダンは忙しそうに荷物をまとめていた。

「急に退院することになってな」

 着替えをせっせと畳む手を押しとどめて、リーヴが代わった。

「お怪我はもう、いいんですか?」

 トロールの身体で戦って負傷させてから、1カ月と半分は過ぎているだろうか。

 人間の回復力がどれほどのものかは、見当がつかなかった。

「医者が帰してくれると言うんだから」

 そう言っているそばから、ヴォーダンは肋骨辺りを押さえて顔をしかめる。

 リーヴはつい、吹き出した。

「ご無理をなさることもあるんですね、泣く子も黙る王都警備隊長様も」

「……俺って、そんなに怖いか?」

 眉を寄せるヴォーダンには答えず、リーヴは畳んだ着替えを渡す。

 受け取る手から逞しい腕、引き締まった身体と眺め渡して、からかうように囁いた。 

「無敵の肉体を求めていらっしゃるなら、おっしゃってくださればいいのに」

「何の話だ?」

 さらに訝しげな顔つきで尋ねられて、リーヴは自らの油断を呪った。

「イリミエさんから聞きました」

 これは事実だ。

 だが、ヴォーダンの反応は今までになく激しかった。

 せっかく畳んだ着替えを床に放り出して、掴みかからんばかりの勢いでリーヴに詰め寄ってくる。

「どこで?」

 両肩に伸びる手をするりとすり抜けると、高鳴る胸を押さえて答えた。

「そこの詰所で」

 この間、求婚されたときのように待ち伏せを受けたのだ。

 あの時のイリミエと同じくらい真剣な目で、ヴォーダンはリーヴを見据えた。

「いつ?」

「昨日の帰りに」

 イリミエがスパイを逮捕すると言って、張り切って出かけたのが朝の早いうちだった。

 夕方にはもう、仕事が終わっていたことになる。

 その成否にかかわらず……。

 いささかうろたえながら、ヴォーダンはリーヴを問いただした。

「どこへ行くとか言っていなかったか?」

「活躍のご褒美に休暇をもらったとか」

 それで、逮捕に成功したのだろうと思ったのだ。

 ところがヴォーダンは、今日で使うのが最後になるベッドに、名残を惜しむかのように腰掛けた。

「休暇願を出して突然失踪した」

 さすがのリーヴも、これには唖然とした。

 あの、自信過剰で見栄っ張りで出しゃばりのイリミエでは考えられない行動だった。

「何があったんですか?」

 ヴォーダンの意気消沈ぶりに、下から顔を覗き込むようにして尋ねる。

 うつむいたままで、深いため息をつくのが聞こえた。

「つい、叱り飛ばしてしまってな」


 王立病院から本部に戻ったイリミエは、隊長室に並んだ、自分より年嵩の隊員たちに指示を下した。

「昨夜はお疲れさまでした。本来はこれからゆっくり休んでほしいところですが、急を要します」

 ウィキナ大公国のスパイは、ビファルホーヴァラ候爵邸から逃走する際、数名の警備隊員を負傷させていた。

 王都警備隊総出で検問を張り、付近の路地を捜索したが、手掛かりはなかった。

「これから、みなさんを捜索組と待機組に分けます。所定の場所と時間で、交代してください。連続の勤務になる方には申し訳ありませんが、それまで宜しくお願いします」

 隊員の割り振りと再出動の時間を示して退室させたイリミエは、仮眠を取ることにした。

 負傷した隊員は、ヴォーダンへの報告がてら、王立病院での診察と治療を受けさせてある。

 それだけ捜索組に割く人数は少なくなってしまうが、他に選択の余地はない。

 選択しなければならないことは、他にあった。

「王都の中と外、どちらを捜索するか……」

 どちらに人員を割くかという問題である。

 イリミエは、スパイが王都の中に潜伏し続けることはないと判断した。

「少しでも遠くへ逃げようとするはずだ」

 王都内での人員を残して、外部へ出るほうを指揮することにする。

「だが……」

 隊長室の壁に貼られた、王都とその郊外の地図を眺めて、ため息をついた。

「……捜索範囲が広すぎる」

 ふと、机の上にある、例の本に目が向いた。

 試しに開いてみると、こう書いてあった。


  打つ手がなくなったら、まず寝ろ。


 イリミエは、本を閉じるのも忘れて、一も二もなく従った。


 1時間ほどの休憩の後、王都の外の捜索に当たった十数名の隊員は、目的の場所に向かって馬を走らせていた。

 先頭を切るイリミエは、振り向きもしないで部下たちを駆り立てる。

「犯人が隠れられそうな森がある。もうすぐだ!」

 根拠はあった。

隊長室の端にあるカウチでひと眠りした後のことである。

 出発の時間を知らせに来た部下が扉を叩く音で目が覚めた。

 慌てて飛び起きると、机の上に本を開いたままにしていたのを思い出した。

 閉じてしまおうとしたところで、ページがはらりとめくれる。

「あ……」


  そこには、王都からそれほど離れていないところにある森を描いた地図があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。