若き貴族隊員は秘書の語る悲恋の謎を暴き、王都警備隊長の前で美貌の女詐欺師にいいところを見せる
秘書はその場に崩れ落ちると、小柄な身体で男泣きに泣き出しました。
「申し訳ありません、侯爵様! こんな身分で、こんなに醜く、頼りがいのない男が、大切なお嬢様を……」
腰を屈めた侯爵は、秘書の震える肩に手を置きました。
それまでとはうって変わって穏やかな声で、慰めとねぎらいのことばをかけたのです。
「確かに、結婚はおろか、愛し合うことさえ許すことはできん……私が諭さなければならなかったのだ、娘を!」
ふたりは床の上で抱き合って、しばらくの間、ずっと泣いていました。
やがて、涙声で口を開いたのは秘書でした。
「ならばせめて……せめて、私の手紙をお返しください。それで全て諦めます」
侯爵も、胸を張って答えました。
「おお、持っていくがよい……だが、この箱は娘のものだ、返してもらおう」
精一杯の虚勢を張って、中の手紙を鷲掴みにしたかと思うと、秘書の掌に叩きつけます。
しかし、それを渡すわけにはいきませんでした。
私はそれを横からひったくって、部屋中に撒き散らしました。
侯爵が怒りの声を上げたのは、当然のことです。
「何をするか!」
秘書は慌てて、床に散らばった手紙を拾い集めようと身を屈めます。
私は剣を抜き放って、その鼻先に突きつけました。
「動くな!」
次の瞬間、秘書のすぼめた口から、鋭い息と共に、細い光がまっすぐにほとばしりました。
とっさに身をかわして剣で弾き飛ばしたが、それが不覚でした。
毬のように身体を弾ませた秘書が飛びかかってきたかと思うと、鳩尾に膝蹴りを入れて姿をくらましたのです。
唖然とする侯爵に、私は床で悶絶しながら、苦しい息で告げました。
「お探しの機密文書は、その中のどれかです……どうぞ、ごゆっくりとお探しください……」
話を聞き終わったヴォーダンは、深いため息をついた。
「秘書が吐いたもの、持ってるか?」
はい、と答えたイリミエは、布で何重にもくるんだ包みを懐から取り出した。
それを開いて見せられたヴォーダンは、布の上で光る小さな針を眺めて言った。
「こいつは、含み針だ。口の中に隠しておいたのを吹きつけて、相手の目を潰すのに使う」
じゃあ、とだけ答えたイリミエは、そのまま口を閉ざした。
部外者であるリーヴの前で、軽々しく話してはならないことだ。
それでも、ヴォーダンは恐れることなく、代わりにそれを口にした。
「察するに……ウィキナ大公国のスパイ」
「隊長!」
イリミエに止められても、ヴォーダンは平然としたものだった。
「もう、ここまで聞いちまったんだ。隠すこともない……大丈夫、リーヴさんはこんなことには興味がない」
リーヴは頷きはしたものの、知らない言葉は放っておかない。
「どこにありますの? その国は」
そうしたことを聞かせるまいとしたのが、かえって臆病だと思われるのも癪に障る。
イリミエは、ヴォーダンの代わりに一瞬早く答えた。
「国境を接した、隣の国です。我がメンシュリヒ王国とは、歴史的に緊張関係にあります」
へえ、とリーヴは答えたが、それっきりだった。
拍子抜けして肩を落としたところで、ヴォーダンがねぎらいの言葉をかけた。
「何にせよ、よくやった……しかし、なぜ、手紙の山の中に隠してあると分かった?」
これには興味があるのか、リーヴは横目でイリミエを一瞥する。
イリミエは誇らしげに、リーヴを胸を張って見つめ返した。
「木の葉を隠すなら森の中……ですよね?」
リーヴの返事はなかった。
イリミエは、足を揃えてヴォーダンに一礼する。
「これから、本部へ戻ります。スパイ捜索の指揮を執らねばなりません」
イリミエが駆け去った後、ヴォーダンはリーヴの前で、事の真相をまとめてみせた。
「ウィキナ大公国のスパイは秘書となってビファルホーヴァラ候爵の信頼を勝ち得ると、令嬢の死を利用したのさ」
ああ、とリーヴは納得する。
「遺品の整理にかこつけて、令嬢の部屋の天井裏に、あらかじめ書いておいた令嬢宛の恋文の入った箱を仕込んでおいたのね」
ヴォーダンは頷く。
「幽霊が出ると言っては侯爵に機密文書と引き出しの鍵を何度も隠させ、場所を覚えたところで取り出したのを箱の中に隠した」
「侯爵を怒らせてクビになったあとは、機密の盗難を知った警備隊から呼び出されるのを待つ……といったところかな」
我が意を得たり、という顔で、ヴォーダンはこのやりとりを締めくくった。
「木の葉を隠すなら森の中……とはこのことなんだろうよ」
だが、リーヴはきょとんとした顔で見つめ返しているばかりだった。




