国家機密盗難事件に挑む若き貴族隊員の出した謎を、王都警備隊長と女詐欺師が解く
話を聞いたヴォーダンは、イリミエに念を押した。
「秘書は呼びつけたんだろうな」
いちいち聞かないでください、とばかりにイリミエは口元を歪めた。
「面倒な相手でした。一言も口を利かないんですから」
ダンマリか、とヴォーダンがぼやくところに、リーヴが冷ややかに応じる。
「仕方がありません。クビになったうえに、何やら疑いを掛けられたのですから」
「ところが、そうでもなかったのです」
イリミエのひと言が意外だったのか、ヴォーダンもリーヴも目を丸くした。
聞き取りは昼過ぎから始まりましたが、秘書は黙秘を続けました。
誰もがくつろいで本音を話せるよう、一応、客間を借りて、お茶や茶菓子まで出していたんですが、この男だけは違いました。
痩せぎすの、背の低い、貧相な男でしたが、目を伏せて私の前に座ったまま、頑として口を開かないのです。
ただ、私と秘書の影だけが、窓から差し込む午後の光で、長く、斜めに傾いていきました。
まるで、二人して日時計になったようなものです。
やがて、足元の床が夕日を浴びて真っ赤に染まり、私たちの影は壁にまで影絵となって映りました。
その影が薄らいで、夕闇の中にすっかり消えてしまったときです。
秘書が、ようやく口を開きました。
「お嬢様のお部屋を、侯爵様と共に見せていただきたいと存じます」
名前を出すだけであの不機嫌さですから、同行を求めるなどもってのほかだとは思いました。
しかし、断れば話が進みません。
私が自ら侯爵を説き伏せて、亡きご令嬢のお部屋に向かいました。
部屋の前で、秘書は深々と頭を下げました。
「恥ずかしながら、舞い戻ってまいりました」
その手で部屋の戸を開けようとしたときでした。
どう見ても、侯爵を先に招き入れようとしていたのですが、それが一喝を浴びました。
「いくつの扉を開けて、この私を愚弄したと思っておるのだ!」
秘書を押しのけて自ら扉を開けた侯爵は、夜闇に閉ざされたご令嬢の部屋の中で、ひとり、むせび泣きました。
私もしばらく、かける言葉がありませんでした。
ところが、そこで秘書が叫んだのです。
「ああ、部屋のその隅に、お嬢様が!」
ヴォーダンは、イリミエに尋ねる。
「お前には、見えたのか? その……幽霊が」
「全く。ただ、秘書の騒ぎっぷりは正気じゃありませんでした」
見たままを正直に答えるイリミエに、ヴォーダンはさらに問いかけた。
「じゃあ……トロールは信じるか?」
「緑青色の肌をしてるとか? 口元には牙が生えてるとか? 昔話で聞いたことはありますが、そんなのを怖がるのは、子どものうちだけです」
寝ないとトロールが来るぞ、とお婆さんの声を真似てみせると、リーヴがうつむいた。
笑いをこらえていたのかどうかは、イリミエにも分からなかった。
とりあえず、幽霊騒ぎの経緯を語る。
侯爵は、秘書を怒鳴りつけました。
「この期に及んで、まだ言うか!」
幽鬼のように髪を振り乱して殴りかかるのを止めるのは、なかなかに大変でした。
随分なお年のはずです。
それなのに、とんでもない馬鹿力なのです。
それこそ、トロールと取っ組み合いをしているのかと思うほどの……。
しかし、それもお年のせいか、長くは続きませんでした。
がっくりと膝を突かれたところを抱き止めて、というか動けないようにして、秘書に幽霊がどこにいるか尋ねました。
「あれ、あそこに……」
指差すのは、天井の隅です。
すっかり暗くなっているので、どうなっているのか分かりません。
仕方なく、侯爵にお願いしました。
「申し訳ありませんが、ご令嬢のランプを灯していただけませんか? この幽霊騒ぎの真実が分かるかもしれません」
侯爵さまはしばらく返事をなさいませんでした。
それでも、やがてふらふらと立ち上がると、ランプの傍の火口箱を取って、明かりを灯してくださいました。
秘書の指差した辺りを見ると、天井板を外した跡が見えました。
リーヴがヴォーダンに向かって首を傾げた。
「天井板?」
「小さな家なら、その板を外したところが天井裏になっていたりして、物入れに使ったりもする。だが、それが貴族のお姫様の部屋ともなると……」
ヴォーダンの説明に、リーヴは間を置かずに答えた。
「見られたくないものを隠すかもしれませんね」
イリミエは思わず感嘆の声を上げた。
「その通りです!」




