女詐欺師の前で、若き貴族隊員は機密文書の謎の核心に迫る
陸軍の将校が機密だと言うからには、それ以上、何も分かりません。
王都警備隊としては、それを探し出すだけです。
まず、関係者を屋敷から出さないよう、侯爵にお願いしました。
隊員を全ての出入り口に配置して、内部の者は誰も許可なく外へ出られないようにします。
そのうえで、屋敷の中で雇われている、全ての者から聞き取りを行いました。
結果として分かったことは、次の通りです。
その一。
まず、侯爵の部屋に出入りできる者は限られています。
掃除をする召使いひとりとっても、長く務めて侯爵の信頼を得た者から選ばれます。
その二。
また当然のことですが、引き出しには全て鍵が掛かっています。
その三。
さらに、その鍵は侯爵が持っています。
そこでヴォーダンが、論点をまとめた。
「つまり、機密文書が机の引き出しに入っていたら、侯爵にしか出せないということだ」
続いてリーヴが、新たな条件を見つけ出した。
「機密文書を盗み出す機会があるとしたら、侯爵の信頼を得た古株の使用人だけ」
そこで、ぽん、と手を叩いて、イリミエが解決すべき問題点を一つに絞る。
「部屋に出入りできる古参の使用人のうち、侯爵から必要な鍵を手に入れられる者を特定しなければなりません」
そこでヴォーダンが指摘した。
「引き出し全部の鍵が違うかもしれんぞ」
リーヴもイリミエの粗探しをする。
「侯爵が自分で捨てちゃったりしたんじゃないの? 機密文書」
言いたい放題の中、イリミエはぐっとこらえて話を続けた。
破棄や紛失も考慮に入れたうえで、最後に侯爵から話をうかがいました。
まず、書類や鍵を持ち歩くことは絶対にないそうです。
部屋を出るときは、必ず所定の場所に置いていくということでした。
どこに置いたか確認しましたが、絶対に教えてくれません。
ただし、ひとつだけ例外がありました。
「秘書が……死んだ娘の幽霊が出たと言い出したのだよ。それも、何度も」
おや、と思いました。
聞き取りをしたとき、その人だけはいなかったのです。
どうしたのかと尋ねたら、侯爵は腹立たしげにおっしゃいました。
「私は、そのたびに席を立った。いても立ってもいられなかったのだ」
正直、あれほど家格の高い貴族の当主が、あんなに取り乱すのは見たことがありません。
「その若さでは、まだ、子持ちではあるまい」
実を言うと、夢に見てはいます……とは答えました。
本音ですから。
(そこでイリミエはリーヴをちらりと見たが、知らん顔をされた)
……すると侯爵は、声を押さえながら語りはじめました。
「なぜ、私の娘が死ななければならなかったのか。疫病なら、戦争ならまだ諦めがつく。だが、生まれつき身体が弱く、ちょっとしたことでも病みついて……私のせいなのか? それとも、妻のせいなのか?」
落ち着くのをしばらく待っていると、やがて、憎々しげな笑いが口元に浮かびました。
「屋敷のあちこちを連れ回されたが、とうとう、娘の幽霊は現れなかった……あの秘書に暇を出すまで」
病室を、重苦しい雰囲気が押し包む。
それを振り払おうとするかのように、リーヴがヴォーダンに尋ねた。
「ご令嬢は……どんな方だったんですか?」
「実を言うと、語れることはあまりない。子どもの頃は親父に連れられて侯爵家を訪問したり、大人になってからも宴会で会ったりしたが、余計なことは話さなかったし……部屋の隅にひっそりと飾られている、季節の花のような人だった」
ヴォーダンの返事に、リーヴは僅かに目を伏せてから、イリミエに向き直った。
「縁談は、なかったんですか? 年頃の貴族のご令嬢なら、社交の場に出れば」
「それについても、これから」
イリミエは、複雑な思いで微笑んでみせるしかなかった。
縁談はないわけではなかったのですが、ご本人が乗り気ではなかったようです。
ご自身が病弱なのを気にしていたのだろうと、侯爵は寂しげにおっしゃっていました。
確かに、結婚すれば、配偶者を支える責任を背負うのが貴族ですから。
ご令嬢の部屋にも案内していただきました。
「家具や調度は、生前のままだ」
重く沈んだ侯爵の声を聞きながら、なるべくものに触らないように見て回りました。
良く磨かれた机には、手の込んだ模様を打ち出した金属製のランプが一つ。
選び抜かれた堅い木材を使ったクローゼット。
鏡は金属ではなく、水銀に玻璃をかぶせたものです。
塵一つ落ちていませんでしたが、こまごまとしたものがないのが気になりました。
たとえば、ペンとインクと文鎮があるのに、紙がありません。
なぜかと尋ねたら、侯爵にしては捨て鉢な答えが返ってきました。
「ボロ屑を潰して叩いたようなものは、時が経てば元の形にもどってしまう。そんなもので娘の部屋を汚したくはない」
誰が遺品を整理したのかと聞きましたら、例の秘書に任せていたのだそうです。




