女詐欺師への恋に燃える王都警備隊の若き貴族隊員は国家規模の謎に挑む
イリミエは、王都グランナミアの隊長室で、一冊の本を手に取った。
図書館に保管されているような、古い羊皮紙の本である。
この本を頼りに、2つの事件を解決することができた。
隊長代理としての務めを果たして余りあると自負できる働きだった。
「リーヴさん……」
婚約の証として贈ったダイヤモンドは、この本の代金として引き取られてしまった。
「世界の知識を網羅した本……」
だが、イリミエにとって、これはリーヴに与えられた試練だと思えてならなかった。
「必ず証明してみせます、この本より、ずっと価値のある男だと」
無造作に開いたページにには、こう書いてあった。
昔々、ある国の小さな村にトロールが現れたという。
子だくさんのトロールで、村中の食べ物や家畜を奪っても、まだ足りない。
とうとう、次々に子供をさらっては、トロールの子に与えていった。
子を失った親たちが嘆き悲しんでいるところへ、ひとりの聖者が現れた。
親たちの訴えを聞いた聖者は神に誓った。
「このトロールを改心させますので、どうか失われた子どもたちを返してやってください」
神は聖者の手に奇跡を与えた。
その手が触れた村の子どもたちは、ひとり残らず木の葉に変わった。
聖者はその木の葉を持って、トロールが棲むという深い森の奥へと向かった。
その間、トロールは村を襲っていたが、さらっていける子どもはいない。
棲みかに戻ってくると、我が子がひとりいなかった。
半狂乱になって森の中を探し回っていると、目の前に聖者が現れて言った。
「子だくさんのお前でさえ半狂乱になるのに、一人二人しか子がいない人間の親はどれほど悲しんでいるか」
我が身を悔いたトロールの涙が落ち葉を濡らすと、そのたびに、ひとり、またひとりと人間の子どもに変わっていく。
食い殺したはずの人間の子どもたちがひとり残らず蘇ると、最後にひとり、木の葉から姿を変えたのは、トロールの子どもだった。
森の奥でトロールの子どもたちを見つけた聖者は、そのひとりを木の葉に変えて、森の中に隠したのだった。
我が子を取り戻したトロールは何処かへ去り、聖者は村の子どもたちを親の元に連れ帰ったという。
昔話を読み終えたイリミエは、本を閉じてつぶやいた。
「……で?」
そこで、隊長室のドアがノックされる。
入室を許すと、若い隊員が用件を告げた。
「陸軍騎兵司令官のビファルホーヴァラ候爵がいらっしゃいました」
イリミエは起立して答えた。
「お通ししろ」
翌日、病室を訪れたイリミエに、ベッドから下りたヴォーダンは深々と頭を下げた。
「今度ばかりは世話になった」
ふらりと倒れ掛かるところを、傍らの椅子に座っていたリーヴが抱き留める。
「夕べ、ほとんど寝てないんですよ……たいへんなことが起こったらしいって」
それは、病室で一夜を共にしたことを意味する。
ベッドに横たわったヴォーダンは、目に隈の浮かんだ顔でイリミエを見つめた。
「ビファルホーヴァラ候爵は、親父の古い知り合いでな。出世も速くて、あっという間に差がついてしまったらしい」
膝を揃えて椅子に腰掛けたリーヴが、そこで質問を差し挟んだ。
「どのくらいですか?」
「シグルド家は子爵で、親父は歩兵団長……軍人貴族としては、石を投げれば当たる程度だ」
ヴォーダンは苦笑する。
うかつなことを聞いたと思ったのか、リーヴはきまり悪そうに話を変えた。
「深いお付き合いなんですか?」
「最近、娘さんを病で亡くされてな……俺と同じくらいの年で、よく知っている人だったから、いろいろと話し相手になっていた。奥方はあれ以来、すっかりふさぎ込んで、ご実家で静養なさっている」
イリミエは頭を下げて、話を元に戻す。
「申し訳ありません、内密の話ということで、僕の独断で事を進めました」
構わんよ、とヴォーダンは鼻先で手を振った。
「それで……親父の古い知り合いが俺に話も通さんとは、よほどのことだったんだろうな」
イリミエは、そこで口ごもった。
揺れる視線を向けられたリーヴは、ヴォーダンに軽く会釈して席を立った。
「お邪魔なようですから……」
いえ、とイリミエはそれを押しとどめた。
王都警備隊長への報告として、姿勢を正す。
「候爵が作成していた陸軍の機密文書が、盗まれました」
詳しく話せ、とヴォーダンが顔色を変えて命じる。
だが、自ら事件を解決したイリミエは、涼しい顔で捜査の経過を語りはじめた。




