謎を解いた若き貴族隊員に女詐欺師は称賛の微笑を贈る
ヴォーダンは、面倒臭そうに悪態をついた。
「当たり前のことだろう、走っている馬車から飛び降りるなんて、危なくて仕方がない」
リーヴも、相槌などはそこそこにして同調した。
「馬車が止まっていたら、降りればいいんですもの」
そうなんです、とイリミエは手を叩いて喜んだ。
止まっている馬車からなら、乗ったのとは反対側の扉から降りればいいんです。
でも、わざわざそんなことしますか? 普通。
逆に言えば、そんなことをする者がいたら、その場で取り押さえたっていいんです。
王都警備隊には、その権限があるんですから。
さすがにヴォーダンも、この話には唖然とした。
「おい……本当にやったのか?」
はい、とイリミエは悪びれもせずに答える。
「証拠があればいいんでしょう?」
なんて恐ろしい、とリーヴは身震いしてみせる。
イリミエもまた、舞台役者よろしく恭しい一礼を捧げて、おどけた口調で答えた。
「おっしゃるとおりでした、リーヴさん」
王都の中で蛇男に狙われそうな貴族や大商人は限られています。
彼等には気の毒ですが、盗みに遭うのを待つことにしました。
そこで、警備隊本部の隊員に、蛇男と馬車が盗みに来るのを見張らせたのです。
蛇男は、隠れ家に踏み込まれたことを知りません。
一角獣と飛龍が染め抜かれた警備隊のマントを見れば、目くらましを図るはずです。
おそらく、同じ方法で馬車に乗ったと見せかけて、隠れ家へ戻ろうとするでしょう。
行きと違って、帰りの夜道には人通りがありません。
ですから、来るはずもない辻馬車が来れば……。
リーヴが楽しそうに声を上げた。
「中を通り抜けようとする!」
ああ、とヴォータンも一拍遅れて気が付いたようだった。
「辻馬車を1台、借り上げたんだな?」
イリミエは、さも困り果てたように告げた。
「馬車代はツケになっていますので、お支払いをお願いします」
差し出した請求書に隊長の署名をもらうと、イリミエは事件についての報告をまとめた。
辻馬車の中を通り抜けた蛇男の前に現れたのは、王都警備隊員でした。
「変わった乗り方ですな。どちらへ?」
蛇男は御者を急かします。
「おい、すぐ出せ!」
「では、王都警備隊本部へ」
そう答えたのは、もちろん、私です。
隊員を張り込ませた屋敷の数だけ、辻馬車も雇いたかったのですが、それを集めるだけの時間がありませんでした。
やむなく、このホーグモッド伯爵家のイリミエが、部下を張りこませた屋敷を、隊長代理として自ら辻馬車で巡回していたのです。
そこで、リーヴが一つ尋ねた。
「どうして、最初の御者は、本当のことを言わなかったんでしょう? 馬車の通り抜けを見たと」
イリミエは、バツが悪そうに眼をそらすと、ヴォーダンを眺めて首をすくめた。
多分、最初に止めた辻馬車も、乗り込んできた者が反対側の扉から出て行ったのは知っていたことでしょう。
それを言わなかったのは、私が「誰か乗らなかったか」と聞いたからです。
一度でも「乗った」と言えば、取り調べを受けることになるかもしれません。
誰も「乗せていない」と言えば、嘘をついたことにはなりませんから。
ヴォーダンも、これには少し考え込んだ。
「ものは言いようだが……俺でも同じことを聞いていたかもしれん」
そこで、イリミエをまっすぐ見つめて言った。
「まずは、よく代理を務めてくれたな」
「いえ、隊長もお早いお帰りを」
そう答えて、イリミエはリーヴの様子をうかがった。
窓から差し込む光に金色の髪をゆらめかせて、ねぎらいの笑顔が返ってきた。




