美貌の女詐欺師に恋する若き貴族は王都警備隊の隊長代理として不可能犯罪に挑む
さらに、数日後のことである。
王都警備隊の本部で、イリミエは隊長室の大きな机に向かっていた。
「代理って言ったって……書類の決裁ばっかり」
ぼやきはするが、それでも、署名するのは気持ちがいい。
王都グランナミア警備隊 隊長代理 ホーグモッド伯爵家 イリミエ
書類から目を離して、部屋の中をぐるりと見渡してみる。
たいして広くもなく、必要最小限の棚と椅子しかない。
それでも、イリミエは奮い立った。
「いつかは……隊長として、ここに。帰れば……リーヴさんが」
俄然、やる気を出して書類の山に向かったところで、隊長室の扉がノックされた。
入れ、と言うと、同い年くらいの若い隊員が入ってくる。
「出発の時間です、隊長代理」
代理代理とうるさい、と思いながら席を立つ。
書類整理よりは、はるかに隊長らしい仕事だった。
机の上に置いた、リーヴから受け取った本を開いてみる。
目に飛び込んできたのは、この言葉だった。
難問は分割せよ。
そして、次の日の朝にはもう、イリミエはヴォーダンの病室にいた。
ベッドの上のヴォーダンの傍らには、やはり、椅子に座ったリーヴの姿がある。
イリミエは、誇らしげに報告した。
「先日から監視しておりました盗賊、通称『蛇男』を昨夜、逮捕しました」
ヴォーダンは、満足げに頷く。
「これで、盗賊ギルドを捜索できる」
リーヴは、はっと目を見開いてヴォーダンに尋ねた。
「どういう……ことですの?」
そこで口を挟もうとしたイリミエは、少し迷った。
リーヴは、警備隊はおろか、このメンシュリヒ王国の人間ですらない。
捜査に関する情報をどこまで話してよいものか、判断がつかなかったのだ。
だが、ヴォーダンは堂々と説明した。
「これで、盗賊ギルドをガサ入れできるからな」
しばし何か考えていたリーヴは、やにわにイリミエを見つめると、身を乗り出して尋ねた。
「蛇男って、どんな盗賊ですの?」
一瞬、揺れる胸と金髪に目を奪われたイリミエは、咳払い一つして、事の顛末を語りはじめた。
蛇男は、柔らかい身体で、どんな狭いところにも忍び込む盗賊です。
王都のあちこちに出没しては、大きな家の煙突や、風抜きの穴から忍び込み、金目のものを盗みだします。
逃げるときも、まさかと思うような物陰や、塀と塀の隙間に隠れて、追っ手をやりすごしてしまいます。
それでも、我々は盗賊ギルドに送り込んだ隊員の情報から、その隠れ家を探し出しました。
呆れたことに、それは大通りに面した下宿屋の2階だったのです。
そこで、ヴォーダンは念を押した。
「いきなり踏み込んだりはしなかっただろうな?」
もちろん、とイリミエは頷く。
「隠れ家に、どんな抜け穴を用意しているか分かりません。それに、証拠品もないのに、部屋にいるだけの者を掴まえることもできません」
「少しでも怪しいそぶりを見せれば、どんな理屈でも付けられるんだが……」
そこで見やったのは、リーヴの顔だった。
さあどうする、という目を向けられて、返ってきたのは月並みな答えだった。
「見張るしかないでしょうね。その間は、何も起こらないでしょうし……そのうち、しびれを切らして何かヘマをしでかすかもしれませんし」
イリミエは、得たりとばかりにリーヴを見つめた。
「ところが……盗みは続いたのです。蛇男でなくては不可能な犯行が」
蛇男が盗みを働くのは、夜中だけです。
我々は、大通りの向かいに部屋を借りて、その隠れ家を見張りました。
昼間は人も多く、辻馬車も通る場所です。
用心深く、顔も姿も人目に晒さない蛇男に気付かれないのは、そこしかありませんでした。
ところが、夜が明けるまで、その窓にはずっと影が映っています。
それでも、王都のあちこちで、裕福な貴族の屋敷や大商人の倉庫は荒らされ続けました。




